5話 老婆の宿屋へ
「う~ん、久しぶりのアルトですねぇ」
農業ギルドの敷地内からアルトの街にとやってきたタマモ。
アルトの街は相変わらず、時計塔を中心にした12の地域に分かれている。それ自体は街のコンセプトなのだろうから変わりようがない。
ただプレイヤーの顔ぶれは少し変わったように思える。もっともひとりひとりの顔ぶれまでは憶えていないが、傾向は変わりつつあるようだった。
「……新人さんみたいな人が多いですねぇ」
以前屋台を出していたときは、高価そうな装備を身に着けたプレイヤーも数は多くないが見かけていたのだが、いまや完全にその手のプレイヤーの姿は皆無である。
逆に以前のタマモのような初期装備のインナーだけのプレイヤーが目立つようになっていた。みなピカピカのEKを背負って、生き生きとした表情を浮かべていた。
「……いいですねぇ、まともな見た目のEKを持っている人は」
たいていのプレイヤーが所持するEKは剣だったり、槍だったり、弓だったり、はたまた鞭だったりと人それぞれではあるが、まともな見た目のEKばかりである。タマモの調理器具のようなへんてこな外見のEKは一切見かけない。
むしろ調理器具であるのは自分だけではないかとさえタマモには思えてならない。
「……これで調理器具仲間がいれば、まだ気は楽なんですけどね」
そう、調理器具のEKを所持した仲間がいるのであれば、タマモとしてもいくらか気楽にはなれる。しかしだ。いまのところそんなプレイヤーはタマモしかいない。
仮にいたとしても、即座にリメイクしているだろう。むしろタマモのように残念すぎる見た目のEKを使い続けるプレイヤーなどそうそういるわけもない。
「……はぁ、考えるのはやめにしましょう。空しいだけなのです」
自身のEKの外見について考えるのは空しいだけで、なんの生産性もない。そんな空しいことをするよりかは生産性のあることに思考を切り替えようとタマモは決めた。取り急ぎいまするべきことはひとつ。
「テントってどこで売っていますかね?」
そう、テントがどこで売っているのかを確認することだ。初日に利用したよろず屋にはなかった。よろず屋であれば、ありそうなのになぜかなかった。
「……むぅ。手当たり次第に商店に入ってみるのもありですけど、時間がないですし」
いまのところタマモに残された時間はあと40分ほどだ。手当たり次第に店に入って見つけられなかったから、目も当てられない。
となれば、だ。ここは誰かの知恵を貸してもらうべきだろう。とはいえ、掲示板で探している余裕はない。であれば、人脈を利用するしかないだろう。
「……なにかあれば来いと言ってくれましたし、行ってみましょう」
タマモは初日に利用した宿、そして少し前までヒナギクとレンが連泊していた宿屋へと足を向けた。
レン曰く交渉がとんでもなく難しかった老婆だが、タマモにはとても優しかったのだ。今回もその優しさに甘えてみようと思ったのだ。
(あまり甘えすぎるのも問題ですけどねぇ)
甘えるのはいいのだ。本人がいいと言ってくれているのであれば、である。
だが、それにも限度はある。いくらなんでも毎回甘えるのはさすがに憚れるし、問題がありすぎだ。
だが、今回はアドバイスをしてもらうだけ。となれば、甘えるのには入らないのではないだろうかとタマモは思った。
それに老婆であれば、アルトのことは大抵理解していそうな気がしたのだ。それが正しいかどうかはわからないが、少なくとも当てずっぽうで行動するよりかはましだろう。
(おばあさん、話を聞いてくれますかねぇ)
だが、その一方で不安もある。やはりレンに対しては辛辣というか、足元を見ていた老婆のやり方はタマモが知っている老婆とはいくらかの乖離があった。
正直どちらが本当の老婆なのかはわからない。わからないが、いまはタマモが知っている老婆を、一文無しになったタマモに優しく接してくれた老婆を信じたかった。
そうしてタマモは初日以来の老婆の宿屋へと向かい、そして──。
「お久しぶりです、おばあさん」
「おや? これは珍しいお客さんだねぇ。元気だったかい、狐のお嬢ちゃん」
──宿屋の前で掃除をしていた老婆と初日以来の再会を果たしたのだった。