24話 畑から上がる悲鳴は熱血の証
ヒナギクに弟子入りした当日から、ヒナギクによる指導は始まった。
「こら! 余計なことをしないの!」
「ひゃ、ひゃい!」
ヒナギクの菜箸が空気を切り裂きながら、フライパンに当たる。
カーン、という高い音についビクッと体を震わせるタマモ。しかしヒナギクは止まらない。
「タマちゃんはまず基本! 基本がなっていない! なのに応用たる隠し味など愚の骨頂!」
クワッと目を見開きながら語るヒナギク。その熱はそれだけで目玉焼きどころか、ゆで卵が作れそうなほど。ぶっちゃけ怖い。
だが、その恐怖に晒されているのはタマモだけである。
レンはと言うと──。
「きゅ、きゅ」
「ん? あぁ、これはこっちなのか?」
「きゅ!」
「了解、ありがとうな」
「きゅきゅきゅ」
「ん~。気にするなってこと?」
「きゅ!」
「ははは、そうか。ありがとう」
──クーたちと協力してログハウスの建設をしていた。
初めて会ったばかりだというのにクーとの意志疎通ができているようだ。
調理組とは違い、とてもほんわかとしている。ちょっと羨ましい。
「ほら、タマちゃん! よそ見しないの! そもそもよそ見ができる余裕なんてないでしょう!?」
「は、はい! ごめんなさい!」
クーたちとレンは穏やかであるのに、なぜこちらは殺伐としているのだろうか。
理不尽だと思わずにはいられなかった。殺伐としていないのは、ヒナギクからの呼び方くらいだろう。
なぜか「タマちゃん」と呼ばれるようになっていたのだ。
まぁ、これはこれでいいかと思うタマモだが、されていることは正直過酷だ。
現在タマモは「アルト」の路地から所代わって、タマモの畑内に急遽用意されたキッチンにてヒナギクによる熱血指導を受けていた。
作っているのはレンとヒナギクに出したキャベベ炒めだが、いくらかの進歩はあった。
ヒナギクに言われてようやく「調理」も生産であるため、Dexがものをいうことに気づいたのである。
「最初に気づきなよ」
とヒナギクには呆れられてしまったが、それからは「必中」を使ってDexの嵩ましをしてからの「調理」をしていた。そのおかげか調理時間は少し短くなった。
がヒナギクが言うには根本的な問題が残っていた。
「タマちゃん。レシピ通りに作っていないよね?」
タマモはキャベベ炒めのレシピ通りに作ってはいない。
一応レシピはあるのだが、レシピ通りにするのは面倒なので、ぱっと見ただけであり、手順がどういうものなのかはわかっていなかった。
「……ゲーム内のレシピはまだ憶えて」
「そうじゃなくて、リアルでのという意味だよ」
タマモの返答にヒナギクが大きなため息を吐いた。
「ゲーム内にレシピがあるとはいえ、そのレシピはもともとリアルのものでしょう? ならリアルのレシピをそのまま使えるはずだもの」
「たしかに」
言われてみれば、ゲーム内の料理とはいえ、もとはリアルでの料理を元にしている。
中にはこのゲーム専用のものだってあるのかもしれないが、そう数は多くないだろう。
たとえばドラゴンの肉を使った料理などはこのゲーム内だけのものだ。
……現実にもドラゴンステーキと銘打つものはあるだろうが、実際にドラゴンの肉を使っているわけではないから、同じドラゴンステーキという名前であっても完全な別物だった。
「だからこそ、リアルでのレシピを再現するのは大事だと思う。まぁここの運営さんが鬼畜ということを踏まえると、どこまで通用するのかはわからないけどね」
「あー」
その通りだった。ほかのゲームであればリアルのレシピを再現すればいいのだろうが、このゲームは「エターナルカイザーオンライン」である。
タマモの中では運営と書いて、「鬼畜野郎共の集い」と読む連、もとい団体だ。
「ならうな、目指せ」のキャッチコピーの通り、「調理」にも地雷があるかもしれない。
リアルのレシピを再現すればいいと過信してしまうのは危険だった。
「……まぁ、それでも現時点では再現するしかないけどね。少なくともタマちゃんの「調理」を見た感じ、基本的なレシピは同じで、しかもある程度アレンジを加えても失敗扱いにはならないみたいだし」
ヒナギクの前では一度しか「調理」をしていなかったのに、ヒナギクはそれだけでこのゲームの「調理」のシステムについて理解したようだ。
タマモ自身、あれで失敗扱いにならなかったことが不思議だったが、一応は成功していたのだ。ただし鑑定結果は悲しいものだったが。
名称 キャベベ炒め- 評価1 キャベベを各種調味料とともに炒めた料理。手順は単純なものではあるが、それゆえに奥は深い。「-」は焦げや生があり、調味料がまんべんなく行き渡っていないため。満腹度が5回復する。
鑑定結果を見てタマモは悲しくなった。それこそ泣きたくなるほどに悲しくなった。
しかし表示された鑑定結果は事実だった。
「たぶんキャベベ炒めって満腹度15くらいはあるんじゃない? それが5ということは可食部分が少ないということだと思う」
「「-」ってついていますもんね」
悲しい現実だが、きちんと受け止めねばならなかった。
それが現時点でのタマモの実力だと言われたようなものだった。
だが調理というもの事態に初めて触れたようなものなのだ。この結果でも十分上出来と言えるはずだ。
しかしヒナギクはよしとしなかった。
「この結果で喜ぶの?」
「ひ、ヒナギクさん?」
タマモを見つめるヒナギクの目は据わっていた。
それまでのやり取りでも十分すぎるほどに怖かった。
しかしそのときのヒナギクからは、それまでとは比べようもないほどの迫力を感じたのだ。
「どうして? 私がタマちゃんだったら悔しくて「ヒナギクさん、ご指導お願いします!」って言うよ? なのになんでタマちゃんはこんな結果で満足しているの? もっと本気になりなよ。ううん、もっと熱くなりなよ!」
ヒナギクの目に炎が宿っていた。その結果、現在の熱血指導になったのだった。
「形や厚さを揃えなよ! そうしないとそれぞれの熱の入り具合に違いが出るじゃない!」
「で、でもキャベベ炒めなんて、適当に千切れば──」
「適当に千切れば?」
ヒナギクが笑った。その笑顔にタマモは悲鳴を上げた。
「ふふふ、タマちゃんはしごきがいがあるなぁ。……とりあえずその適当にやっても料理なんて作れるだろうという根性を叩き直してあげるね 」
拳を鳴らしながら笑うヒナギク。そんなヒナギクにタマモは腰を抜かしながら逃げようとした。
だがタマモが逃げるよりもヒナギクの手がタマモの襟首を掴む方が速かった。
「さぁ、タマちゃん。楽しい楽しいお料理だよ? 頑張って作ろう、ね?」
「ひ、ひゃいぃぃぃーっ!」
最後の「ね」でヒナギクと目があった。その目は狩人を思わせるようなとても鋭いものだった。
「が、頑張れー」
「き、きゅー」
クーとレンが遠巻きから応援してくれていた。
だが応援するなら替わってくれと思わずにはいられないタマモだった。
しかしそんなタマモの願いとは裏腹にヒナギクは完全にタマモをロックオンしていた。
こうしてこの日から、 タマモの畑からはタマモの悲鳴が上がるようになったのだった。
おわかりでしょうが、この物語におけるヒロインは「ヒナギク」ではありません←
続きは明日の正午となります。




