1話 源流点へ
お久しぶりです。
本日から第4章の開始となります。
4章は基本的に出会いと探索がメインのお話になります。あくまでも予定では←
九月中旬──。
「エターナルカイザーオンライン」初のイベント「武闘大会」はいくらかの波乱を呼びつつも、どうにか終了した。
個人部門は彗星のごとく現れたテンゼンが、クラン部門では参加していたPKKの選抜チームのほぼすべてを平伏させたアオイが率いる「三空」がそれぞれ優勝を果たした。
個人部門はともかく、「三空」の優勝により、今後のゲーム展開が殺伐としたものになるのではないかと思うプレイヤーは数多くいた。
しかし、そのプレイヤーたちの予想を裏切るようにして「三空」と、「三空」を中核にした大規模クラン「蒼天」は一切の動きを見せないまま、「武闘大会」から早くも現実世界で一週間が経とうとしていた。
いまだ「三空」の圧倒的な戦闘力はプレイヤーたちの中で語られることも多いが、徐々に「武闘大会」の熱気が納まりつつあった。そんな時期にタマモたち「フィオーレ」は──。
「……というわけで、一時的に解散ってことになるかな?」
「仕方がないかな?」
「ですねぇ」
──まさかの解散の危機にあった。
もっとも通常のクランのように喧嘩別れをしたというわけではない。
これにはいろいろと事情があった。その事情を語るには少々時間を巻き戻すことになる。
「フィオーレ」の解散。その事情はゲーム内時間で一日前までにさかのぼる。
「ふぁ~。退屈なのです」
タマモは昼間ひとりログインしていた。
タマモの傍らには相棒であるクロウラーのクーがいる。タマモはクーを後ろから抱っこしながら、欠伸を書いていた。その当のクーもまた大きくあくびを掻いている。
ふたりが一緒にあくびを掻いているのは、その日に行うルーチンワークをすべて終えていたからだ。
すでに畑からは今日の分のキャベベは収穫し、その収穫したキャベベのうちの一部はクーを含むクロウラーたちに餌付けし、その代価である高品質の絹糸のうち半分はオークションに、もう半分はファーマーのデントを経由して「通りすがりの紡績職人」こと姐さんに納品してある。
タマモが1日2回のログイン中にするべきことはすでに終わっていた。
料理の修行は師匠であるヒナギクがいる2回目のログイン中でなければまだ許してもらっていなかった。
「武闘大会」の開催期間中はそれなりに経験値稼ぎを行えたのだが、それでもレベルアップはしなかった。
いまもタマモのレベルは4のままである。毎日欠かさずログインを行っているのにも関わらず、まるで変化なしだった。
とはいえ、まだヒナギクから許しを貰っていない以上、下手に「調理」をして怒られるのは憚れた。
黙っていればわからないのではないかと内なる悪魔が囁いてくるが、その悪魔の囁きに乗った瞬間、タマモに待ち受けているのはヒナギクという鬼からの折檻である。
タマモにとって内なる悪魔よりもヒナギクという鬼の方がはるかに恐ろしいため、素直にヒナギクの指示に従い、「調理」をしないようにしていた。
しかしそうなると今度はルーチンワークを終えた後に空き時間ができてしまうことが多々あった。
その日もルーチンワークをすべて終えたのは、ログイン限界まで残り3時間を切ったところだった。まるまる3時間残ったとまでは言わないが、3時間近くも空き時間ができてしまったのだ。
「暇ですねぇ」
「きゅー」
タマモとクーは再びあくびを掻いた。ルーチンワークをすべて終えたふたりにしてみれば、3時間もの空き時間はただただ暇でしかないのである。
とはいえ、3時間というのはなかなかに微妙な時間だった。新しいことを始める資金はあれど、のめり込み始めた頃にタイミング悪くログイン限界時間が訪れかねない。そもそも新しいことを見つけるまでに時間がかかってしまえば、よりタイミングは悪くなってしまう。
いわば、3時間というのはあまりに微妙な時間なのである。これがまだログインしてすぐであれば、行動に移すの吝かではないが、一仕事を終えたあとだと急に動くのが億劫になってしまう。加えてそれなりに時間が経ったこともまた腰を重たくしてしまっていた。
そのため、タマモもクーもそれぞれにあくびを掻きながら、先日完成したばかりのコテージの階段に腰掛けて二人そろって日向ぼっこをしていた。
日向ぼっこにしては、アルトは相変わらずの夕焼け空であるため、日向ぼっこと言っていいかは首を傾げざるをえないが、日に当たってぼんやりとしていることを日向ぼっこと仮定するのであれば、タマモたちのしていることはやはり日向ぼっこと言ってもいいことだとタマモはぼんやりとしながら考えていた。
「ふわぁ~」
「きゅー」
口を大きく開けながらあくびを繰り返すふたり。「武闘大会」終了後から、昼間のログインでは、ルーチンワーク終了後は同じ光景が繰り返されていた。
当初はふたりもなにかをするべきかと思っていたが、一仕事終えたあとのやり切ったという感覚がふたりのまぶたを重たくしてしまっていた。
それはその日も同じで、いつも通りの怠惰だが、穏やかな時間を過ごそうとしていた、そんなときのことだった。
「暇暇なのですよぉ~」
「きゅー」
それまで同様なことを口にしながら、タマモもクーもぼんやりとしていた。
クーはタマモの腕の中で空を見上げ、タマモもやはり空を見上げていたが、空ばかりを眺めていても退屈だったため、試しにと視線を落したとき、タマモは視線の先にあるそれを見つけた。
「……小川」
「きゅ?」
タマモが見つけたのは、農業ギルドの中に流れ込んでいる小川だった。タマモでさえも楽々渡れる程度の本当に小さな川。その小さな川は近くにある山から流れ込んでいるという話だった。
「……山から見る風景」
「きゅー?」
ふむ、と口元に手を当てつつタマモが考えていたのは、小川の源流点を見に行こうかなということだった。
「……以前見た特番でやっていましたからねぇ」
タマモが以前見た特番では、ことあるごとに男泣きする筋肉質の俳優とかつての名横綱とのコンビとマドンナ役の女性ゲストが水路と陸路で特定の川の源流点を探すという内容のものだった。
タマモ自身その特番の放送は毎週楽しみにしている。
毎週源流点を探すのではなく、放送する内容が毎回変わるので飽きが来ないのも楽しみにしている理由のひとつだ。
中でも一番楽しみなのは「ルイルイ」で一世を風靡した元アイドルと失言と毒舌で有名な漫画家のコンビが路線バスだけを使って目的地を目指すというものだが、世代交代してしまったのが少々残念に思っている。世代交代した組も悪くはないのだが、初代コンビに比べるとどうにも物足りなさを感じてしまうのだ。
とにかく、路線バスも楽しみではあるが、源流点を目指す旅もわりと好きだった。そのまねごとをしてみても面白いかもしれないとタマモは思ったのだ。
「……どうせ時間もありますからねぇ」
時間は有り余っているのだ。ならば少しくらい冒険をするのも悪くはない。タマモは「よし」とクーを抱っこしつつ、両頬をパンパンと張ってから立ち上がった。
「そうと決まれば、善は急げなのです!」
「きゅー」
タマモに抱っこされながら、クーは首を傾げるだけだったが、タマモは気にすることなく、クーに留守番を頼むと小川に沿って歩き始めたのだった。
個人的には路線○スの旅は初代のコンビでこそだと思っています←




