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118話 試合には出られずとも

 その後これと言った波乱もなく、4日目は進行していった。


 個人部門では、テンゼンの試合のような圧倒的な内容のものはなかった。それぞれの出場者の持つ技をこれでもかと見せられる試合が多かった。


 彼らの技はとても見事だった。見事ではあったが、テンゼンの持つ技を見た後では、どうにも見劣りしてしまった。


「むぅ。とてもお上手でしたけど、やっぱりなんか違うのですよ」


「……そう、だね」


「やっぱりテンゼンさんの方がすごいのです。なんというか、こうシュババババ、っていう感じなのですから!」


「……ありがとう、嬉しいよ」


「どういたしましてなのです」


 むふぅと胸を張るタマモ。言われた内容は擬音が多すぎてなにを言っているのかさっぱりとわからないものだったが、テンゼンを褒めようとしているということだけはわかった。


 実年齢を踏まえるとその感想はどうよと思わなくもないが、見目だけを踏まえると非常に愛らしく見えるのが不思議である。


 実際タマモの言動を見聞きして、周辺の席に座っていたプレイヤーたちが軒並みパシッと口元を押さえて顏を反らしている。無自覚に人を撃墜してしまうタマモだった。


 しかし当のタマモは自分が誰かを撃墜しているとは考えてもいないようで、のほほんと観戦していた。


 その背中にある「三尾」もタマモの気分に合わせてゆらゆらと揺れている。


 その光景を見て「尻尾にも意思があるんじゃないか」と思ってしまうプレイヤーは少なくないだろう。


 もっとも「三尾」自身に意思があるとかそういうことは問題ではない。


 普通に考えれば尻尾に意思があるわけがないのだから、まるで意思を持っているかのように動いていることは問題があることだろう。


 だが、現在そんなことは問題とは言えないような問題が生じていた。


「……どういうことだよ、これ」


「……さぁ?」


 後ろからレンとヒナギクの困惑する声が聞こえてくる。ふたりは半ば頭を抱えながら、自分たちの目の前の光景を眺めていた。


 ふたりの目の前にはなぜかテンゼンの膝の上に座ったタマモがいた。


 テンゼンは非常に困惑しながら、なんともいたたまれない雰囲気でちらちらとレンを見やっている。レンはレンでテンゼンを見ないようにしながら、なにも言えずにいた。


「テンゼンさん、テンゼンさん」


「……なんだい?」


「次はテンゼンさんにいろいろと解説してほしいのです」


「……いや、あの、僕はそろそろ、だね」


「……ダメですか?」


 しゅんと肩を落とすタマモ。見ればぴんと立っている耳も折れ曲がっていた。「三尾」もそれまでゆらゆらと揺れ動いていたのが、いまや完全に力なく垂れ下がっている。


 誰がどう見ても意気消沈しているようにしか見えない。


 なによりもテンゼンを見上げるタマモの目が少しだけ潤っていた。


 これが某「姫」であれば、何十ヒットしたのかわからないほどの大ダメージを負うことになるだろう。


 それこそ額をつけて熱を測られたとき以上の大ダメージを負い、立っていられないどころか、その場で意識を刈り取られていたことだろう。


 だが、テンゼンはそこまでのダメージは負わなかった。ただ内なる衝動と戦い続けることになっていた。


(あ、あぁぁぁぁぁ! メイド服を着させたいぃぃぃぃぃぃ! 絶対に似合うよぉぉぉぉぉぉ!)


 心の中で吼えるテンゼン。もはやその衝動は叫びではなく、咆哮となっていた。それも心からではなく、魂からの咆哮である。


 そんな咆哮を魂の底から上げながらテンゼンはタマモからの怒涛の攻めに耐えていた。だが、耐えていたのはあくまでもみずからの衝動にであって、タマモからのお願いに対してではなかった。つまり──。


「……次の試合だけ、だよ?」


「はい! ありがとうございますです!」


 タマモは一転して笑顔になった。その三本の尻尾はこれでもかと振られている。その姿に「むぅ」と唸りそうになるテンゼン。しかしタマモはすでにテンゼンから舞台にと視線を移しており、テンゼンを見てはいなかった。


(つ、ツンデレメイドもありだね)


 魂からの咆哮を再び上げそうになりつつ、テンゼンは自然に見えるように口元を拭った。ただ本人的には自然であろうとも、傍から見ればその行動はどう見ても自然とは言いきれないものなのだが、すでにテンゼンには他人から見たらどう思われるかなんてことを考えられる余裕は皆無だった。


 そんな兄の姿にレンは顔を覆っていた。「あれ、誰だよ。絶対に人違いだよ」と呟きながら、目の前の光景をできるだけ見ないようにしているレン。しかし現実はレンには厳しい。目の前にいるテンゼンはレンの実兄その人だった。ゆえに人違いではない。単純に3年という月日が尊敬する兄を変えてしまったという無情な現実がそこにあるということだった。


「あ、そろそろ次の試合なのです。えっと次はクラン部門ですかね?」


 当のタマモはテンゼンの魂からの咆哮にも、レンの嘆きにも気づくことなく、舞台上にと視線を向けていた。個人部門の第17試合の乱入の余波により、現在舞台はクラン部門の舞台だけを使用しており、クラン部門と個人部門を交代で行っていた。


 いままでは個人部門の試合だったが、次はクラン部門の試合だった。そのクラン部門の出場クランが舞台袖から現れた。そこには──。


「あ、アオイさんです」


 ──アッシリアと例の猫背の男性プレイヤーに前後を挟まれる形で入場したアオイの姿があった。だが、その姿は普段とは違い、アオイはなぜかアッシリアと猫背のプレイヤーによって拘束されていた。アッシリアも猫背のプレイヤーもひどく疲れた様子でため息を吐いているのが気にかかる。


「なにかあったんですかね?」


「……まぁ、なんとなくわかる」



「だねぇ」

 タマモの言葉にレンとヒナギクが頷いた。そこへ買い出しに出かけていたガルドとバルドたちが戻ってきた。それぞれのクランのメンバーの手には買いあさった食糧がこれでもか、と納まっている。タマモは「おかえりなさい」とガルドたちを迎え入れつつ、その視線はすでに舞台へと向かっていた。そんなタマモの姿に苦笑いしつつ、ガルドたちもまたそれぞれの席に着くと──。


「お待たせしました。クラン部門第25試合「三空」対「ヴェスペリア」との試合を始めます!」


 ──実況であるソラの声が響き渡った。アオイたちの相手は残ったPKK選抜チームのひとつのようだった。PKK側はやる気十分のようだが、どこか浮足立っているようにも見える。


「これはすぐ終わるかもしれないね」


 テンゼンが真剣な面持ちで言う。タマモ自身あっさりと決着が着きそうだなと思ってしまった。ただアオイノ様子がおかしいのが気がかりであった。


「いったいどうなるんでしょうね」


 タマモたちがもう試合に出ることはないが、まだ白熱する試合は残っている。タマモはテンゼンの膝の上に座りながらアオイたちの試合にと神経を集中させていった。

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