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29話 出会い~決着~

決闘が終わりました

剣が振り下ろされていた。


エンシェントスライムがその体を変形させた一振りの剣。

唸りを上げて迫る剣。


迫り来る剣を眺めながらテンゼンは、諦めようとしていた。


(あぁ、これは死に戻るな)


体は凍りついてまともに動かせない。


ゆえに攻撃はおろか避けることもできない。


加えて相手は本来なら、こんな初期の街近くで戦うような弱い相手ではない。


(王や帝とか言っていたから、最低でも4回は進化したモンスターだろうし)


初期の街の近くにいるモンスターは、進化していないモンスターだけというのは、どのゲームでもお約束のようなものだ。


最初の街の外にドラゴンなんていたら、まともに冒険なんてできるわけもない。


最初は弱いモンスターだけというのは、お約束だった。


だが、テンゼンが戦っているエンシェントスライムは、そのお約束から逸脱した存在だった。


4回の進化を果たした第5段階のモンスター。


「EKO」において第5段階がどれほどの存在であるのかはわからない。


だが、4回の進化を果たしたとなると、最低でもレベルは100を下ることはないだろう。


その当時のテンゼンは、まだレベルアップをしていなかった。


ヒュドラやオーガといったモンスターたちと戦いはしたが、ある程度のダメージを与えたら、隙を突いて逃げていた。


そのまま戦っても勝てなくはないとテンゼン自身は思っていたが、勝てたとしても消耗が激しいことはわかっていた。


だからある程度優勢なうちに逃げていたのだ。得体の知れない存在だと相手に思わせて、その隙を突いて逃げることで生き延びていた。


生存することを第一目標にしていたからこそ、テンゼンは逃げたのだ。


この山に住まうモンスターたちに底を見せないようにしていた。


だからこそレベルアップしていなかった。


戦闘から途中で逃げたからだ。


戦闘中に逃亡すると、それまで戦闘中に得た経験値はすべて破棄される。戦闘中に経験値を得るには、勝利ないし敗北もしくはなにかしらの特殊な事情で以て中断した場合に限られていた。


ゆえにテンゼンはどれほど格上相手に優勢な戦闘を展開していたとしても、途中で逃げ出していたため、それまで得ていた経験値はすべて破棄されていた。


仮にすべての経験値を得ていた場合、テンゼンのレベルは軽く10は越えていた。


もっとも10を越えたところで、目の前にいるエンシェントスライムとの戦力差が大きく埋まることはない。せいぜい誤差の範疇、一撃も耐えられないから、ギリギリで生き残るかどうかの違いにしかならないのだが。


そんな相手の攻撃をまともに喰らう。


どう考えても即死だった。


(もともと敵わない相手だったからな)


わかってはいた。


エンシェントスライムの攻撃を回避することに集中していたが、その攻撃速度や一撃一撃の威力等はテンゼンをはるかに凌駕していた。


どうやっても勝ち目などない。


それでもなおテンゼンは、エンシェントスライムを斬ると決めていた。


(やはり無謀だったな。まぁ、いいか。負けたところで死に戻るだけだ。1度負けるくらい問題はない)


これ以上はやるだけ無駄だ。勝てない相手に踏ん張っても意味はない。


テンゼンはあっさりと負けを認め、まぶたを閉じ、そのときを待とうとした。


『兄ちゃんは負けないよね!』


まぶたを閉じてすぐにある光景が浮かび上がった。それは最愛の妹と最後に会ったとき、全寮制の学校に進学し、入学のために家を出たときに言われた言葉だった。


『兄ちゃんは一番強いもん。だから負けないよね!俺も頑張って兄ちゃんみたいに強くなるよ。だから兄ちゃんも一番強いままでいてね!絶対に追いついてみせるからね!』


それはいまからちょうど3年前。妹がまだ10歳、まだ小学生だった頃だ。


いまもまだ幼いところはあるだろう。だが、当時はいまよりも幼かった。


幼いながらにも健気にテンゼンを見送っていた妹。目尻に涙を溜め、両手をぎゅっと握りしめながら、テンゼンを見送ってくれたかわいい妹。本当は止めたいだろうに、必死に我慢して見送ってくれた妹の姿がテンゼンの脳裏をよぎった。


(……そうだったな。僕はこんなところで──)


閉じていたまぶたをテンゼンは見開いた。そして叫んだ。


「──こんなところで負けてられないんだよぉぉぉっ!」


『なにっ!?』


テンゼンは叫びながら凍りついた体で剣に変形したエンシェントスライムの一撃をギリギリで避けた。薄皮一枚を斬られはしたが、たしかに避けることはできた。


エンシェントスライムは避けられるとは思っていなかったのだろう。


動揺していた。決定的な隙を見せていた。


ここだ。


テンゼンはムラクモを両手で握りしめ、振り切った体勢のエンシェントスライムの体にとムラクモの刃を振り下ろした。


渾身の力を込めて、雄叫びとともにムラクモの刃をエンシェントスライムにと叩き込んだ。


『バカ、な』


強かな感触があった。


エンシェントスライムの体を半ばまでムラクモの刃は切り裂いていた。


だが、それが限界だった。


「ちく、しょう」


薄皮とはいえ、たしかに斬られたのだ。レベルによるステータスの差。その差によって薄皮一枚とはいえ、かすり傷のような傷であってもテンゼンのHPの大半を消し飛ばした。


直撃ではなかったがゆえに、ほんのわずかにだが、テンゼンのHPは残っていた。


しかし体を凍りつけられた余波が、無理やり体を動かしたことでHPにダメージが入った。


結果わずかに残っていたHPも消し飛び、テンゼンの死亡は確定した。


テンゼンは膝を着いてゆっくりと地面に倒れ付した。エンシェントスライムもその身を横たわらせた。


テンゼンとエンシェントスライムの決闘は相討ちという形で終わりを告げた。


「……ふむ。見事だ」


そんなふたりに向かって腰の曲がった老人が、どこらから現れた老人が近づいてくる。だが、テンゼンには老人の姿は視界に入ってはいなかった。


テンゼンはぼんやりとしながら、最愛の妹のことを考えていた。


(……兄ちゃん、強かったろう、カレン?)


薄れいく意識の中、テンゼンは最愛の妹であるカレンにと話し掛けると、そっとまぶたを下ろしたのだった。その表情はとても誇らしい笑顔だった。

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