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22話 初めてのお客さんと初めての調理

「……ふふふのふー」


 タマモは体育座りしながら、虚空を眺めて笑っていた。


 少し視線を逸らすと、「アルト」の大通りが、多くのプレイヤーが歩く大通りが見えていた。


 プレイヤーたちはみなきらきらと目を輝かせているようにタマモには見えていた。


 その手にはプレイヤーメイドなのか、NPC製のものなのかはわからないが、焼きそばやらホットドッグやらがある。


 縁日でよく見かけそうな内容だが、それらをプレイヤーたちはみな美味しそうに食べていた。そう、美味しそうに食べている。


 まるで路地にあるタマモの屋台など目に入らないと言うかのようにだ。


「……プレイヤーはいっぱいいるのに、お客さんが来ないなぁ~」


 ハイライトが消えた目でタマモは独り言を口にする。


 おかげでよりプレイヤーが寄り付かないのだろうが、愚痴のひとつでも言っていないとやっていられない。


「……どうしてお客さんが来ないのですぅぅぅ」


 タマモは地面に向かって両手を振り下ろした。がかえって自分にダメージが入ってしまった。地味に痛い。

「野菜炒め専門店ってダメなんですかね」


 屋台にはきちんと「野菜炒め専門店」というこだわりを書いてあった。


 屋号は「タマモの屋台」とストレートだが、ほかの屋台との差別化はしてあった。


 だがお客さんは来ない。


 かれこれ数日はこうして屋台を構えているのに、一瞥さえもされていない気がしてならない。


 なにが悪いのだろうか。


 菜食主義者は必ずいるはずなのに。その層をごっそりといただくはずだったのに。なぜこうなった?


「狙いが悪かったのでしょうか? いやいやいや、ボクはできる限りのことはしているはずなのです。じゃあなぜ?」


 項垂れたままタマモは現状の把握に勤しんだ。


 タマモの屋台に客が寄り付かないのは実に単純だった。


 狙いがニッチすぎるというのも理由ではある。


 現実世界では菜食主義者であっても、ゲーム内だけは肉食系となるプレイヤーが多かったのだ。


 なにせいくら食べても太らないうえに体に悪影響にならない。現実ではなくゲームの中なのだから。


 であれば、普段食べない肉を食べても問題はないと考える層もいる。


 菜食主義者と言っても全員が全員肉が嫌いというわけではないのだ。


 純粋に肉嫌いな菜食主義者もプレイヤーの中にはいるのだが──。


「……あの子、なんかヤバくない?」


「し、見るんじゃない!呪われかねないぞ!」


 ──そんな菜食主義者たちでさえも、遠巻きで見ることしかしなかった。


 なにせタマモの屋台があるのは、人が寄り付かなさそうな路地のちょうど真ん中。


 しかも時計塔の影にあたり常に日陰という立地に加え、遠目からでも金髪幼女が影を背負いながらぶつぶつと呟き時折虚空を眺めて笑っている。


 一部の紳士淑女であっても、そんな怪しさ爆発どころか天元突破さえしていそうな屋台には近づけなかった。


 ましてや一般プレイヤーならなおさらである。


 それどころか増えつつある悪堕ちプレイヤーたちでさえも遠巻きで見ることしかしていない。


「あいつはなんかヤバい。近づくな」


 端から見たらいいカモという風にも見えるが、暗がりでひとり笑うタマモの姿は自分たちには見えない「なにか」と交信しているかのように見えてしまった。


 実際は客が来なさすぎて笑うしかないということを闇堕ちプレイヤーたちにはわからなかった。


 その結果、屋台を購入してから数日。タマモの屋台に来る客どころか、冷やかしに来るプレイヤーさえ皆無だった。


「……ボクは一生レベルアップもできないんですかね」


 タマモは屋台に背を預けながら虚空を眺めて、ひとり笑っていた。


 その姿に遠巻きで見ていた闇堕ちプレイヤーや菜食主義者たちは、そろって怯えてそそくさと退散してしまっていた。


 人通りのない路地の真ん中で、ひとり笑うタマモはただただ不気味だった。


 しかしどんなところにも、「変わり者」は存在していた。


「ねぇ、ここお店だよね?」


「……ふぇ?」


 農業ギルド以外で初めて声をかけられた。


 顔を上げるとそこには黒髪の軽装な戦士風の男性プレイヤーと茶髪の明らかに後衛な女性プレイヤーがいた。


「野菜炒め専門店ってことは料理店なんだよね? 作ってもらっていいかな?」


「……は、はい!」


 男性プレイヤーが笑っている。女性プレイヤーは首を傾げているようだがどうでもいい。いまは初めてのお客さんを迎えたことが純粋に嬉しかった。


「頑張って作ります! 少々お待ちくださいなのです!」


 タマモは慌てて立ち上がると調理を始めた。


「野菜炒めね。珍しい」


「おまえがいつも肉ばっかりとか言うからだろう?」


「だからってゲームの中で野菜を食べても意味ないでしょう? ちゃんと現実でもね」


「あー、はいはい。わかっていますよー」


「はいは一回でいいの」


 初めてのお客さんであるふたりは、どうにも夫婦かカップルかのようだった。


 パートナーがいるのは羨ましいなとタマモは思いながらも、初めてのお客さんであるこのふたりのためにも頑張って美味しいのを作るぞ、と気合いを込めながらタマモは調理をしていく。


 だが問題があった。タマホはいままで一度もこのゲームで調理などしたことがなかったのだ。


 ゲームなら材料を選べば自動的に調理されるだろうと考えていた。


 実際はリアルの調理と変わらないことをこのときのタマモは知らなかった。


 知らないまま、初めてのお客さんのために調理を始めてしまったのだった。

 果たしてタマモは無事に一品作ることができるのか。

 続きは明日の正午となります。

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