Ex-12 拠点・後編
クーの後を追う形でタマモたちは建設していたログハウスへと向かった。
「ほへぇ。大会に参加する前は完成間際でしたけど、まだ完成には至らなかったのに」
大きく口を開けてタマモはあんぐりとしながら、ログハウスを眺めていた。タマモの言うとおり、タマモたちが「フィオーレ」として武闘大会に参加する前までは、たしかにログハウスは完成していなかった。タマモたちの感覚で言えば一週間前のことではあるが、それは「闘技場」内だけでは時間が加速していたからであり、実際のゲーム内の日付は大会に参加する前までと変わっていないのだ。ただ現実世界での時間は四時間を過ぎてはいた。
が、今回ばかりはログイン時間を一時間ほど延長することが決まっていた。それぞれのスタート地点に戻る前に運営側からログイン限界時間を一時間延長することを伝えられていた。
これは主に生産職のための措置である。特に定期的に生産物の確認をしなければタイプの生産職、具体的に言えばファーマーであれば、農産物の状態を確認するための時間にあたる。なにせゲーム内時間で言えば、同じ日付とはいえ、それはあくまでもギリギリでという意味合いになる。それぞれのプレイヤーの視界内には時計が表示されているが、その時計はもうすぐ日付を変えようとしていた。
いくら「闘技場」内だけ一週間の時間加速を行っていたとはいえ、ログイン限界時間一杯を使っていることには変わりない。
そしてログイン限界時間を超えるということは、日付が変わるということを意味している。もっともこれはあくまでも運営が定めた公式での時間表示と言う意味合いではあるが。「エターナルカイザーオンライン」の連続ログイン可能時間は4時間。対して次にログイン可能となるのはそれから8時間後となる。つまりプレイ時間とそのクーリングタイムの8時間を含めて12時間を1セットとしている。
そのことを踏まえたうえで運営での公式では、昼と夜の12時にそれぞれ日付が変わるようにされていた。現在は現実世界で言えば正午を少しすぎた頃である。つまり「武闘大会」の開催日はゲーム内時間で言えば昨日のこととされている。そして日が過ぎれば、当然農作物はそれぞれに生育している。物によってはすでに収穫時期を超過していることもありえる。
もちろんそう言った事情はほかの生産職にも当てはまる。料理人であれば、調味料に漬けこんでいた食材が適時を超えてしまい、味が濃くなりすぎてしまったり、漁師であれば仕掛けていた罠に掛かった魚が放置していたため、死んでしまったりとなどのデメリットが発動してしまう。
中には時間を掛けた方が望ましいこともあるにはあるだろうが、それでも一応の確認をする時間は必要だった。そのための1時間の延長なのである。
ちなみに延長時間はそれぞれのプレイヤーで任意に利用できることとなっていた。もっともこの延長時間はあくまでも現時点限定であり、今回利用しなかったら別の日に利用できるというわけではない。利用しないプレイヤーにとっては、いや、利用できないプレイヤーにとっては無用の長物だった。
だが、利用できるプレイヤーにとっては1時間限定とはいえ、普段よりも長くプレイできる有意義な時間となっていた。
もっとも生産職にとってみれば、本当に確認くらいしかできないわずかな時間であることには変わりないのだが。だが、それは生産職だけではなく、攻略組にとってみても同じである。たったの1時間だけでは、ダンジョンアタックも、レベル上げもできない。
できるとすれば、せいぜい今回の「武闘大会」の反省会くらいだろう。ナデシコ率いる「ザ・ジャスティス」は実際に1時間いっぱいを使っての反省会を行う予定だった。
もっともその反省会がカオスとなっているのは言うまでもないことではあるが、そのことをタマモたちは知る由もない。
「ここがあのログハウスなんですね」
タマモたちの前にはクー率いる虫系モンスターたちが文字通りに築き上げたログハウスがあった。タマモたちが大会に参加するまでは完成していなかったログハウスは、まだ屋根や内装工事が終わっていなかったはずのログハウスはすでに完成していた。
