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106話 天狼

(ははは、参ったね、こりゃ)


 双剣でどうにか攻撃を受けながら、ローズはタマモを侮っていたことを痛感していた。


「そりゃぁぁぁ!」


 タマモが叫んだ。叫びながら、上からおたまを振り下してくる。ローズは双剣をやや上向きに構えた。が、その隙を衝くようにして斜め下からフライパンがローズの胴体へと振り上げられた。


 とっさに体を捻って受け流す。だが、無理やりに受け流したことで体勢が大きく崩れていた。その隙をタマモは見逃さずにおたまを全力で振り下してきた。振り下されたおたまをローズは避けることも受けることも、ましてや受け流すこともできなかった。


 だが、直撃というわけではなく、肩で受けとめることはできた。普段であれば肩で受けとめたとしても大したダメージにはならない。だが、ステータスが半減している現状では、肩で受けとめても、バカにならないダメージになっていた。


「タマモ選手、見事なコンビネーションです! 上を意識させてからの下に続いての再び上! やはり愛らしい彼女には獰猛な尻尾があるようです!」


 実況の内容はより白熱したものへと変わっていた。観客もタマモが攻めに回ってからは罵声などはなく、歓声を上げていた。


(やっぱり。タマモちゃんは人気者だね)


 すでに観客はタマモに心を掴まれてしまっていた。いや、タマモが観客の心を掴んでいると言う方が正しいか。予選2二回戦からのタマモの試合は観客を魅了できる内容だった。それこそ生産板でタマモがアイドルと言われているのもよくわかる。天性の人を惹きつけられる才能があるということだろう。だからこそタマモへの声援が飛び交っているわけだった。


 仮にタマモとローズが逆の立場で、ローズがした力押しで場外で落とそうという策略をしたとしても、タマモがすればきっと声援が飛び交っただろう。実際自分よりも二回りは体格の大きい相手を力押しで場外に落とそうとする時点でド派手な内容となってしまう。ローズが同じことをしても、弱い者いじめに見えてしまうだけなのは明白だった。


(そういう意味では厄介な子だよね、タマモちゃんは)


 知らず知らずのうちにタマモに有利なペースにと引きずり込まれてしまう。いったいどうやったら、こちらのペースを乱すどころか、タマモの有利なペースに引きずり込むことができるのやら。


(これも才能って奴かな)


 タマモと実際に戦って、タマモの才能がどれほどのものであるのかをローズは理解できた。どんな相手からも愛されてしまうという天性の人誑しとでも言うべきもの。もっと言えば、お話の中に出て来る勇者のそれに一番近いと思える。


(勇者って器用貧乏な人ってイメージだったけれど、タマモちゃんのプレイスタイルってまんま勇者っぽいんだよね)


 いくつもの逆境を乗り越えて、タマモはいまここにいる。話を聞く限りでは、まともに経験値も得られないEKを手に入れてしまったからのようだが、それでもこうしてこの場に立っているという時点で、驚嘆に値する精神力と言える。


 そのうえで、いまやってみせたコンビネーション。まだ上手いとは言えない。普段のローズであれば、ステータスさえ半減していなければ反応はできた。ゆえにまだ上手いとは言えない。だが、その兆しが見えるものではあった。そう、あくまでも兆しだ。だが、その兆しは眩いほどの光に満ちていた。それこそ嫉妬してしまいそうなほどの兆し。


(なるほどね。タマモちゃんは総合的に見て、将来的にトッププレイヤーになれる逸材だ。数年先、いや、下手をすれば一年後には追い抜かされていたとしても不思議ではないほどに)


 現時点のタマモは未完の大器と言うべき存在だった。だが、もし完成してしまえば、それこそ「銀髪の悪魔」と称されるアオイと引けを取らない存在になれるかもしれない。そんな兆しをタマモからは感じられた。


(……たまたま初日に出会って勝負を吹っかけてみたけれど、全然ダメだった。あれはもう人間の域を超えているとしか思えない。あれを凌駕するのは少なくとも私には無理だ。たとえ奥の手を使っていたとしても、あれには勝てない)


 普段から使っている双剣はベータテスターの証である特別ランクのBTだった。ややピーキーに調整されてはいるが、通常のSRランクのEKとは比べようもない逸品だった。


 だが、ローズの奥の手はそのBTさえも歯牙に掛けない最高の一組の双剣だった。そう、ローズが得た双剣型のEKはSSRランク。


 最高ランクであるURには劣るものの、ほぼすべてのプレイヤーが羨む至高の武器群。そのうちの一組だった。だが、そのEKを以てしてもアオイには敵わないとローズは痛感していた。


(でも。いや、だからこそ確かめたい。タマモちゃん、あなたは「銀髪の悪魔」と並べる存在なのかを確かめさせてもらうよ)


「せいやぁぁぁ!」


 タマモが叫ぶ。裂帛の気合を込めた十字におたまとフライパンを重ねるようにして放たれた一撃。その一撃はまるで閃光のように走り、ローズの持つBTランクのEKとつばぜり合いを一度は行った。だが──。


「BTランク「歴戦の双剣」の「損傷率」が100パーセントを超過しました」


 ──不意に「歴戦の双剣」の色が黒色にと変化した。同時に目の前にポップアップが表示された。その内容を見てローズは舌打ちをした。まるで「銀髪の悪魔」と対峙したときの再現のようだった。


「おおーっと、ローズ選手のEKの刀身が黒く変色したぁぁぁ! これは「損傷率」が限界を超過したようです! まさかここで「紅華」も消えてしまうのかぁぁぁーっ!?」


 実にわざとらしい言い方だった。BTランクのEKしか持っていないように思わせる内容であり、その内容にこそローズは舌打ちがしたくなる。


 だが、BTランクが使えなくなったのは事実。となれば、奥の手を出すほかにない。ローズは後ろへと飛び下がりながら、「歴戦の双剣」を放り投げる。インベントリにしまっていた奥の手であるSSRの双剣型EKを、白と黒のふたつの鞘に納められた双剣を取り出した。


「ローズ選手、新しい双剣を取り出しました! それもあれはまさか! 至高の武器群とも謳われるSSRの双剣だぁぁぁ!」


 実況の声に観客がどよめき始める。そのどよめきの中でローズは白と黒の双剣を抜き放った。


「行くよ、「天狼」!」


 SSR双剣型天狼──。それがローズの得たEKの名前だった。ローズは天狼を握り絞めながら、タマモを見やる。これからが本当の勝負だと自分に言い聞かせるようにして再びタマモとの対峙を始めた。

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