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7話 眷属

「さて、そろそろ本題にしようかね。今日は何用で?」


「老婆」はタマモに出したものと同じ茶を啜りながら言う。


 タマモを見つめる「老婆」の目は、さっきまでとは違い、タマモを計っていたときとは違い、とても穏やかだった。


「……ヒナギクさんが面白い話はいいのですか?」


「話したいところではあるが、お嬢ちゃんには時間がない。違うかね?」


「それは」


 そう、タマモにはすでに時間は残っていなかった。ログイン可能時間はすでに30分を切っていた。


 店を教えてもらったうえで買い物をするとなると、1分でも早く向かいたいところである。


「だからその話はまた今度さね。まぁ、お嬢ちゃんがまた来てくれるかはわからないがね」


 喉の奥を鳴らすようにして笑う「老婆」だが、笑い方とは違い、タマモを気遣ってくれていた。その気遣いに感謝しつつも、タマモは本題を切り出した。


「実は揃えたいものがあるのです」


「揃えたいもの?」


「老婆」の目が少しだけ鋭くなった。その鋭さに背筋がわずかに震えたが、タマモは意を決して伝えた。


「はい。登山用の道具です」


「そう、登山。……登山?」


「ええ。テントは最優先、できればウォールクライミング用の道具があればと思いまして。売っているお店をよく知らないので、売っている場所を教えていただけたらと」


「老婆」をちらりと見やると、驚いているのか、何度か目を瞬かせていた。口はわずかに開いていたが、そこからは一通り揃った歯が見えていた。


 がすぐに「老婆」は笑い始めた。


「あははは! まさか、まさか登山用品をお求めとは! 本当に面白い子だねぇ」


「老婆」はおかしそうに笑っていた。それこそ爆笑と言ってもいいほどに。


 だがタマモはなぜ笑われているのかがわからない。


「え、えっと?」


「おっと、ごめんよ。いやぁ、久しぶりに笑わせてもらった気分だ。長生きはするものだねぇ」


「は、はぁ?」


「老婆」の言いたいことがよくわからない。理由はわからないが「老婆」の姿をしているだけだと思っていたのに、どうもそれなりに長生きをしているようなことを言われてしまった。


(どういうことでしょうか?)


「老婆」の言動も「老婆」の狙いもなにひとつわからない。


 だが、その言葉を聞くかぎりタマモに危害を加えようとは考えていないようだった。


 いまも本当に面白くて笑っているようにタマモには思えていた。


 そしてそれは決して不快ではない。その理由もタマモにはわからなかった。わからないまま、タマモは「老婆」が笑い終えるのを待った。


「いやぁ、笑った、笑った」


 ひとしきり笑うと「老婆」は涙目になっていた。目尻に浮かぶ涙を拭いつつ、「老婆」は咳払いをした。


「さて、登山用品と言ってもそこそこ値は張るが、金はあるかい?」


「ある程度なら」


「そうか。じゃあ具体的な予算を教えてもらっていいかい?」


「老婆」はどこからか羊皮紙を取り出すと、メモを取り始めた。


「そうですね。全部合わせて1万から2万シルの間であればよしです。足りないのであれば、3万シルを上乗せしても構わないのです」


「ふむ、最大で5万か。品質は?」


「できれば安物ではなく、しっかりとしたものがいいのです。安物買いの銭失いとも言いますし」


「なるほど。ある程度の高品質か。テントも同じかい?」


「そう、ですね。寝心地がいいものを」


 テントはログアウト用のものだが、どうせなら寝心地がいいものがいい。寝心地の悪いものはログアウト用とはいえ、あまり使いたくなかった。


「ふむふむ。そうなるとテントは1番いいものがよさそうだね」


「どのくらいしますか?」


「まぁ、そうだねぇ。だいたい1万~1万5000シルくらいかね? だけど、寝心地は約束できるよ?」


「老婆」は親指を立てて笑っていた。最初の予算のうち4分の3が飛んでしまうが、寝心地には変えられない。


「じゃあ、それで」


「あいよ。でピッケルや登山靴やほかのものがそれぞれ高品質のものでやはり1万くらい。ちなみにピッケルは武器にもできるものだから、それなりにモンスターと戦ってもある程度の耐久性もあるよ。登山靴はボタンひとつでアイゼンが出る優れものだね」


