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33話 神獣と霊獣

『──あれはとても昔のことだ。気が遠くなるほどに昔の話だ』


シュトロームが話し始めたのは、氷結王の事情についてだった。


気が遠くなるほどに昔の話。このゲームにおける設定上の話ということなのだろうとタマモは思いつつ、シュトロームの話を聞くことにした。……なんでいきなり話し始めたのかと言いたいところだが、時間も時間なので、あまり話を頓挫させたくなかったのだ。


そんな事情を知ってか知らずか、シュトロームは遠くを眺めているかのように、縦線を緩ませていた。


『ひどく大きな戦であった。天上と地上とを分け隔てなく行われた、とても大きく、そして長い戦があった』


シュトロームの目は視線がどこに向いているのかよくわからなかった。


ただそれでもシュトロームの目はなにかを見つめていた。そのなにかは当時のことなのか、それとも別のなにかなのかはわからない。


ただシュトロームがなにかを見つめながら、話をしていることだけはわかっていた。


「……その戦はどういうものだったんですか?聖戦とかです?」


大きく、長い戦となると真っ先に思いつくのは宗教戦争だ。


別の宗教同士や同じ宗派であっても教義の違いないし解釈の違いにより、血みどろの戦争になることは歴史が教えてくれる。そしてそういう戦争ほど、大きく長いものになる。最終的には両陣営ともに信仰する神の名の元の聖戦と言いだすのだ。


シュトロームが言う大きく長い戦というのも聖戦によるものなのだろうとタマモは思っていた。


『……聖戦、か。そう言えるのであれば、まだよかったのだがな』


シュトロームは目をわずかに細めた。ほとんど変化らしい変化には見えないが、わずかに縦の線の幅が狭まっていた。


これも「理解者」の称号を得たからゆえなのだろうかとタマモは少し考えたが、シュトロームの話にと再度集中することにした。


いまは余計なことを考えている場合ではないと思ったからだ。


シュトロームの言葉からは憤慨とも悲哀とも言える、強い感情が込められていた。


「聖戦ではないとしたら、部族同士の争いとかです?」


これもまた歴史上繰り返されていたことだ。もっとも部族同士の戦いとなると、おのずと宗教での対立が原因になることも多い。


大昔であれば、狩り場を巡っての争いということもあった。


が、異なる部族や民族での争いとなると、信仰するものの違いによって、血みどろの戦いとなることが多い。


だが、シュトロームは宗教での対立ではない、と。お題目となるはずの聖戦ではないと言った。


となると、部族同士の戦いという線は薄い。しかし宗教戦争でもなければ、部族同士での争いでもないとなるといったいどういう内容の戦いとなるのか。タマモにはいまいち思いつかなかった。そんなタマモをシュトロームはなぜかじっと眺めて言った。


『……客人よ。そなたの一族には伝わってはおらぬのか?』

「ほえ?」


『「金毛の妖狐」の一族には、当時の戦いのことは伝わっておらぬのかと聞いている』


シュトロームは不思議そうに首をかしげていた。その言い分からシュトロームの言っている意味をなんとなく理解できた。


「……その戦って、「金毛の妖狐」の一族が主としたものだったんですか?」


ためしに聞いてみると、シュトロームは呆気に取られたように、口を大きく開けていた。


が、すぐに開けていた口を閉ざすと、なぜかその体をぷにぷにと上下に揺らした。


『……ふむ。考えてみれば伝わっておらぬのも当然か。あの戦で「金毛の妖狐」はおろか、「妖狐」族も数を大きく減らしてしまったのだからな』


「負けたということですか?」


『……いや、負けたというよりかはみずから進んで討たれたという方が正しいな』


「みずから進んで?」


シュトロームの言葉の意味をタマモはうまく呑み込むことができなかった。


みずから進んで討たれる。


それはどういう精神状態であれば行えることなのか、まるでわからなかったのだ。


どんな生物も基本的にはみずから命を捨てるようなことはしない。


群れが生き残るために、弱者を切り捨てることはある。だが、それはあくまでも切り捨てたということであり、みずから進んで討たれるということではなかった。


いったいどういう精神構造をしていたら、自殺のようなことができるのかがわからなかった。


『……信奉する「神獣様」が敵対した「霊獣様」に討たれたからだ。「金毛の妖狐」のみならず「妖狐」も「神獣様」を祖とする者たちだった。その祖を喪ってしまったとあれば、自暴自棄になる者も多かったのだろう』


「「霊獣様」?」


氷結王の話では「神獣」という単語を聞いた。だが、その「神獣」を討った「霊獣」の話は聞いていなかった。


『うむ。「神獣様」と「霊獣様」はもともとご姉妹であらせられた。「神獣様」が姉君にあたり、「霊獣様」は妹君にあたる。我はほとんどおみかけしたことはないが、我が君が仰るには仲のいいご姉妹だったそうだよ』


「……でもその「霊獣様」はお姉さんである「神獣様」を手に掛けられたのですよね?」


『……そうだ。その光景を我は見たよ。「神獣様」の亡骸とその血に染まった神器を持って笑う「霊獣様」のお姿をな』


シュトロームの目はまた遠くを眺めていた。が、視線の先にはテンゼンがいた。なぜテンゼンをと思ったが、神器という言葉で察しがついた。そしてテンゼンが押し黙っている理由もまた。


「……もしかしてテンゼンさんの」


『そうだ。テンゼンの持つ「ムラクモ」こそが「神獣様」を斬り殺した神器であるのだ』


シュトロームの言葉にテンゼンは顔を俯かせた。そんなテンゼンになんて声を掛けていいのか、タマモにはわからなかった。


声を掛けることもできず、ただテンゼンを見つめることしかできなかった。

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