18話 クロウラーの理解者
「今日こそは基礎を始めるのですよ」
畑に向かいながら、タマモはやる気に満ち溢れていた。
簡単なものだが、昨日の夜に図面を引いていた。
その際いつのまにか部屋の中に入り込んでいた早苗にいろいろと突っ込まれてしまったのだが、素人が引いた図面にそこまでツッコミをしなくてもいいんじゃないかと思う。
言ったところで意味はないのだろうが。
だが、その結果とりあえず図面らしい図面はリアルで引けた。
あとはその図面通りに建てればいい。地ならしはしていたが、地ならしをしていた範囲だけだと少々足りなかった。もう少し林を切り開いた方がいいかもしれない。
「家を建てるだけで、その中の設備とかはまるで考えていなかったですからね」
そもそもログハウスを作ろうと考えたのは、林を切り開いた際に出た丸太を有効活用したかったからだ。だがその時点から早苗にはダメ出しをされた。
「お嬢様のお考えのものだとログハウスというよりかは、コテージかと思いますよ? コテージというのはバストイレ付きのもののことを指しますので。そもそもお嬢様はそのログハウスを本拠地にされるのですよね。でしたらログハウス風な見た目のコテージを目指せばよろしいかと。そうすると、これだと手狭になると思われます。もう少し広めに。というか、これ何坪の予定ですか?」
「えっと、決めては」
「決めてください。そもそもそこから決めないと建築なんてできるわけがないでしょうに。なんで大事なところをというか、基礎中の基礎というか、あたり前のことをすっ飛ばして建築しようとするんですか、お嬢様は。頭がいいのにおバカさんなんですか? 死んじゃうんですか?」
早苗のアドバイスと言う名のお説教は図面が引けるまで続いた。その結果ログハウスの床板面積は10坪となった。
ログハウスではあるが、かなり小ぢんまりとしたサイズになる。それでもタマモだけであれば、生活可能なサイズだった。
(まぁ、ボクだけじゃなくなったら増築かもうひとつ建てればいいのです)
いまのところアオイを誘っての共同生活とかは考えていない。
とても心くすぐられる言葉ではあるが、いまのところはタマモ専用のログハウスの予定だ。
とはいえ、これからまた予定は変わるかもしれないが、それはそれである。
いまはとにかくやろうと思ったことはなんでもやってみたい。
ダメだったらダメでいい。やる前からダメだと決めつけるよりかははるかにいい。
「よし、頑張りますよぉ」
タマモは拳を握りしめながら、小川を超えて、畑へと向かった。そこには小ぶりではあるが、五つのキャベツが植わっていた。
「おぉ、無事にキャベツになっていますね。あ、いや、キャベベですか」
いろいろとすっ飛ばして植えてしまったが、とりあえずはできてくれたようだ。
さすがはゲーム。ところどころで大雑把な部分がある。
現実だったらまともに育ってはいなかっただろう。
でもこうして育ってくれたのだから、よしとするべきだった。
「えっと、まずは「鑑定」を」
収穫したいところだが、まずは「鑑定」をしたかった。
一応キャベツの形はしているが、小振りなうえに形もあまりよろしくない。
食べられるものなのかを調べたかった。そうして「鑑定」をした結果は──。
名称 キャベベ 評価1 「始まりの街アルト」付近の農家が育てる野菜。「始まりの街アルト」付近では需要が高い。評価が高くなればなるほど美味。評価1は過食部分が少なく、芯が多い。一応食べられなくはないが、味に期待はできない。
──となった。想像できてはいたが、最低評価のようだった。ほかのキャベベにも「鑑定」をしてみたが、結果は変わらなかった。
「ん~。これだと残りを植えても結果は変わらなさそうですねぇ。となるとやっぱり土壌を。けれどどうすれば」
いまだ腐葉土はできていない。そもそもたい肥さえもまだ入手できていない。
クズ野菜を肥料にするとギルドマスターは言っていた。つまりこのキャベベも肥料にできるのだろう。ただ──。
「きゅー」
「……わかっていますよ、クー」
いつのまにか隣にいたクーがきらきらと目を輝かせていた。あげないという選択肢はタマモには存在しなかった。
「……全部あげますから、ちょっと待っていてくださいね」
「きゅー!」
クーは嬉し気にぴょんぴょんと飛び跳ねていた。
もともとあげると約束していたのだからあげるのはやぶさかではない。
少しは残して肥料に回すべきだろうが、どうせこのキャベベたちを肥料に回したところで、結果は大して変わりそうにない。
ならばクーに全部あげてもいいだろう。むしろそうした方がクーは喜んでくれそうだった。
「よし、これで収穫は終わりです」
収穫はキャベベを引っこ抜くだけで済んだ。
システム的な問題は特になさそうなので、思い切ってすべて収穫し、まずは一つ目のキャベベをクーにあげた。
「はい、どうぞ。クー」
「きゅ、きゅー!」
クーの前にキャベベを置くとクーは跳び上がりながら、キャベベに飛びついた。
芯ばかりで食べる部分がほとんどないはずなのに、クーは美味しそうにキャベベを食べていき、ものの数分もせずにキャベベを平らげてくれた。
「おぉ、すごいですね。じゃあ、これはお代りですよ」
「きゅー!」
次のキャベベをあげるとクーはまたキャベベに飛びつき、やはり数分もせずに食べ終えてしまう。その食欲旺盛な姿にタマモは嬉しくなってしまった。
ある程度残すかどうかは考えていたが、クーの食べっぷりに嬉しくなってしまい、次から次へとキャベベをあげていく。そしてついにはすべてのキャベベをあげてしまった。
「まぁ、まだ苗はありますからねぇ」
本職のファーマーにとっては「なにをしているんだ」と言いたくなることだろうが、あいにくと本職のファーマーではないので、収穫物をすべてあげたところで大した打撃はなかった。
調理に回す分さえもなくなってしまったが、どうせ食べさせるのであれば美味しく食べてくれる人に食べてほしいものだ。たとえそれがモンスターだったとしても、だ。
「きゅー」
五つ目のキャベベを平らげたクーは満足げだった。
美味しかったですかと尋ねると「きゅー!」と元気よく頷いてくれた。
なんだかいままでの努力が報いられた気がして、タマモも嬉しくなった。
「さぁて、次はログハウスを」
キャベベはあげたのだから、ここからはログハウス作りを手伝ってもらおう。そうタマモが思っていた、そのとき。
「きゅ、きゅ、きゅ!」
なぜかクーが飛び跳ね始めた。なにをしているんだろうと思っていると、クーがいきなり飛びついてきた。慌てて抱き留めると──。
『おめでとうございます。「クロウラーの理解者」の称号を得ました』
──いきなりウィンドウが開いた。称号を得たという表示があった。
「「クロウラーの理解者」ですか?」
なんのことだと思っていると、今度はどこから高らかなファンファーレが響き始めた。そして──。
『特定プレイヤーが「理解者」の称号を得ました。これにより、「三称号」がアンロックされ、一部のシステムが解禁となりました。詳しくはTipsをご確認ください』
──ワールドアナウンスがいきなり聞こえてきたのだった。
続きは明日の正午となります。




