133話 「やっぱりかわいいな」
ふたつの賞を受賞したタマモは舞台上で泣きに泣いていた。
それこそ後で思い出したら、自分で恥ずかしくなってしまいそうなほどにタマモは泣きじゃくっていた。その姿を見て、テンゼンは穏やかに笑っていた。
もっともテンゼン自身はそのことには気づいていない。だが、その表情はとても柔らかかった。フードで顔のほとんどを隠しているため、たいていのプレイヤーには気づかれていない。それでもたしかにテンゼンは笑っていた。穏やかに笑っていたのだ。
(泣き顏ってあんまり好きではなかったんだけどなぁ)
テンゼン自身、泣き顔を見たいとは思っていない。むしろ泣き顔よりも笑顔の方がテンゼンは好きだった。だがこのゲームをプレイし始めて、テンゼンが見たのは泣き顔だけだった。それも最愛の妹の泣き顏を見ることになってしまったのだ。ほかならぬ自分自身の手によってである。
(なさねばならないことがある。そんなお題目を立てても、香恋を泣かしたことは変わらない)
妹を泣かしたいなんて思ったことはいままで一度もなかった。それどころか稽古以外では妹を傷付けることさえもしたくなかった。
そのしたくはなかったことをテンゼンは行っていた。傍から見ればテンゼンのしていることは理解不能だろう。それでもやると決めた以上はやり抜く。それがテンゼンなりの誇りだった。その過程でタマモと知り合うことになった。
(……泣き虫か。シンさんの言葉を借りるのであれば、それもまた才能か)
こと武術において泣き虫と臆病者は才能だった。もっと言えば強くなれる素質があるのだ。臆病者は臆病であるからこそ、相手をちゃんと見ようとする。武術において相手を見ることは、相手を知ることはとても重要だった。
泣き虫は臆病と少し違うが、それもまた才能である。泣き虫というのはそのままでは弱点にしかならない。しかし泣き虫というのはわりと達観していることがある。「自分は泣き虫だからなにをしてもすぐに泣いてしまう」という達観がある。それはつまりどんなことが起きようと常に変わらずに対応するということになる。そのままただ泣きじゃくるだけであれば、なんの意味もない。
だが、もし突き抜けることができれば、どんなことがあっても変わらずにいられるということになる。常に冷静に俯瞰的に物事をみつめることができるようになる。動じずに相手を観察することができるようになるということ。
臆病であることと泣き虫であること。そのままでは、どちらも意味はない。ただの弱点にしかならない。だが、どこかで突き抜けることができれば、いや、突き抜けられればどちらもこれ以上とない武器ということになる。そのふたつを持っているかどうかはわりと重要だった。そしてその重要なものをタマモはふたつとも持っていた。
(……シンさんが見たら、きっと喜んで鍛えるんだろうな。あの人、ノンちゃん相手にも容赦なく鍛えていたし。まぁ、兄さんの親友なんだからある意味当然かもしれないが)
長兄の親友であり、妹の香恋の幼なじみの希望の従兄にあたるのがシンは、テンゼンにとってみれば兄弟子だった。シンはテンゼンたちの祖父の弟子だった。テンゼンもまた祖父の弟子であるため、シンとテンゼンは兄弟弟子の関係になる。
その兄弟子がタマモを見れば喜々として鍛え始めるであろうことは目に見えていた。それがわかっているからこそテンゼンもタマモのことはシンには教えていない。むしろ伝えたらタマモからの好感度が思いっきり下がりそうな気がしてならないのだ。
(……わざわざタマモさんに嫌われそうなことなんてしたくないし)
一目ぼれというわけではないが、嫁にするのであればタマモもありっちゃありだと思っているテンゼン。当のタマモが聞けば「ほえ?」と首を傾げられかねないことではあるが、候補にしておくことは別に咎められることではない。
もっともそれが行き過ぎれば、ストーカーということになってしまうわけなのだが。もっともそこまでテンゼンも暴走しているわけではないため、タマモを嫁候補と考えていても実際に口説く気はなかった。あくまでもタマモが嫁になったら、どんな感じになるだろうかと時折悦に浸る程度で抑えていた。……それを他人が見ればなんというのかは言うまでもないことではあるのだが。
『そろそろ終わったか?』
不意にメッセージが飛んできた。その内容はテンゼンの数少ないフレンドからのものだった。テンゼンはその内容を見て「もうすぐ終わる」とだけ返信をした。がすぐにまたメッセージが送られてきた。
『承知した。土産話を楽しみにしておく』
フレンドからのメッセージに苦笑いをするテンゼン。
(土産話もなにもないんだけどね。まぁ、いい。あの爺さんには下界での出来事はなんでも物珍しいのだろうからね)
本人から「爺さん」呼びを許可されてはいるが、下手に眷属に聞かれたら殺されかねないことだという意識はテンゼンにはあった。それでも「爺さん」を「爺さん」と呼ぶのをやめるつもりはテンゼンにはないのだが。
(……「了解」、と。まったく面倒な爺さんだ)
やれやれと肩を竦めつつもテンゼンの視線は目の前にいるタマモへと注がれていく。タマモを見つめながらテンゼンは「やっぱりかわいいな」と思った。思いながらも口にすることなく、お辞儀をし続けるタマモをぼんやりと眺めていたのだった。
テンゼン→タマモという図式が出来上がりつつありますが、結ばれないから大丈夫←




