30話 出会い~自嘲と羅刹~
「……ん」
まぶたを開くと、真っ先に目に入ったのは岩肌の天井だった。
「……ここは」
テンゼンはしばらく天井を眺めた。たっぷりと時間を掛けて現状の把握に努めようとしていた。
「ふむ。目を醒ましたようだな」
不意に知らない声が聞こえた。テンゼンは条件反射で飛び起きて距離を取ろうとした。
「っ!」
が、飛び起きようとする寸前で胸の辺りに激痛が走り、テンゼンはそのまま胸を押さえて倒れた。
(爺様に斬られたときみたいだ。なんだってこんなリアルなんだよ?)
胸の痛みは、かつて稽古の際、祖父に斬られたときにも感じたものだ。そのときはあくまでも木刀ではあったが、たしかに斬られた。そのときに発した痛みと今回の痛みは同一のものだった。
当時は現実で、いまはゲームの中という違いはある。
だが、それでも同じ場所を2度に渡って斬られていた。
「……少し鈍っていたかな」
この3年間、家を出てひとりで生活していた。
全寮制の学校であったため、集団生活だったと言えばたしかにそうなのだが、テンゼンの感覚ではひとりで生きていた。
友人はできたし、テンゼンを慕う後輩もいた。決して常にひとりでいたわけではない。
だが、それでも部屋に戻ればひとりだった。
だからひとりっきりで生活していたとテンゼンは思っていた。
全寮制の学校に通っていたのは、ひとりで生活するということもあったが、なによりもその学校が全国で有数の剣道における名門校だったからだ。
祖父に習っていたのは、剣道というよりかは剣術に近い。
しかし祖父は剣術を教えつつも、剣道にも触れさせてくれていた。
「ひとりでの稽古よりかは、試合を重ねる方がいい。そういう意味では剣道は最適だ。競合相手も多いから試合相手には事欠かさない。同い年で切磋琢磨できる相手がいるのであれば、ひとりでの稽古よりも腕を上げられるだろう」
祖父が剣道を推していたのは、腕を磨けるからということだったが、実際は殺伐とした世界でなく、日の光があたる場所へテンゼンを向かわせたかったからなのかもしれない。
同い年で切磋琢磨できる相手にはあいにくと出会っていないが 、妹がそうなりつつある。もっともそれはテンゼンにとってはこれ以上とない皮肉な話である。
(……誰よりも守りたい相手と、守ると決めた相手と切磋琢磨するなんて皮肉でしかないよね)
胸を押さえながらテンゼンは、自嘲していた。
(……その相手を斬るつもりなんだから、それも皮肉か)
これから自身がなすと決めていることにテンゼンはまた自嘲した。
「……悪鬼羅刹、か。僕にはお似合いかもしれない」
自嘲しながらテンゼンは胸を押さえていた。
「……羅刹か。たしかその種族はいるが、そなたのような年若い娘の姿をしておらんはずだったがのぅ」
また声が聞こえた。
テンゼンはとっさに顔を上げた。
またミスをしていた。
時間にしたら、ほんの数秒というところかもしれないが、それでも未知の相手に油断をしてしまった。どうあっても言い訳はできなかった。
(……本当に弛んでいるな、僕は!)
テンゼンは舌打ちをしながら顔を上げた。そこにはエンシェントスライムを椅子にして座るひとりの老人がいた。
白髪に青い目をした、いくらかくたびれた感じがする老人がじっとテンゼンを見つめていた。




