表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
200/1000

108話 決着

「タマモ選手、ローズ選手ともに場外だぁぁぁーっ! しかもほぼ同時にです! これは難しい決着になりそうです!」


 状況は唸りながら言った。


 その言葉の通り、タマモとローズはほぼ同時に場外に落ちた。


 ローズはタマモの尻尾に拘束されて、引きずり込まれる形でだったが。引きずり込まれてからはタマモが落ちるよりも速く引きずり込まれていた。


 その当のタマモも場外に落ちたことには変わらない。


 どちらが先だったのかは、議論が分かれそうだ。


 状況が唸ってから一切のアナウンスが流れていないのが、議論が展開されているという証拠だった。


 観客も固唾を飲んでアナウンスを待っていた。


「お知らせします。現在運営チームによりVARを用いた協議を行っております。少々お待ちください」


 不意にアナウンスが流れたが、その内容は勝敗に関するものではあるが、VAR──ビデオ判定による決着の協議を行っているというものだった。


「いまアナウンスが流れた通り、VARによる協議を行っておりますので、少々お待ちください。というか、かく言う私も協議に参加中で──あぁん? てめえら、どこに目をつけているんだ、コラ! どう見てもタマモたんの勝ちに──え、マイク切れていない!?」


 状況が不意に荒ぶるが、マイクが切れていないことに気づいて、慌てて消音するもすでにその荒ぶった内容は聞かれていたため、観客からドッと笑い声が上がった。


 もっとも当のタマモにとっては笑い事ではなかったのだが。


(……なんだか聞き覚えがあるなぁと思っていましたけど、雌豚が状況していたんですねぇ)


 特徴ある「タマモたん」呼びをした時点で間違いない。


 テンションをだいぶ上げてはいるし、常に叫んでいるためわかりづらいが、よくよく聞けば、その声は雌豚ことGMのソラのものだった。


(しかし、あいつ、ボクの勝ちを支持してくれているんですね)


 全体的に見れば、ローズに押されることが多かった。


 ともに場外に落ちていなければ、通常の判定での決着であれば、タマモの勝利を支持することなどありえない。


 わりと一方的な内容だったのだから、タマモの勝利を支持することなどありえない。


 しかしVARでの判定となれば、どちらがより試合を支配していたかではなく、どちらが先に場外に落ちたかというのが、勝敗を決める要因になる。


 だからこそソラはタマモの勝利を支持したのだろう。


(まぁ、あの雌豚の場合は、VARでなくてもボクを支持しそうですけど)


 大の字になって地面に転がりながら、タマモは空を見上げて笑った。


(ん~、久しぶりに見た気がしますねぇ)


「アルト」の街は常に夕暮れのため、空を見上げても、夕焼けしか見えない。


 だが、闘技場から眺める空は、きれいな青空だった。


(やっぱり青空はいいですね)


 子供の頃から習い事ばかりで、まともに空を見上げる時間さえなかった。


 子供の頃から馴染みがあるのは、夕焼けから夜空であり、青空をまじまじと眺めた経験はほとんどなかったのだ。


 だが、夕焼けや夜空が嫌いではなかった。


 夕焼けは昼間と夜の間にある、1日にわずかな時間しか姿を見せないもの。


 世界を照らす太陽が徐々に隠れていくのと夜の闇が世界を飲み込み始める間際の空。


 そんなわずかな時間しか見られない夕焼けは昔から好きだった。


 夜空は夜空で、日が沈んだ後のもの。


 まるで世界が静止したかのように感じられる瞬間が。


 特有の冷たい風に触れながらも真っ黒に闇に覆われた空を見上げるのが好きだった。


 なによりも星と月が彩る時間が堪らなく好きだった。


 だが、夕焼けも夜空も好きではあるが、それ以上に青空は好きだった。


 夜が終わり、静止していた時間が動き出す瞬間。


 忙しなく過ぎ去る時間のお陰でまともに眺めていることもできない空。


 だが、当たり前にあるために誰もがその当たり前がいつもあると思い込んでいる。


(このゲームの中で青空を眺めていた時間なんていままで一度もなかったのです)