タマモがイメージしていた通りのログハウス風のコテージとなっている。いくつもの丸太で組みあげられた壁は泥や粘土等で隙間を埋められ、隙間風を遮断している。床下は高床式になっているため、ヒナギクとの特訓の際にタマモが隠れたときと変わらず、ひとひとりが四つん這いになれば、入り込めるほどのスペースがある。屋根は藁葺と丸太の二重構造となっていた。もちろん丸太の間は泥や粘土で隙間を埋められている。ドアにはデフォルメされたタマモとヒナギクとレンのイラストが描かれていた。三人の真下にはクーたち虫系モンスターズのイラストも描かれているが、すでにいまさらである。
「タマちゃんが説明してくれた通りの外見だねぇ」
「でも中はどうなんだろう?」
ヒナギクの言う通り、外見はタマモのイメージ通りである。だが、レンの言うように中はどうなっているのかはまだわからない。
しかし現場責任者であるクーは「心配するな」と言わんばかりに胸を叩いていた。そんなクーの反応を見つつ、タマモたちはログハウスのドアを開く。
「「「おおー!?」」」
ドアを開くやいなや3人は思わず声をあげていた。ドアの先にはリビングダイニングとでも言うべき、スペースが4人掛けほどのテーブルと椅子が置かれていた。まだ席順は決まってはいないが、このスペースで話し合い等はできそうである。
そのリビングダイニングの脇には簡易的ではあるがキッチンスペースがある。タマモとヒナギクのふたりが並んで使っても問題ないほどのスペースはあった。そして恐ろしいことにキッチンスペースにはまさかのシンクがある。どうやって水を引いているのかは定かではないが、クーが試しに蛇口をひねるとそこからは水が流れ出ていた。
「「「いったいどうやったの?」」」
現実世界であれば、水を引くことは当然のことではあるが、東西入り交じったファンタジーであるこのゲーム世界でどうやって水道を引いたのかはまるでわからない。それも水道を引いたのはドワーフなどの職人ではなく、芋虫を筆頭にした虫系モンスターによるものなのだから、大工涙目と言ってもいいだろう。そしてそれほどのことをした筆頭の芋虫であるクーは「きゅ!」とドヤ顔を浮かべて胸を張るだけである。
その姿を見て、あまり突っ込まない方がいいとタマモたちは思った。触らぬ神に祟りなしである。
「えっと、リビングダイニングの先にはたしかパーソナルスペースがあったはずなのです」
そう、リビングダイニングの先にはそれぞれのパーソナルスペースとなる部屋が3つあったはずだった。そのパーソナルスペースに繋がるドアはテーブルの少し先にあった。そのドアを開くと横幅が5メートルほどの廊下があった。その廊下の先には等間隔の3つのドアがあった。そのドアの先は簡易なベッドと少しばかりのスペースがあった。まだベッド以外のものはないが、それぞれの趣味を活かした部屋作りはできそうである。
「へぇ、思ったよりも広いね」
「ビジネスホテルのシングルくらいはあるかな?」
ヒナギクとレンの現実での私室と同じくらいの広さの部屋は、宿屋の一室とさほど変わらない広さだが、これから無料で使えるのだから、ヒナギクとレンにしてみればなんの問題もない。タマモも現実世界の私室とは比べるとだいぶ狭いが、これでようやく無料提供の生活から抜け出せるとあれば、なんの問題もなかった。3人それぞれに満足できる広さの部屋になっていた。
「クー、ありがとうです!」
「ありがとう、クーちゃん」
「やっぱりクーはすごいなぁ」
タマモたちはそれぞれにクーにお礼を言う。クーは相変わらずドヤ顏で「きゅん!」と鳴くだけであるが、その鳴き声は「どんなもんよ」と言っているようにタマモたちには思えていた。
だが、それだけの仕事をしてくれたことには変わりないため、タマモたちはそれぞれに「ははぁ」とクーに頭を下げ、クーは「きゅん!」とますます胸を張っていた。なんとも言えない3人と1匹のやり取りはしばらくの間続くこととなった。
やっぱり終わらなかったorz




