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109話 ライバル

「……負けちゃったね」


 残念そうにヒナギクが言った。レンは「うん」とだけ頷いていた。


 ローズとの一騎討ち。はるかに格上であるはずのローズ相手に一歩も退くことなく、見事に戦い抜いたタマモ。


 負けはしたものの、もとより勝ち目などほとんどなかった。ステータスもプレイヤースキルも雲泥の差があった。だから勝てなくても誰も責めはしない。


 そんなローズ相手にわりと反則じみたやり方ではあったものの、あと一歩のところまで追い込んだのだから、立派とだとしか言いようがない。


 その健闘を讃えるように、観客席からは惜しみのない拍手と声援が注がれていた。


 声援の中には「次は期待しているぞ!」とエールを送ってくれるものもいる。


 そのすべてがタマモに贈られていた。


「これじゃ、どっちが勝ったのかわからないね」


 ヒナギクが苦笑いしていた。


 たしかに勝者であるローズに贈られるものよりも敗北したタマモに贈られるものの方が多い。


 それどころか勝者であるローズさえもタマモを讃えての拍手を少し前までしていた。


 だが、いまローズは拍手を贈ってはいなかった。というよりもできなくなったという方が正しいだろう。


「やぁ、ヒナギクちゃん、レンくん。お届け物ですよ」


 ふふふ、と苦笑いしながらローズは目の前に来ていた。その腕の中ではすやすやと眠るタマモがいた。


 つい少し前までタマモは起きていたのだが、試合の疲れによって、つい少し前に眠ってしまったのだ。


 ふたりが場外に落ちたのは、ちょうど個人部門の舞台よりの場所であり、ヒナギクとレンからは少し離れていた。


 ヒナギクとレンは当初駆け寄ってタマモを回収する予定だったのだが、ローズ自身がヒナギクたちのもとへと連れていくと言ったため、こうして待っていたのだ。


 だが、ローズだけかと思いきや、その後ろにはほかの「紅華」の面々の姿もあった。


「紅華」たちはそれぞれに穏やかな笑みを浮かべていた。その視線がどこに向いているのかなんて考えるまでもない。


「あんなに苦戦していたパイセンを見たのは初めてだったよ」


 口火を切ったのはヒガンだった。穏やかでありつつも、タマモを見る目は試合前までとは少し変わっていた。


「うん。場外に落とすという決着は予定通りだったけど、最終的にはリーダーも落ちることになるとはね」


 サクラの実姉となるリップもまたタマモを見る目は変わっていた。油断ならない相手を見るように警戒していた。が──。


「むにゃむにゃ。むぅ、おおきいの、ですぅ」


 タマモがローズの胸に頭をぐりぐりと擦り付ける様を見て、破顔していた。それはリップだけではなく、ヒガンもそして擦り付けられているローズもまた同じだった。


「本当にタマモちゃんは好き者だねぇ」

 

 とローズが苦笑いする様がすべてを物語っていた。


 その一言にリップとヒガンはおかしそうに笑った。


 ヒナギクとレンはなんて返していいのかわからずに体を縮こませていたのだが、それまで黙っていたサクラが口を開いたことで状況が変わった。


「……ヒナギクさん、レンさん」


「サクラさん?」


 サクラがそれまで見たことがないほどに真剣な表情を浮かべていたのだ。サクラの思わぬ表情に戸惑いを隠せないヒナギクとレン。そんなふたりに向かってサクラは言った。


「伝言をお願いしたいんだけど、いいかな?」


「伝言、ですか?」


「タマちゃんにですよね?」


「うん」


 サクラはなぜかタマモへの伝言を頼んできた。表情からしてそうだったが、その内容もまた唐突であった。


 そもそもタマモとの仲は良好なのだし、伝言など頼まずともみずから言えばいいだけだ。


 しかしそれでもなお伝言を頼んできた理由があるということなのだろうが、その理由がヒナギクにもレンにもわからなかった。


 そんなふたりにとサクラは言った。


「「今度は俺が相手をするから。絶対に負けないからね」って、狐、いや、タマモさんに伝えておいて」


 そう言ってサクラは駆け出してしまった。恥ずかしくなったからというわけではなく、沸き起こる衝動を抑えきれないからという風に見えた。


「ふふふ、うちの愚妹にとっていい刺激になったみたいだね」


 クスクスと笑うリップに、ヒナギクとレンは揃って首を傾げた。


「あの子はさ、たいていのことはそれなりにこなせる子でね。でもあくまでもそれなりだから、自分よりも格上にはなにをしても敵わないと考える子なんだよね。あの子にとって、うちのリーダーは「なにをしても絶対に敵わない相手」という風に見ていたから。でもそんなリーダーとギリギリまでやりあったタマモちゃんを見て、いろいろと考えることがあったんだと思う」


「だからこそ、狐ちゃんじゃなく、タマモさんと呼んだんだと思うよ。サクラにとって、タマモちゃんはペットとまでは言わないけど、近いように見ていた存在だったずだからね」


「でも私との戦いを見て、愛玩動物ではなく、仰ぎ見る存在だって思ったんだろうね。なによりもその背中に追い付きたいと思ったんだと思うよ。だから「負けないからね」とあいつは言ったんだって思う」


 リップ、ヒガン、ローズはそれぞれにサクラの言動についての思うことを言っていた。


 ステータスやレベルではサクラの圧勝だろうが、プレイヤースキルに関しては若干タマモに分があった。


 そのプレイヤースキルにしても、タマモの場合はまだ歪ではあった。


 しかしその歪さはいずれ消える。その頃にはステータスやレベルの問題もいくらか解決されているだろう。


 おそらくサクラが「負けないから」と言ったのは、将来的なタマモに対してのものだろう。


 完成どころか足りない部分だらけではあるが、それでもいつかは完成する。そんな将来的なタマモに、いつか完成するであろうタマモの片鱗をサクラは感じ取ったのだろう。


「ライバル誕生というところですかね?」


「そうだね。まぁ、そのサクラのライバル様は相変わらずだけどね」


 腕の中にいるタマモを見てローズは笑った。相変わらずローズの胸に顔を擦り付けて眠るタマモの姿は、見目も相まってかなり幼く見える。


 しかしその幼い少女とギリギリまで競り合った。いや、競り合わされたのだ。ローズとてそう簡単に抜かされる気はない。


「私も負けないからと言っておいてね、ふたりとも」


 腕の中で眠るタマモをヒナギクに預けながら、ローズは不敵に笑った。そんなローズを見て、ヒナギクとレンはしみじみと思った。


「本当にタマちゃんは愛されるなぁ」と。


 そんなことを露知らず眠り続けるタマモを見て、ヒナギクとレンはそれぞれに破顔するのだった。

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