132話 ごめんなさい
「──どういうことさ?」
ヒナギクとレンは真っ向からサクラの言葉を、タマモと同じくらいの努力をしたという言葉を否定した。
まさかの言葉にサクラは絶句しつつも、その言葉の意味をふたりに尋ねていた。するとふたりはインベントリから兜を取り出した。タンク系のプレイヤーが使いそうなフルフェイスの、顔全体を覆うタイプの兜だった。
「……なにそれ?」
「タマちゃんが大会二週間前に装備していた兜です」
「狐ちゃんが?」
「そうです。装備してもらっていいですか?」
「え? あ、うん」
レンに兜を手渡された。手渡された兜をサクラは首を傾げながら装備した。が──。
「な、なにこれ!? 目の前が全然見えないじゃん!?」
──装備してすぐに兜から見える視界のあまりものの狭さに驚いてしまった。驚くあまり叫んだ。するとその声は兜の中で反響していく。とてもうるさかった。
「でしょうね。タマちゃんのためにわざわざ妨げになるようなものを買いましたから」
「え? な、なに? よく聞こえないんだけど?」
ヒナギクの声が聞こえた。だが、声はヒナギクとわかってもなにを言われたのかまではわからなかった。兜の中で反響した声と兜自身の厚みによって、声が聞き取りづらかった。視界はほとんど塞がれているうえに、耳さえもうまく聞こえない。こんなものをタマモは装備していたのかと思うと絶句しそうになった。
「──これならどうですか?」
不意に視界が開けた。耳も元通りに聞こえている。見ればレンが兜を脱がしてくれたようだ。ほんのわずかな間だったというのに、ずいぶんと長い間装備していたように思えてしまう。
「あ、うん。聞こえるし見えるよ?」
「でしょうね。サクラさんでも、視覚と聴覚をほとんど塞がれたら参りますよね。タマちゃんのように獣人さんであれば、より参るでしょうね」
「ぁ」
普通の人間であるサクラでも目と耳の大部分を塞がれただけで参ってしまったのだ。タマモのように人よりも感覚が鋭い獣人であればなおさらだろう。
「……これを狐ちゃんはどれだけ?」
「一週間ですね」
「一週間も?」
「ええ。一週間これを装備したまま、私とレンと組手をしていました」
「……は?」
言われた意味をすぐに理解することができなかった。組手というのはあの組手のことだろう。ヒナギクとレンはなにかしらの武術は嗜んでいるだろうなとは言われていた。だからふたりが組手を行うのはわかる。だが、その組手をタマモも行っていた? それも視覚と聴覚を塞がれる兜を身に付けたままで? いったいなんの冗談だろうかとサクラは思う。
しかしヒナギクとレンはとても真剣だった。つまり本当のことを言っているということだ。本当に兜を付けたままでふたりはタマモと組手を行っていたということなのだろう。
「おいおいおい、マジか」
「タマモちゃんの強さの秘密が少しわかった気がするな」
ガルドとバルドのふたりが呆れ半分驚き半分という風に言った。実際ふたりは呆れつつも驚いているようだった。無理もない。視覚と聴覚を半ば奪われた状態で組手なんてできるわけがない。そもそも日常生活を行うこと自体難しいだろう。なのに組手を行っていたと言われたのだからふたりの反応はもっともなものだった。
「狐ちゃんはもともと武術を?」
「いえ、ぜんぜん」
「まるっきり素人でしたよ」
「え?」
視覚と聴覚を奪われたまま、組み手を行えたということは、タマモ自身もなにかしらの武術を嗜んでいたのだろうかと思い、尋ねてみたがふたりは静かに首を振った。いまのタマモからは想像できないが、最初のタマモはまるっきりの素人だったという。正直信じられなかった。
「……才能もあったとは思います。ただの素人が一か月ちょっとの訓練で戦えるようになれるわけがない」
「でも才能があっても努力がなければ花は開かない。タマちゃんは花が咲くほどの努力をしていました。私とレンとの組手もその一環。そのほかにもいろいろとやりました。その結果がいま舞台上にいるタマちゃんなんです」
タマモはまだ泣いていた。実況もアナウンスもなにも言わない。それどころか優勝した「三空」の面々やテンゼンもなにも言わずに見守っているようだった。それほどの戦いをタマモは行っていたのだから。ふたつの賞を受賞するに相応しい戦いをタマモは見せたのだ。
「サクラさんの努力がどれほどのものなのかは俺たちにはわかりません」
「でも本当にタマちゃんと同じくらいの努力をあなたはしたんですか?」
「したと言いきられるのであれば俺とヒナギクから言うことはありません」
「でも言いきられないのであれば、もう言わないでほしいんです」
「タマちゃんの努力は並大抵のものじゃなかったから」
「だから簡単に「同じだ」って言ってほしくないんです」
ヒナギクとレンは突っぱねるようにして言っていた。とても厳しい言葉だった。だが、それ以上にタマモへの信頼を窺わせる言葉でもあった。その言葉に、その想いにサクラはなにも言えなくなった。なにも言えないまま、舞台上で泣きじゃくるタマモを見やる。
努力をし続けてきた頑張り屋な少女を見やる。その少女が流す涙を見て、サクラは心野底から思った。「あぁ、なんてきれいな涙なんだろう」と。澄み切った涙を見て、サクラはもうなにも言うことができなくなり、ただ俯くことしかできなくなった。そんなサクラの頭に再びローズの手が置かれた。
リップに殴られてできたたん瘤が痛む。だが、その痛みよりも自分がしていた非道さに涙が出た。タマモに比べてその涙のなんと汚いことか。
「……ごめん、なさい」
サクラは涙を流しながらぽつりとタマモへの謝罪を口にした。いまは届かない謝罪。しかし絶対にとどけなければならない謝罪をサクラはただただ呟いていった。




