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EX-8 優しい女神(じゃしん)

八日ぶりです、こんにちは。

まさか八日も更新できないとは。

今年の夏風邪はヘビーです。

さて、今回より特別編となります。


「くそったれ!」


 中尾愛斗(なかおまなと)は装着していたVRメットを床に叩きつけた。


「どうして、どうして誰も話を聞きやがらねぇ!?」


 肩を震わせながら愛斗は叫ぶ。


 しかし独身かつ一人暮らしである彼の声に返事をする者は誰もいない。


 そんなことは愛斗自身理解しつつも、現状への不満を抑えることはできなかった。


「なんでだよ。なんで誰も俺の話を聞かねえんだよ!? あのガキはどう見てもチーターじゃねぇか!」


 愛斗は少し前までさんざん叫んでいたことを、「エターナルカイザーオンライン」の中で叫んでいたことを現実世界に無理やり戻らされたいまもまた口にしていた。


「エターナルカイザーオンライン」における愛斗のアバター名は「ロジャー」──すなわちテンゼンの試合に乱入をした面々のリーダー格だった。


 しかしその「ロジャー」はもう使用できない。


 いや、「エターナルカイザーオンライン」自体をプレイできるかどうかもわからなかった。


 現在愛斗のアカウントは凍結されてしまっていた。


 不適切な発言に加えて特定の個人に対する暴言、そして徒党を組んでの試合への乱入。それらはすべて「エターナルカイザーオンライン」における不適切な事例、つまり違反行為に当てはまった。


 もっとも初犯ということもあり、2週間のアカウント凍結という処置が下ったのである。


 愛斗がしたことは違反行為ではあるものの、重大とまではいかない。


 無論、何の証拠もなく個人を貶めたことは重大性はあるものの、それはあくまでも個人個人の問題であり、運営側から見ればノータッチにしたい部類のことである。


 個々人の問題は、当人同士の話し合いによって解決すべきであり、運営が乗り出すようなものではなかった。


 これがもし愛斗がタマモの個人情報を不特定多数の前で公にした場合は、有無を言わせずにアカBAN案件ではあるものの、今回の場合は妄想癖の激しいプレイヤーの暴走でしかないのだ。守るべき個人情報が曝されたわけではない。


 加えて愛斗への制裁はタマモ自身の手によってすでになされているため、当人同士の問題としては決着は着いている。


 が今回のことで懲りずにまた暴走を起こしかねないと運営側も考えたゆえに、アカウントの2週間の凍結処理をなしたのである。


 要は最後通牒である。「今回は初犯ゆえにこの程度にしておくが、次は覚悟をしておけ」という温情込みでの最後通牒だった。


 だが、愛斗にとってみれば、それさえも不満の種でしかない。いや、そのことがより一層愛斗の不満を煽るものでしなかった。


「どう考えても俺の方が正しいだろうが! ベータテスターである俺をなんで初期組ごときのガキがぶっとばすことができるんだよ!? どう考えてもチーターだからしかないだろう!?」


 愛斗はゲーム内でテンゼンやガルドたちに散々言われたことを蒸し返していた。ベータテスターである自分を初期組のタマモたちに負けることなんてありえない、と。


 たしかに愛斗の言う通り、普通の初期組が相手であれば、ベータテスターである彼が負けることはありえなかったかもしれない。しかし相手は普通の初期組ではなかった。


 タマモは幸か不幸か最高ランクのURのEKと特別アバターである「金毛の妖狐」を所持し、使用しているプレイヤーだった。その分プレイヤースキルはまだまだお粗末なところはあるものの、その成長具合は著しい。対してテンゼンは圧倒的なプレイヤースキルを誇る、現時点での最強プレイヤーだった。いわばふたりは例外中の例外と言ってもいいのだ。


 もっともタマモのクランメンバーであるヒナギクとレンもまた例外中の例外となるプレイヤーたちだったが、愛斗が目の敵にしているのは自身を圧倒したテンゼンとチーターと断言しているタマモだけだった。ある意味ではその矛先は間違ってはいない。ただ正しいとも言えない。ふたりともまっとうにプレイしているだけではあるが、それぞれの特殊性は傍から見れば、「おかしい」と思われなくもないことではあるのはたしかなのだから。


