36話 この人にも絶対敵わない(byメイドさんたち
昨日は更新できず申し訳ないです。
どうにもお休みは気が緩みます←ため息
水面が揺れる。
琥珀色の揺れる水面に、やや赤みがかかった水鏡に自身が写っているのをぼんやりとまりもは眺めていた。
「むぅ」
「……お嬢様。残念がられているのはわかりましたが、そろそろ食べていただかないと片付けができません。片付けができませんと、ほかもろもろの仕事に支障が出てしまうのですが」
「……わかっていますよ」
藍那がため息を吐きながら、まりもを急かしていた。ほかのメイドさんたちではこうはいかないが、玉森家メイド隊の中でも早苗と藍那だけはまりもに対して少しだけ辛辣な態度を取れる。
まりもにしてみれば、メイドさんたちであれば、誰でもあっても同じ態度を取られたとしても問題はない。
だが、 まりもの意思に反して早苗と藍那以外のメイドさんたちとの距離はわりと遠い。その理由が早苗にあるのは言うまでもないが、そのことをまりもは知らない。
早苗以外のメイドさんたちの中で唯一の例外として、まりもとの距離が近くあれるのは藍那だけであるのは、いままでもこれからも変わることはないだろう。
その例外である藍那は、まりもが朝食のサンドイッチをなかなか食べずに、紅茶だけを飲む姿にため息混じりに苦言を漏らしていた。
いつものまりもであれば、さっさと食べてしまうのだが、今日ばかりはなかなか食べようとしない。
まりもは朝から食べられないタイプではない。むしろ朝から食べるタイプなのだが、今回ばかりは食が進まない。その理由は実に単純だった。
「むぅ、なんでアリアはいないんですかぁ」
そう、ここ最近であれば食卓をともにしているはずの莉亜がいないからだ。もっとも莉亜自身は家で食べてきているため、まりもと同じものを食べているわけではない。
が、最近はメイドさんたち、いや、まりもの母である玉森夫人が先手を打ち、朝食の余りという名目で昼と夜用のわりと豪華なお弁当を莉亜に持たせるのだ。その際に玉森夫人が言うのだ。「そのお弁当箱私のだから、朝早くに返しに来てちょうだい」と。
むろんそれは詭弁であることは、莉亜自身もわかっていることだ。
だが、一方的にとはいえ、厚意で用意されているお弁当を無下にはできない。加えて昼と夜の食費がそれで浮いていることもあり、莉亜としては受けとるしかない。そして言われた通りに朝早くにお弁当箱を返しに来ると、なし崩し的にダイニングまで通されて朝食を取らされることになる。
莉亜は毎朝7時に朝食を取っている。そして朝早くに起きて、ランニングをするのが日課である。そのランニングコースには玉森家の正門前も含まれており、ランニング中に立ち寄ってお弁当箱を返すというのが日課に含まれつつあるのだ。そうなれば自然とダイニングまで連行されるのだが、わりと馬鹿正直なところがある莉亜なため、「朝早くに」と指定されてしまえば、その通りに返しに来てしまい、それを見計らった玉森夫人に捕まってしまうのだ。
言わば、「朝早くに返しに来てちょうだい」と言うのは、玉森夫人の包囲網に飛び込むということに他ならない。
そして包囲網に飛び込むということは、ダイニングへ連行されるということである。加えてその時間帯は莉亜も朝食を取っていないため、目の前に朝食を出されてしまったら。莉亜の好物であるアジの開きやなめこの味噌汁、味付けのり、盛られた白米という理想的な和食を出されてしまったら、ランニングをこなした後の莉亜が陥落するのは当然のことだった。
なおかつその時間帯は、まりもは起きていないうえに、まりもの父はすでに仕事に出ている。つまり玉森夫人は莉亜とふたりで朝食を取っているということになるのだ。それこそが玉森夫人の狙いであることはまりもも莉亜もわかっている。
だが、それでも玉森夫人の掌の上で踊ることしかできないのだ。
