131話 努力の差
実の姉であるリップの怒り。
その怒りのメガトンパンチの前にサクラは地面とキスをすることになった。……現実でそんなことになれば、前歯が折れずとも欠けることになりそうなことだが、あくまでもゲームのためそれなりの痛みですんでいた。
しかし顏はそれなりの痛みですんでいるが、頭の方はそれなりとは口が裂けても言えなかった。むしろこれをそれなりと言うのは無理があった。
「う、うぅぅぅ~、頭が痛い」
「自業自得だ、愚妹!」
頭が非常に痛かった。たん瘤が確実にできているだろうという自信がサクラにはあった。しかしそのことを言ってもリップは自業自得としか言わなかった。たしかに自業自得と言えばそうなのかもしれないが、血の繋がった姉妹であれば、もう少し肉親の情的なものを発揮してほしいとサクラは思わずにはいられなかった。
「……もう少し手加減くらいしてくれてもいいと思うんですけど」
「あんた未遂とはいえ、人様に迷惑を掛けようとしていたってことはわかっている?」
「そ、それは。だからわけがあって」
「わけがあろうとなかろうと、迷惑を掛けようとしたことには変わらないでしょう? 都合のいい言葉で逃げようとするな、愚妹」
リップは目を細めて言った。目を細めるとき、たいていリップは本気で怒っている。それはいまも同じだった。いや、いまだからこそ本気で怒っているのかもしれない。タマモに迷惑を掛けようとしたくせに、そのタマモからは嫌われたくないと都合のいい、矛盾した気持ちを抱いていたことをリップは本気で怒っているようだった。
「……だって、アタシは認められなかったんだもん。狐ちゃんと同じくらいに頑張ったのに、認めてもらえないんだもん。そんなのおかしいもん」
矛盾しているというのはサクラ自身わかっていた。それでも心の中に宿った嫉妬心を抑えることはできなかった。
努力したからと言ってすべて成就するわけではない。そんなことはサクラ自身言われずともわかっていた。それでもこうして目の前で成就したものを見せつけられると、嫉妬してしまっていた。その嫉妬を抑えることはサクラ自身ではどうしようもなかった。どうすることもできずにタマモ自身に見えない刃を突き立ててしまっていた。
「……ふぅ、まだ反省していないみたいだね、この愚妹は」
リップが黒い笑みを浮かべた。あ、本気でヤバい。サクラは即座に撤退を選んだが、すでに時遅し。リップはすでにサクラの襟首を掴んでいた。ここから逃げることは敵わない。サクラ自身はっきりとそのことを理解してしまった。
そんなサクラに黒い笑みを浮かべたリップが迫る。サクラは思わず悲鳴を上げるも、リップはゆっくりと固く握りしめた拳を振り上げる。
(あー、アタシ死んだわ、これ)
ひそかに胸の前で十字を切りつつ、どうか現実には影響しませんようにと祈るサクラ。だが、その祈りをあざ笑うように高々とリップの右拳は掲げられて──。
「あのリップさん」
「サクラさんとお話させてもらっていいですか?」
──掲げられたところでヒナギクとレンがリップに声を掛けた。声を掛けたふたりの表情はとても真剣だった。タマモを貶めようとしたサクラを責めようとしているという風には見えない。だが、その目もその表情も真剣そのものであることには変わらない。
「……私が折檻したところでこの子には大して意味はないかな」
「だねぇ。サクラは昔から変わらないもの」
真剣なヒナギクとレンの様子にリップは掲げていた右手を下した。そんなリップにと様子を見守っていたヒガンが近づきながら笑っていた。
「もう小学生じゃないってのにねぇ。まぁ、サクラらしいと言えば、サクラらしいかな?」
くすくすと笑っているのはローズだった。ローズと会ったのはちょうど高学年になる少し前、だいたい10歳くらいの頃だった。あれから6年経ったが、ローズからは相変わらず子供扱いされてしまっていた。もっとも子供扱いをしつつも、もう高校生なんだからとは最近よく言われることだった。
子供扱いするのか、大人扱いするのか、どっちかにしてほしいものだとは思う。だが、言ったところで「だから子供なんだよ」と言われかねない。実際に何度か言われてしまったのだから間違いはないだろう。
「……とにかく、ここはヒナギクちゃんとレンくんに任せるよ」
ローズがとんとヒナギクとレンの方にとサクラを押した。少しよろめきながらサクラはふたりのそばへと向かった。そうして向かったサクラにふたりは言った。
「サクラさんは同じ努力と言いますけど、本当にそれ同じ努力ですか?」
「タマちゃんが行っていたのは並大抵のものじゃないですよ?」
ふたりは真っ向からサクラの言葉を否定したのだった。