 とはいえ、その特殊性をちゃんと確認することもなく、チーター扱いするのは暴論にもほどがあることではあるのだが。


「くそったれ!」


 床に叩きつけたVRメットを踏みつけながら、肩で大きく深呼吸をする愛斗。冷静さなどすでに欠片も存在していなかった。その目には一種の狂気が宿りつつある。


「俺を、俺を誰だと思っているんだ!俺はベータテスターだぞ!選ばれた最強のひとりなんだぞ!?」


 最強のひとりとみずから口にするも、それが通用するのは、あくまでもゲームの世界のみ。現実ではない。しかもそのゲームの世界であっても彼を最強と認める者は誰もいない。


 そもそも最強を自称するのであれば、初期組であるテンゼンにあれほどしてやられたことをどう説明するのだろうか。


 相手がチーターだとか、RMTをしているだのと嘯いたところですでに運営からは違法行為はないと断じられているのだ。


そのうえで違法行為を相手がしていると言ったところで誰も相手などしないだろう。


 実際、今回の彼の口車に乗ったほかのプレイヤーたちもすでに愛斗をフレンドから外していた。


 愛斗ほどではないにしても彼らもアカウントを一時的に凍結されていた。その平均は1週間ほどである。愛斗は首謀者ということで2週間ではあるが、ほかのプレイヤーたちもそれなりの期間をアカウントが凍結されていた。


 愛斗以外のほぼ全員が今回の凍結処理は最後通牒であることを理解していた。


 口車に乗ってしまったことはたしかではあるが、愛斗と同列で語られたくない者やこれ以上は付き合えないと思った者など様々な理由はあれど、凍結処理を受けた時点で彼の元から離れるプレイヤーは続出した。


 結果、彼のフレンド欄からは襲撃に参加したプレイヤーだけではなく、それ以前からの付き合いのあるプレイヤーたちも消えてしまっていた。その理由は襲撃に参加したプレイヤーと同じだった。


 これ以上は付き合えない。これ以上付き合ってもメリットがないうえに、同列で語られるだけ。いわばデメリットだけだ。


 そのデメリットを受け入れてフレンドで居続けようとするプレイヤーは、残念ながら愛斗のフレンドには存在しなかった。


 結果愛斗のフレンド欄には登録されたプレイヤーは表示されていない。


 凍結処理される寸前にそのことに気づいたが、対処する時間はなく、愛斗はログアウトすることになり現在に至る。


 愛斗の怒りはテンゼンやタマモは言うまでもなく、運営や自身を切った元フレンドたちにも向いていた。


「俺を、この俺をバカにしやがって!」


 ふたたびVRメットを踏みつけながら愛斗は叫んだ。VRメットの形はすでに変型しており、そのままでは使用できないのは明らかだった。


 そのことを理解してもなお愛斗の怒りは収まらない。収まらないまま、怒りをより一層ぶつけるかのようにVRメットを踏みつけようとしたそのとき。


「あらあら、もったいない。それ最新機種なのに」


 不意に背中側から声が聞こえてきた。


 慌てて振り返るとそこには真っ白なドレスと瓶底メガネを身につけた銀髪の女性が少し前まで愛斗が横たわっていたベッドに腰かけていた。


「だ、誰だ、あんた!?」


 思わず距離を取る愛斗。


 しかし距離を取ると、それまでベッドに腰かけていたはずの女性はいなかった。


 目元を擦り、もう一度見やるも誰もいない。


「……疲れていたのかな?」

 