「おぉ、ではそれを」


「はいはい。えっと、食糧は?」


「あ、そちらは大丈夫なのです」


インベントリにはキャベベやキャベベ炒めが山のようにある。食糧を買いそろえる必要はない。


「ふむ。では食糧はなしと。 そうだね。5万まではいかないが、しめて4万ちょいくらいかね?」


「当初の2倍ですかぁ」


「高いかもしれないが、安全には変えられないよ?」


 どうすると「老婆」に見つめられた。たしかに安全面を考えたら、あまりけちけちはしていられない。それに出せる最大の価格内で収まっているのだから問題はない。


「わかりました。それで場所は」


「そうだね。明日までには用意できるよ。リーンから受け取っておくれ。ああ、代金についてリーンがお嬢ちゃんの口座から振り込んでおいてもらうからね」


「え?」


「ただ、一応サインをしておいておくれ。「勝手に振り込まれていた」なんて言われても困るからねぇ。まぁお嬢ちゃんの場合なら問題ないだろうけど」


「老婆」は笑いながら羊皮紙を差し出してきた。差し出された羊皮紙には、タマモと「老婆」の話の中で出てきた用品とその代金に加え、簡単なものではあるが、契約事項が書かれていた。


 おおまかに言うと支払い方法は農業ギルドでのタマモの口座からの振り込みとして、その振り込みを受付チーフであるリーンに任せること。ただしその内容は逐一タマモに報告するという内容であり、勝手にタマモの口座から振り込むことはないというものであった。


「……問題ないです」


「そうかい。ならこれにて契約成立だね。明日の朝にリーンから受け取っておくれ」


「老婆」は笑いながら、席を立とうとしていた。が、タマモは慌てて「老婆」を呼び止めた。


「あ、あの! おばあさんは登山用品のお店もしているんですか?」


「うん? そうだねぇ。まぁ、登山用品だけじゃないが、なんでもござれの店は抱えているよ」


「老婆」は変わらぬ笑顔をしている。だが、その笑顔は底の知れないもののように映った。少し体が震えた。が、タマモはあえて続けた。


「……リーンさんとのご関係は」


「あぁ。言っていなかったねぇ。あの子は私の孫娘だよ」


「ま、孫娘?」


「正確には曾孫かねぇ」


「ひ、曾孫!?」


「いい加減玄孫の顏を見せろと言っているんだけどねぇ。なかなか良縁がなくてね。まったく困った子だよ」


 やれやれと「老婆」は肩を竦めた。その顏は呆れの色が強い。だが、タマモにとっては呆れるどころか、理解不能な状況だった。


(ちょ、ちょっと、どういうことですか!? だってこの人中身は若いはずなのに、なんでリーンさんが曾孫なんですか!? 意味わからないんですけど!?)


 そう、タマモの見立てでは目の前にいる「老婆」は老婆の姿をした若い女性だと思っていた。「老婆」のふりをしている意味はわからないが、少なくともなにかしらの事情があることはわかっていた。だが、まさかリーンがこの女性の曾孫というのはさすがに意味も理由もわからない。


「まぁ、いずれわかるだろうさ。あとリーンに聞かないでおくれよ? あれでもあの子はかなり苦労してあの地位に立ったんだ。その苦労を理解していただけますかね、「眷属」様」


「眷属?」


「ふふふ、いまは秘密さね。さぁさぁ、時間がないんだろう? 行った行った!」


「老婆」は急かすようにしてタマモを追い出した。理由も聞けないまま、タマモは宿屋から出されてしまった。


「どういうことですかねぇ?」


 追い出されたタマモは首を傾げた。だが、すでにログイン限界に迫っていた。「あわわわ」と慌ててタマモは拠点へ帰って行った。

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