25話 念願の瞬間はあっけなく
ヒナギクからの熱血指導という名のしごきを受けるようになって数日が経った。
「なんで教えたことをすぐに忘れるの?」
「タマちゃんは一度に二つ以上のことはできない子なの?」
「「調理」をなめているよね?」
「もっも全身全霊をかけて作りなよ! 食材に対する礼儀でしょう!?」
「こんな料理を出される側の身になりなよ! 恥ずかしくないの!?」
この数日、ヒナギクの怒号を浴びなかったことはない。
むしろ怒号を浴びるのがあたりまえだった。それこそ一日の終わりに入浴があるように、ヒナギクの怒号を浴びることはもはや日常茶飯事だった。
そんな調理組とは別にクーとレンの建設組は非常に和気あいあいとしていた。
「えっと、柱は」
「きゅきゅきゅ」
「あぁ、リトルビートルたちがやってくれるのか。じゃあ俺は柱になる木材を」
「きゅ、きゅん」
「ん? やらなくていいのか?」
「きゅん。きゅきゅ」
「あぁ、なるほど。タマちゃんが事前に。じゃあどうしようかな」
「きゅきゅ」
「あー、補佐かぁ。できるかな? 俺はクーほどリーダーシップがないのだけど」
「きゅ!」
「……わかった、わかった。やるよ。そんな目をされたらやるしかないしな」
「きゅ!」
「おう。よろしくな」
クーとレンは数日の間で気持ちを通じ合わせていた。
それどころかクーと言葉でのコミュニケーションが取れていた。
いったいどうやっているのやら。
「理解者」の称号を持つタマモでさえもクーの言葉は「きゅ」としか聞こえない。
そもそも芋虫は「きゅ」と鳴くものなのかもわからない。運営に問い合わせても「そういう仕様です」と返されてしまいそうだった。
ゲームなのだからそのくらい適当でもいいのかもしれないが、なら「調理」のシステムももう少し適当でも、いや、素材を選択したら自動的にできあがる、オート形式にしてほしかった。
なぜマニュアル操作をしないといけないのだろう。
マニュアル操作でなければこんな苦労することもなかったはずだったのに。
「ほら、よそ見しないの!」
「は、はい! ごめんなさい!」
ヒナギクの菜箸が空気を切り裂いて、タマモのフライパンに直撃する。それだけで全身に衝撃が走った。
菜箸も調理器具に入るはずなのだが、盾でハンマーなどの重量武器を防いだかのような衝撃はどういうことなのだろうか。
初日から思っていたことだったが、この現象はいったいどういうことなのだろうか?
ヒナギクの菜箸は、タマモと同じく調理器具の見た目になったヒナギクのEKなのだろうか?
「ほらタマちゃん! よそ見をしないの! 焦げちゃうでしょう!?」
「え、あ、あわわわ!?」
ヒナギクを見ている間にタマモの炒めていたキャベベから黒い煙が上がっていた。タマモは慌ててキャベベを返すもすでに真っ黒になっていた。
初めて「調理」したときは、なかなか火が通らなかったくせに、どうしていまはすぐに火が通ってしまうのやら。理不尽だなぁと思わずにはいられないタマモだった。
だが実際は理不尽ではなく、タマモが認識していないだけで、ヒナギクに言われて取得していた「調理」スキルが成長していたからだった。
タマモはレンとヒナギクにキャベベ炒めを出した際、まだ「調理」スキルを取得していなかった。
キャベベ炒めに一時間も掛かったのは、Dexが低かったというのもあるが、「調理」スキルを取得していなかったことも理由だった。
つまり低ステータスとスキルを取得していなかったことが、相乗効果となった結果が、キャベベ炒めに一時間も掛かった真相だった。
ヒナギクはそのことにはすぐに気づいたので、タマモに「調理」を取得するように言ったのだった。
現在のタマモの「調理」スキルのレベルは3であり、タマモ自身のレベルを上回っていた。
「調理」をしてもまだタマモ自身のレベルが上がらないのは、「調理」だけでは経験値が少ないからだ。
これはタマモのEKだけではなく、料理人の職業レベルがそういう仕様だからだ。
「調理」でも経験値は得られるが、食べられてこそより大きな経験値を得られる。
そんな実際の料理人同様にこのゲームの料理人はそうして職業レベルをあげていく。
大抵の料理人は「妙なところでリアル志向だなぁ」と思うだろう。
そしてそのリアル志向なシステムの影響を受けているため、タマモのレベルは上がっていなかった。
いまのままでもいつかはレベルは上がるだろうが、あと一回食べてもらえば得られる経験値でレベルアップできるほどにタマモは経験値を得ていた。
ただその機会がまだ訪れていないのである。
いままでタマモが作った料理はできた端から非常食としてイベントリにしまわれている。
