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Ex-9 天上の会話

 今日も引き続き特別編です。

 わりとグロイのでご注意ください。

 叫び声が聞こえる。真昼間のマンションからはおおよそ不釣り合いな声だった。


 だが、その叫び声もゲームか映画のものだろうと近隣住民は思うだけであり、これと言ったアクションを起こすことなく、平然としていた。


 そんな叫びが聞こえるマンションの一室にその女性はいた。


 どこまでも続く叫び声。いや、悲鳴と言ってもいいだろうか。その悲鳴を聞きながら白いドレスの女性は笑っていた。人差し指をまるで指揮棒のように振るいながら、その女性は笑っていた。


 女性の視線の先にあるのはパニック系とホラー、それもグロテスクが強めなものを合わせたかのような映画のような映像だった。


 その映像は常に俯瞰視点、第三者視点であり、主人公らしき青年が必死に逃げまどう姿を映していた。その青年の体はすでにボロボロである。体の至るところからは血が流れ出ているどころか、穴という形で欠損していた。すでに両腕は穴だらけになっている。


 いまも右の上腕筋を真っ黒な甲殻の子蜘蛛に、無数にいる子蜘蛛たちに喰われていた。左腕は肘から先がなくなっており、わずかな名残である肘だった骨を別の子蜘蛛たちにしゃぶられるようにして喰われていた。


 左の腹部にはやはり黒い甲殻をした蛭のような生物に吸い付かれていた。蛭のような生物はすでに青年の肉を越え、内臓に食らいついていた。青年の口から金属をひしゃげたような悲鳴が上がっていく。


 両目は真っ赤な色をしたかなり大型の蜂により刺され、その毒によって目は真っ黒にそまっていた。すでに失明しているのは明らかで、青年は目の前にある岩に何度もぶつかっている。


 上半身だけを見れば、もうとっくに死んでいてもおかしくない状態だった。だが青年の下半身は不思議なことに無傷だった。無傷ゆえに青年は走っていた。ただ走って、走って、走り続けていた。


 しかしいくら走っても青年は死地から逃れることはできない。そもそも青年は走ってはいたが、ほとんど進んでいなかった。


 失明していることも進めていない理由ではある。


 だが、それ以上の理由があった。


 青年は地面を走ってはいなかった。


 青年が走っていたのは地面ではなく、とても巨大な大蛇の背の上だった。その大蛇は鱗の一部が岩のように硬化している部分があり、青年がぶつかっていたのはその鱗の一部だった。大蛇はすでに青年を捉えており、二股に分かれている舌を定期的に露わにして青年をじっと見つめていた。


 やがて大蛇が口を開いた。その次の瞬間、青年は集っていた子蜘蛛や蛭、蜂ごと大蛇の背の上から消えていた。青年が消えるのと同時に大蛇の頭の位置が動いていた。大蛇は喉を鳴らすようにしてなにかを嚥下していた。獲物は少なかったからか、まだ腹を空かしているような顔で移動を始めていく。その大蛇が移動していくところで映像は途切れた。


「まぁ、こんなものかしらね?」


「……ずいぶんと残酷だね、君は」


 映像が途切れると同時に白いドレスの女性が背伸びをした。その女性にと別の女性が、燕尾服を着込んだややボーイッシュな女性が声を掛けていた。白いドレスの女性が振り返り笑った。


「そうかなぁ? 英雄願望があるのであれば、あれくらいの死地は乗り越えるものじゃない?」


「なんの力もない子にそんなことができるわけがないだろうに。もう少し段階を踏めばいいのに、いきなり死地に送り込んだら、ああなるのは当然だろう」


「でも甘やかしても人は成長しないものよ?」


「限度がある。まぁ、あれは私の目から見ても成長はしないタイプだったし、切り捨てたところで問題はないけれどね」


 ボーイッシュの女性が笑う。白いドレスの女性を咎めるようでありつつも、その本質は白いドレスの女性と大して変わりはしないのだろう。


「さて。それで?」


「それで、って?」


「あの子を死地に送り込んだ理由だよ。まさか本当に英雄にするつもりだったのではないのだろう?」


「それはそうよ。あんなの英雄どころか、三下も務まらないでしょう。務まっても三下程度の小悪党が抱える下っ端、それもいくらでも脚きりできる下っ端の一人くらいじゃない?」


「……そこまでわかっていてあれかい?」


「ええ。だってあの子ったら、私の「お気に入り」をずいぶんとひどく貶してくれるのだもの。「オシオキ」は必要でしょう?」


 白いドレスの女性はボーイッシュの女性に向かって笑い掛ける。その笑顔はとても穏やかでかつ純粋無垢なものだった。だが、純粋無垢だからと言って残酷ではないとは限らない。むしろ純粋無垢と残酷さは同時に存在しえる。その証拠が白いドレスの女性の笑顔だった。ボーイッシュの女性はやれやれと肩を竦めつつも笑った。


「「お気に入り」ねぇ。その「お気に入り」にずいぶんとまぁひどいことをしているようだけど?」

「かわいい子には旅をさせよ、でしょう?」


「限度があるよ。まぁ、君の言う「お気に入り」はずいぶんと面白い子ではある。加えて見込みもある。だから問題はないかもしれないが」


「うん?」


「「娘さん」とその「お嫁さん」が仲間になるのはどうなんだい? 「お気に入り」だけじゃなく、「娘さん」と「お嫁さん」もずいぶんと厳しく、辛い目に遭うことになると思うが?」


「……いいのよ。あの子たちならなんとかなるでしょう」


「……君は厳しいね」


「逆にあなたが優しすぎるのよ。「お母様」にもそうだったの?」


「あー、まぁ、そうだね。君そっくりなお転婆だったから、ずいぶんとまぁ手を焼いたものだ。いまではいい思い出だがね?」


 喉の奥を鳴らすようにして笑うボーイッシュの女性。女性の笑う姿に白いドレスの女性はなにも言えなくなってしまっていた。


「すまないな。君にとってはあまり聞きたくない内容だったかな? あの「お転婆」の娘、その片割れだからかな? どうにも意地悪になってしまうようだ」


「構わないわよ。「お母様」と言っても私自身は会ったことなんてないもの。会ったのは「姉さん」だけだから」


「そうか。そうだったね。すまないことを言った」


「いえ、気にしていないわ」


 白いドレスの女性からは笑顔が消えていた。ボーイッシュの女性からも笑顔はない。お互いを見つめてはいるが、その目に熱はない。お互いに茫洋としたまなざしを向けるだけだった。


「さて、次はどうする?」


「そうね。次の展開までは楽しんでもらうつもり」


「そう。そうだね。楽しい思い出があるからこそ、その思い出が失われたとき、人はその本質を見せるものだ。君の「お気に入り」の本質はそれではっきりとわかる。これでもずいぶんと期待しているのだよ?」


「ええ、知っている。だからこそ私はここにいる」


「……そうか。無粋なことを言ったな」


「気にしていないわ」


 白いドレスの女性はボーイッシュの女性から視線を外した。ボーイッシュの女性は肩を竦めるとくるりと踵を返した。


「それでは、次のイベントで。ソラ主任」


「ええ。次のイベントで。エルプロデューサー」


 主任とプロデューサー。それぞれの肩書を口にしながらふたりの女性はそれぞれに姿を消した。その場に残ったのは叩きつけられたうえに踏みつけられたことで破損した最新機種のVRメットだけだった。

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