13話 フィオーレ解散
「──えっと、ごめんなさい」
タマモは深々と土下座をしていた。
タマモの前にはなぜか胸元を押さえたヒナギクとなぜか鼻を押さえているレンがいた。
ちなみにだが、タマモの頭にはとても大きなたんこぶが、いまどきギャグ漫画くらいでしか見ない大きなたんこぶができていた。
そのたんこぶを作ったのが誰なのかは言うまでもない。
そしてなぜたんこぶができたのかもまた。
とにかく実に「フィオーレ」らしい光景だった。
「……まぁ、今回はなんというか、ね?」
「うん。今回は、うん」
ヒナギクとレンは会話になっていない言葉を交わしているが、気持ちは同じだった。すなわちこの話題については忘れたいということである。
その気持ちはタマモとて同じだった。
なぜあんな暴走をしたのかはタマモ自身にもわかっていなかった。
ただあまり突っつきすぎるのも問題だった。
ゆえにタマモもまたこれ以上この話題を続けるつもりはない。
ただ筋を通すために頭を下げていた。それ以上もそれ以下の理由もなかった。
そうして頭を下げるタマモと頬を赤らめて胸元を押さえるヒナギク、鼻を押さえてあらぬ方向を見やるレンという光景となっていた。
加えて全員がこれ以上この話題はしたくないという意思の一致がなされていた。
「……とりあえずですが、レンさんの意思を聞いておきたいです」
しばらくして頭を上げたタマモは、レンを見やりながら言った。
レンは自身を指差しながら「俺の意思?」と首を傾げていた。
タマモは「ええ」と頷きつつ、今度はヒナギクを見やった。
「さっきまでのおふたりの会話は少しだけ聞いていました。レンさんがアルトを出ると」
タマモは真剣な表情を浮かべて言った。
ただ真剣ではあるものの、その頭上にある大きなたんこぶがあるのがすべてを台無しにしていた。
が、そのことを、ツッコめる余裕がある者はその場には誰もいなかった。
誰もがツッコめる余裕などありはしない。誰もツッコまないまま、タマモの話は続いた。
「アルトを出るのはなにかしらの移動手段を手に入れてから、というのは話し合いで決まりましたよね?それでもレンさんはアルトを出るということですか?」
「……うん。それでも出ると決めている」
「……それはつまり「フィオーレ」を脱退するということですか?」
「……それは」
レンは迷っていた。
本音を言えば、タマモとてレンを追い出すつもりなどない。
むしろ理由があってのアルトを出ると言うのであれば、理由があるのだろう。
理由もなく話し合いの内容を反古にするような人物ではないことをタマモは知っている。
だからレンがアルトを出るというのは、相当の理由があってのことだということになる。
そしてアルトを出ると言うのであれば、それはタマモとて同じである。
ただタマモの場合はせいぜい数日。長くてもリアルで数日間は離れるくらいのつもりだが、レンの場合はどれほどの期間になるのかはわからない。
もしかしたらずっと戻って来ないという可能性だってあるのだ。
それも理由次第だろうが、レンがどうしてそんなことを言い出したのかはタマモには心当たりがあった。
「……テンゼンさんと戦うためですか?」
「……それは最終的な目標だね。いまの俺じゃ兄ちゃんには勝てない。だから俺は修行の旅に出たいんだ。兄ちゃんに勝てる力をつけるための修行の旅に」
レンの兄テンゼンは、先日の「武闘大会」で全試合を初撃で決めてしまうほどの実力者だった。タマモたちと同じ初期組でありながら、一対一では最強と謳われる存在である。
そのテンゼンと戦うための力をレンは欲していた。
そのためにはいまのまま初期の街であるアルトにいつまでもいるわけにいかない。そうレンが思うのはわかる。
タマモ自身いつまでもアルトに居続けるつもりはない。
いつかはアルトを出なくてはならない。
だが、それはいまではないのだ。
それでもなおアルトを出るとレンは言った。
であればタマモができることは──。
「……わかりました。ボクも一時的にアルトを出るつもりだったので」
「え?」
「タマちゃんも?」
「はい。なのでこうしましょう」
──タマモができることはレンが後腐れなくアルトを出られるように後押しすることだった。タマモはその提案を口にした。
「「フィオーレ」は一時的に解散します」
ヒナギクとレンを見渡しながらタマモは「フィオーレ」の一時的な解散を口にしたのだった。




