38話 少し前
それは「武闘大会」が終わって間もない頃だった。
まりもがのんびりとしたゲームライフを送っていた頃のことだ。
「ん~、やっぱり午前中はまったりプレイになりますねぇ」
最初のログインを終えたまりもは、ベッドから降りてゆっくりと背筋を伸ばしていた。
背筋を伸ばしているとあくびを掻いてしまったまりも。あくびを掻きつつも、部屋のドアに向かって歩いていくと──。
「……おはよう、まりも」
「おはようございます、アリア」
──ひとりでにドアが開き、部屋の中にと疲れた様子の莉亜が入ってきた。
「また?」
「……また」
疲れた様子の莉亜にまりもが問いかけると、莉亜はたっぷりと間を空けて頷いた。その際のやりとりは一言どころか、接続詞でのやり取りであったが、意思の疎通ができているという、端から見ればおかしな光景だった。
だが、まりもも莉亜もそのことを不思議がることはせず、ただお互いを見合ってため息を吐くだけだった。
「なんか、その、お母様がごめんね?」
「……いいよ、気にしていない。むしろ私としては食費が浮くから助かっているもの」
「そう、なの?」
「ええ。ただできることなら、断りようがない状況でなければ、半ば詰んだ状態でなければいいのだけどね」
ふう、と小さくため息を吐きながら、莉亜は自然とまりものベットにと腰かけた。寝起きだったが、まりももまたベットにと、ちょうど莉亜のひとつ隣に、1人分を空けて腰かけた。
「……真横でもいいのに」
若干呆れたように、だが、親しみの籠った目を向けてくる莉亜。まりもは自然と笑っていた。
「な、なんか、気恥ずかしくて」
「いまさらじゃない。もうかれこれ十何年の付き合いなんだし」
「それはそうですけどぉ」
まりもと莉亜の関係は、もう十何年にもなる。お互いのことは、お互いの家族よりも知り尽くしているという自負がまりもにはあるし、莉亜もそれは同じだった。
ただ半年ほどとはいえ、仲違いをしていた時期があり、その時期がもりもを緊張させてしまっていた。まりもは当時の素直じゃなかった日々について反省している。そもそも莉亜はその当時のことを怒ってもいないのだ。
「あれくらいのことで見捨てていたら、「玉森まりも」の幼馴染み兼親友なんてやっていられないよ」
ゲーム内で再会した際、莉亜ははっきりとそう言った。その言葉にまりもは不覚ながら胸をときめかせてしまった。
そんなまりもを見て、莉亜はあれこれと弄ってくれた。そのお返しにとまりもはゲーム内の莉亜の盛りに盛られた胸部を弄った。
同じ「弄る」でも、内容がまったく異なるのは言うまでもない。
そのおかげで受験までの頃の、元の親友としての関係に戻れたとはまりもは思っていたが、どうにも人目がないときに莉亜とふたりっきりだと緊張して仕方がない。
(むぅぅぅ。なんでアリア相手に緊張しているんですか、ボクは?)
幼馴染み相手になぜか緊張している自身に疑問符を浮かべるまりも。
なぜ莉亜相手にここまで緊張をさせられているのかが、まりもにはわからなかった。その緊張の「原因」に心当たりがないのである。まりもにとって、莉亜は大切な幼馴染みであり親友である。それ以上でもそれ以下でもなかった。
だというのに、その幼馴染み兼親友とふたりっきりだとやけに緊張してしまう。
仲違いをしていた時期があったからなのだろうし、元通りになるまではもう少し時間がいるのだろうとまりもは考えていた。考えながらも自然とまりもはひとつ分スペースを空けた先にいる莉亜を見つめていた。
(……アリアはやっぱり美人さんですねぇ)
改めて確認するまでもないことだが、莉亜は美人さんだった。
体型は完全にスレンダーだが、手足は長く身長も女性にしては高い。モデル向きな体型をしていた。
「……まりも?」
いつものように脚を組みつつ、額に掛かった前髪を払う莉亜。組まれた脚はとてもきれいだ。すらりとした細い脚には、余計な脂肪はない。かといって筋肉質というわけでもない。ほどよく鍛えられた脚であり、その脚をこれでもかと強調するように莉亜は脚を組んで座ることが多い。
(……デニム生地なのに、はっきりときれいなのがよくわかるのです)
今日の莉亜は、デニム生地のパンツルックだったが、脚の美しさは厚い生地越しでもはっきりとわかるほどである。
その美脚についついと目を奪われていると──。
「おーい、戻ってこい、なんちゃってロリー」
──なぜか莉亜の顔がすぐ近くにまで迫っていた。肌は小麦色だというのに、唇は赤い。その赤い唇を見てまりもは慌てた。
「ふ、ふわわわ!」
「いや、なんで慌てているのよ、あんたは?」
「そ、そんなのボクが知りたいですよ!」
両腕を上げて威嚇するようにして叫ぶまりも。まりもの思わぬ反応に一瞬呆気を取られつつも、後ろに下がろうとした莉亜。
だが、思った以上に前のめりだったためか、まりもの体勢が不意に崩れた。そのまま莉亜を巻き込んでベットにと倒れこんでしまう。
「あいたたた」
「それはこっちのセリフだっての」
座っていた場所の関係上、まりもに下敷きにされた莉亜が顔をわずかに歪めていた。「ご、ごめんなさい」と謝りつつ、ふとまりもは気付いた。
(あれ、これってボク、アリアを押し倒しているような?)
その体勢は誰がどう見ても莉亜を押し倒しているとしか思えないものだった。
そんな状況に気付き、まりもはふたたび慌てた。莉亜は慌てるまりもをどうにか冷静にさせようとした。
──パシャパシャパシャパシャパシャ……。
カメラの連写音が不意に聞こえた。見れば、そこにはカメラを構えた藍那が、どこか恍惚顔の藍那がなぜかいたのだった。
まりりあか。りあまりかが問題です。