 そう、当たり前にある青空だが、このゲームにおいて当たり前となるのは、「アルト」の次の街からであり、まだ「アルト」を出られないタマモにとっては、当たり前ではないもの。


 その当たり前ではない空を見上げてタマモは小さく息を吐いた。


「いやぁ、タマモちゃんにしてやられたなぁ」


 不意に隣から声が聞こえた。見ればローズが右腕を枕のようにして寝転がっていた。


 寝転がっているローズはなんとも目のやり場に困る姿だった。


 倒れ込んだことで、やや長めの髪が頬を伝って口元にまで掛かり、その状態で笑っているため、大人の色気をか持ち出していた。


 かと言って顔から目をそらしても、胸元がわずかにだが開いていた。


 だがタマモの位置からではその中身は見えない。ただインナーの膨らみようからしてなかなかのサイズだった。


 そこからさらに視線をそらしても、裾が大きくめくれたインナーから覗くウェストが実にセクシーである。


(む、むむむ。ローズさんもなかなかのものをお持ちなのです。というか、なんでしょう、この全体的に半端じゃない色気は? これが大人の色気なんでしょうか)


 タマモはつい唸りそうになった。そんなタマモにローズはおかしそうに笑った。


「タマモちゃんは本当に好き者だねぇ」


「あ、いえ、これはその」


「いいよ、いいよ。気にしないで。見られても問題ないし。それとも」


 すっと目を細めながらローズがしなやかな腕を伸ばしてタマモの頬に触れた。


「お姉さんの見えないところも見たいのかな?」


 くすり、と笑いかけるローズにタマモは一気に顔が熱くなるのを感じていた。そんなタマモを見て、ローズは「あははは」とおかしそうに笑う。タマモもつられて笑っていた。


 少し前まで相手を打倒せんと殺気立っていたとは思えないほどに、朗らかな雰囲気だった。


 その雰囲気を見て、「あの女ぁぁぁぁぁーっ! 誰の所有物に唾かけとんじゃぁぁぁぁぁーっ!」と叫びながらいまにも舞台に降りようとしているため、腹心を含めた部下全員で抑え込まれていた「姫」がいたという噂話がまことしなやかに流れるのだが、それはまた別の話となる。


 そんな噂話の真相はともかく、その後タマモもローズも地面に倒れたまま、お互いに笑い合っていた。笑い合いながらもその拳を打ち合わせ、お互いの健闘を称え合っていた。


 しかしどんなに健闘を称え合っても勝者はひとりだけ。


 そしてその勝者はふたりが拳を打ち合わせてまもなく決まった。


「協議の結果をお知らせします」


 再びアナウンスが流れた。同時に空中に大きなモニターが浮かび上がった。モニターには場外に落ちていくタマモとローズの姿が写されていた。


 その映像はコマ送りで表示されていき、やがてふたりが地面に倒れ込むところで止められた。


 映像は多角度からのものだったが、どの映像を見比べてもローズの体が地面に触れるよりも速くタマモの尻尾が地面に触れているのがわかる。


「ご覧の通り、タマモ選手の尻尾が地面に先に触れております。よって第17試合の勝者はローズ選手。ひいてはクラン「紅華」の勝利とします」


 アナウンスからの勝ち名乗りを受けてローズは上半身だけを起こして手を振った。そんなローズの姿を眺めつつ、タマモは「負けちゃいましたかぁ」としみじみと呟くのだった。


 こうしてクラン「フィオーレ」の「武闘大会」は本戦2日め。ベスト64入りで終わりを告げたのだった。

 タマモたち「フィオーレ」は敗退となりました。

 そろそろ第三章も終わりですね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