113話 「獣狩り」の本気
「──ガルドさん、だったかな?」
「なんだい、姉さん?」
ロジャーが取り巻きたちに指示を出す少し前、ガルドとテンゼンは話し合いをしていた。
作戦会議というほどにはちゃんとしたものではなく、かといって世間話をしているほどにのほほんとしているわけでもない。
ガルドもテンゼンもそれぞれに真剣な面持ちでそれぞれに笑っていた。その笑顔はとても穏やかだが、ひどく不気味でもあった。
だが、ふたりともそんな笑顔を浮かべているとは考えてもいないようで、ニコニコと笑いつつ話し合いを行っていた。その内容は──。
「大将首は貰っていいかな?」
「ん~。俺も大将首がいいんだが、今回は助っ人だしなぁ。姉さんに譲るとしようか」
──とても物騒な内容だった。
普通は大将首を取るのがどちらなのかを笑顔で話すなんてことはしない。
しかしこのふたりはそれがあたり前であるかのように話をしていた。
だがその話はあっさりと終わってしまった。
本来ならこの戦いはテンゼンのものである。ガルドたちは余計なことと知って乱入しているだけ。
ゆえに弁えるところは弁えるべきだと思っていたからか、ガルドはあっさりと大将首をテンゼンに譲った。
当のテンゼンはそのことに少し「おや」と驚きつつも、素直に頭を下げた。ただ頭を下げつつ、ひとつ言うべきことを言うテンゼン。その内容は──。
「ありがとう。それと僕はテンゼンだ」
──自身の名を告げることだった。ずっと姉さん呼びでは、なんとも落ち着かなかったのだ。だからこそ「名前で呼べ」と言外で告げるようにして名前を口にしたのだ。
「ん? あぁ、そうだったな。じゃあテンゼンさんよ。大将首は任せたぜ。俺は取り巻きを潰すから」
「わかった。頼むよ」
「おう。任せておきな」
ガルドは胸を叩きながら笑った。
テンゼン自身、ガルドのような快活なプレイヤーは嫌いではないが、少し苦手である。
だが、テンゼンは特に気にすることなくガルドの会話をしていた。その理由は実に単純だった。
苦手なタイプのプレイヤーではあっても相手が強いと、テンゼンから見ても強いと思えるプレイヤーであれば、テンゼンは普通に接することができる。
逆に弱い相手では、どう接していいのかがわからなくなるのだ。
しかし少なくともガルドの接し方はわかりやすい。
だから迷うことなく指示を出せるし、背中を預けることにも躊躇いはない。
「じゃあ、先にやるぜ、テンゼンさんよ」
「あぁ、頼むよ。あいつらに大海を見せてあげてほしい。少なくともあなたにはそれができるでしょう?」
「がははは! 俺はタマモの嬢ちゃんにあっさりと負けたんだがなぁ」
「……完全に本気ではなかっただろう?」
豪快に笑うガルドを一言で切り捨てるテンゼン。
ガルドとタマモの試合は真剣勝負ではあったが、ガルド自身は本気を出していなかったようにテンゼンには見えていた。テンゼンの一言に一瞬押し黙るガルド。そんなガルドにテンゼンは続けた。
「たとえ「朦朧」の効果があっても、あなたならタマモさんに勝てる方法もあったはずだ。それに「獣狩り」と謡われたあなたがああもあっさりと負けるというのは考えづらい。たしかに「朦朧」の効果に加え、タマモさんが想定外の行動を取ったというのも大きな要因だろうが、それだけというのはいかにも理由としては弱い。考えられるとすれば──」
テンゼンが続けようとしたが、それよりも早くロジャーの取り巻きたちが雄叫びを上げて突っ込んできた。
「──どうやら話している余裕はないかな?」
「そのようだな。テンゼンさんの洞察力には恐れ入っていたからちょうどよかったぜ」
「……認めるのかい?」
「……深い理由はねえんだ。ただなんというかな、見たくなったのさ」
「見たくなった?」
「タマモの嬢ちゃんが俺を乗り越えたら、どこまで進んでいくのかを見たくなったのさ。なんというか、あの子を見ていると応援したくなっちまってな。侮りはあったし、油断をしたのもたしかだ。だが、一番はあの子が勝ち進むのを見たくなった。つまりファンになったってことだ。ファンになった以上は本気ではやり合えねえだろう?」
がはははと豪快に笑うガルド。そんなガルドにほくそ笑むテンゼン。
「だからこそ、見せてやりてぇ。あんたに負けた男がどれほどのプレイヤーであるのかを。そう、この「獣狩り」の本気をタマモの嬢ちゃんにみせてやりてえんだよ」
ガルドが目を細めた。次の瞬間には取り巻きたち以上の雄叫びが、いや、獣の咆哮が響き渡った。闘技場を、いや、世界を震わせるような魂からの咆哮をテンゼンはとても心地いいと思った。
テンゼンにとって心地いい咆哮を上げたまま、ガルドはロジャーの取り巻きたちに向かって突貫していった。その姿は咆哮とともにまるで一頭の獣のように思える姿だった。その姿を露わにしながらガルドは両手斧のEKを高々に振り上げるのだった。