「……まりものお母さんは、本当にスゴい人よね」
まりもが起きた頃には、莉亜はどこか疲れた様子でダイニングの一席に座っている。玉森家は3人家族であるため、本来なら席は3つしかないはずなのだが、莉亜が座っているのは基本的に莉亜用の席だった。
「家族の席は必要ではなくて?」
なぜ莉亜用の席があるのかと尋ねると、玉森夫人はにっこりととてもきれいだが、どこか凄みのある笑顔を浮かべて言った。その家族というのがどういう意味であるのかはわからないが、少なくとも玉森夫人に莉亜がターゲットにされていることは間違いない。
そんな莉亜をここ最近は慰めつつ、疲れきった莉亜を肴にして朝食を取るというのがまりもの密かな楽しみになっていた。……もっともその密かな楽しみはすぐ莉亜に看破されてしまい、曰く「悪趣味」と言われてしまっている。
だが、楽しみになってしまったものは致し方がないとまりもは思うし、そんな「悪趣味」なまりもに付き合ってくれている莉亜とて結局は同類のようなものなのだ。
だが、その莉亜が今日はいない。というのも莉亜はついに玉森夫人への反抗を始めたのだ。具体的には早苗に協力してもらい、早苗が玉森夫人を抑えている間に逃亡するという一か八かの策を使ったのだ。その策は玉森夫人の想定外にあったようで、莉亜は母の包囲網から突破した。
その後無事に逃亡した莉亜は、電話で「今日は一緒にいられない」とまりもに伝えるように連絡をしたらしい。その連絡を受けたのがほかならぬ藍那だった。
そのときには、玉森夫人と早苗は藍那曰く話し合いをしていたそうだ。
その内容はやはり藍那曰く「……激しかったですね」というもののようだった。
その話し合いは一旦終わったようだったのだが、まりもがダイニングに来たときにふたたび勃発したようだ。
「だからお母様と早苗さんの様子がおかしかったんですね」
玉森夫人と早苗がふたたび第2応接間に向かった後、事情を聞いたまりもはそう言った。そんなまりもの言葉を聞いて藍那は表情を変えなかったが、ほかのメイドさんたちはなんとも言えない表情を浮かべていたが、藍那が一瞥すると表情を慌てて戻していた。
その後にまりもは莉亜が今日は来ないことを知らされた。結果、まりもはこうしてひとりむくれていたのだ。
「アリアがいないとつまんないです」
ティーカップを置き、テーブルに顔を突っ伏すまりも。そんなまりもの姿に藍那以外のメイドさんたちは実に困った表情を浮かべていたのだが、藍那だけは違っていた。
「まりもお嬢様」
「なんですか、藍那さん?」
藍那は紙ナプキンを用意しながらまりものすぐそばに立った。そんな藍那を片頬を突っ伏しなから見上げるまりも。
藍那は紙ナプキン越しにサンドイッチを掴み、まりもの口元へと運んだ。
「あーん、でございます」
小首を傾げつつ、やや頬を染めて、なおかつ下から見上げるようにしてまりもの口元へとサンドイッチを差し出した。
その瞬間、まりもは反射的にサンドイッチを頬張っていた。その姿はカミツキガメを思わせる速さだった。
そんなまりもを見て、してやったりとほくそ笑む藍那。しかしまりもは込み上がる衝動に突き動かされてサンドイッチを次々に咀嚼していく。
ひとつ目のサンドイッチがまりもの口の中に消えたときには、藍那は次のサンドイッチを別の紙ナプキンで掴み、まりもが咀嚼し終えるとすかさずまりもの口元にとサンドイッチを差し出していた。
「あーん、でございます」
今度はやや甘ったるそうな声を出して、表情を緩める藍那。まりもはやはり反射的にサンドイッチを頬張り、藍那はやはりしてやったりとほくそ笑む。
そんな藍那の姿に控えていたメイドさんたちは思った。
「あぁ、やっぱりこの人にも絶対敵わない」と。
控えていたメイドさんたちの総意とは裏腹に餌付けのよう藍那によるまりもの食事は続いたのだった。