一応タマモも折を見て食べてはいるが、自分で食べても経験値はあまり得られない。大きく稼ぐには誰かに食べてもらうしかないのだ。
だがそれはヒナギクからの許しを得ないといけない。
しかしその許しをなかなか得られない。
ゆえにレベルもなかなか上がらない。正式リリース日からプレイしている初期組の中でいまだにレベルアップしていないのはタマモだけだった。
ほかのプレイヤーは低くても5であるのに、タマモだけが1のままであった。
当初の勇者になるという目標はひどく遠い。遠いがこれはこれでありだともタマモは思っていた。
「ちゃんと炒めて! 調味料がまばらになっちゃうでしょう!?」
「は、はい。ごめんなさい!」
怒ってばかりだが、それでもなんだかんだで付き合ってくれているヒナギクは優しいし、クーたちと一緒にログハウスを建ててくれているレンもやっぱり優しい。
まだ会って数日ではあるが、タマモはふたりを好きになっていた。
できることならふたりとクランを組みたいと思う。……まだレベルアップもまだなお荷物でしかないが、いつかはレベルアップを重ねてふたりと一緒に冒険したいとタマモは思うようになっていた。
そうふたりと肩を並べてこの世界を駆け抜けたかった。それにはまずはレベルアップを目指さなければならないが、それがいつになるのかはまだ──。
「あ、これ貰うね」
「え?」
「あ」
──まだわからないと思っていたのだが、建設組にいたレンがいつのまにか調理組の領域である野外キッチンに来ていた。
そしてまだイベントリにしまう前のキャベベ炒めを食べてしまった。それも一部が炭化したものをだった。その結果──。
「「タマモ」がレベルアップしました。ステータスにポイントを振り分けてください」
──とてもあっけなくタマモはレベルアップしてしまった。
あまりのあっけなさにタマモは唖然とした。
レンは炭化したキャベベ炒めを食べたことで咽ていた。
ヒナギクは咽るレンにお説教をしている。
「……あ、あははは。レベルアップなのです」
タマモは表示された言葉を読みながら笑った。笑いながら震えていた。
待ちに待った瞬間だったのに、あまりにもあっけなさすぎて、なにも言えなくなってしまった。笑うことしかできなくなってしまった。
だが、次第に実感が沸き起こっていく。実感は衝動となりタマモの全身を駆け巡っていく。そしてタマモは空を仰ぎながら叫んだ。
「ぃやったぁぁぁぁーっ!」
夕暮れの空へと向かってタマモは叫んだ。
いままでの苦労が報われた。そう思ったら叫ばずにはいられなかった。
喉を枯らしたとしても構わない。タマモは空へと向かって叫んだ。
叫びながらも視界は歪んでいく。視界を歪ませながらも声は止まらなかった。
止まらないままタマモはいつまでも空へと向かって叫び続けたのだった。
タマモのレベルがようやく上がりました。レベルアップ後のステータスは↓となります。
続きは明日の正午となります。
タマモ 種族 金毛の妖狐(獣人)
Lv1→2(1UP)
HP 50→55(5UP)
MP 50→55(5UP)
STR 2
VIT 2
DEX 2→3(1UP)
AGI 3
INT 3
MEN 3
LUC 1→2(1UP)
Skill 調理Lv3(New) 鑑定Lv5(New)
称号 クロウラーの理解者(New) 清貧美人(New) 成り上がりし者(New)
クロウラーの理解者……クロウラー系モンスターに一定数の「キャベベ」を餌付けした者に与えられし、クロウラー系モンスターとの友好の証。称号を得た後に「キャベベ」を餌付けすると、クロウラー一体から一日ひとつだけ、高品質の「絹糸」をプレゼントしてもらえる。ステータス補正なし。
清貧美人……「貧しくても負けない!」そんな気概を持つあなたに与えられし称号。所持資金を500シル以下で十日以上過ごしてからステータスを表示すると入手できる。戦闘時にVITに補正(微)あり。「清く貧しく美しくすごす人」の略なため、女性プレイヤーにしか取得できないわけではない。(※)
成り上がりし者……「ここまで長かった」と振り返ると涙が出そうなほどに苦労して資金を稼いだがんばり屋さんなあなたに与えられし称号。10万シル以上稼いだ後にステータスを表示すると入手できる。戦闘時にVITとMENに補正(微)あり。(※)
※……「清貧美人」と「成り上がりし者」はフラグは立っていたのに、タマモがステータスを開いていなかったために入手していなかった称号となります。レベルアップしてようやくステータスを開いたため、25話まではタマモはまだ入手していません。