 幻覚に加えて幻聴もとなると、ずいぶんと疲れていたのかもしれない。


 最近はゲームをプレイする時間が多くなっていた。そのゲームも2週間の凍結処理を受けていた。


 しばらくはゲームをプレイせずに過ごすべきだということなのかもしれない。


「……ちょうどいい休養期間と思えばいいか」


 なにせ幻覚と幻聴だ。ギリギリまでプレイしていたツケが溜まっているのだろう。


 ここは無理をせずに体を休めよう。


 愛斗はそう結論づけ、これからなにをするべきかと考え始めた、そのとき。


「クスクス、まぁ体調は大事よね?」


 不意に背中側から手が伸びてきた。頬を撫でられる。声はさきほどの女性のものである。


 振り返るとさきほどの女性がいた。口許を大きく歪めて笑っていた。思わず小さく悲鳴をあげる愛斗。


 しかし女性は気にすることなく続けた。


「ふむふむ。中高一貫の進学校から現役で有名大学に進学してからは一人暮らし。一人暮らししてからは好き放題にしている、と。その好き放題の中には女遊びも含まれているみたいね。悪い子ねぇ、愛斗くん」


 女性は笑っている。


 笑いながらその手にあるのは書類だった。書類を読みながら女性の目は怪しい光を宿していた。


「な、なんだよ、あんたは!?」

 

 距離を取りたい。しかしなぜか体が動かなかった。

 

 なにが起こっているのか。いやなにが起きようとしているのか。愛斗にはわからなかった。

 

「ん~、そうね。あなたの願いを叶えてあげる、優しい女神様かしら?」


「め、女神?」


「そう。優しい、優しい女神様」


 ふふふ、と語尾にハートマークが付随していそうなほどに女性は笑っていた。


 だが、笑顔とは裏腹にその目はやはり怪しい光を宿していた。


「愛斗くんは、物語の主人公に憧れているでしょう?」


「しゅ、主人公?」


「ええ。勇者や英雄と言う方がわかりやすいかしらね?」


 女性の言いたいことを理解できなかった。たしかに愛斗にはそういう願望はある。


 だが、ネットゲームのプレイヤーには英雄願望とでも言うべき欲求を持つ層は一定数は存在する。極論を言えば大半はその一定数の層だろう。決して愛斗だからというわけではない。が、愛斗が英雄願望を抱いていることもたしかである。そのことはどうあっても否定はできない。


 しかしなぜこの女性は、愛斗の英雄願望を知っているのだろうか?


 そもそもどうやって部屋に入ってきたのかもわからない。


 一瞬で移動する術も理解できない。いったいどうやったのか。


 そのうえで英雄願望を叶えてくれるとも言っている。


 わけがわからない。


 それが愛斗にとっての目の前の女性に対する印象だった。


「あ、あんたは誰なんだよ?」


 目の前の女性は身長は高く、スタイルがいい。まさにモデル体型だ。愛斗の好みではあるが、食指が動くことはなかった。


 むしろ恐怖しか抱けない。目の前の女性を見ているだけでどうしようもない恐怖が愛斗に襲いかかっていた。


「さっき言ったと思うのだけど?」


 不思議そうに首を傾げる女性。それだけを見ればかわいらしいものだ。だが、愛斗には女性をかわいらしいと思える余裕はなかった。思えるわけもなかった。愛斗にとって目の前の女性は捕食者にしか見えない。どんなにかわいらしい仕草をしても、存在の格自体が異なっていれば、相手の方がはるかに格上であれば、「かわいらしい」なんて感想は抱けるわけもない。そんな感想を抱ける余裕なんてあるわけもなかった。


 愛斗にできるのはただ目の前にいる捕食者に対して怯えて震えることだけだった。


 そんな愛斗を見て女性は笑った。口元を大きく歪ませて、弧を描くようにして口元を大きく歪ませて笑っていた。


「さぁさぁ、愛斗くんの欲求を満たせる世界に連れて行ってあげる。まぁ、難易度はベリーハードを超えてベリーベリーハードくらいだけど、大丈夫大丈夫。英雄志望ならそれくらいなんとかなる!」


 女性が笑いながら右手を伸ばしてくる。


 避けたいのに避けられない。


 愛斗は体を震わせながら、女性の右手を見ていることしかできなかった。

女神と書いてじゃしんと読む。そんなお話でした←

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