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104話 あなたを超えていく

 徐々に押し込まれていく。


 ここに来て地力の差で、素のステータスの差で押し込まれるとは思っていなかった。


(いや、ここに来てだからですかっ!)


 いままでの試合は正直な話、ノーマークだったからこそ勝てたというだけのことだ。


 もちろん、テンゼンが言ったように短期決戦を行ったからこそというのもある。それも理由のひとつだろう。


 だが、一番大きな理由は実況が言ったようにいままでノーマークだったということだ。


 ベータテスターたちにとって、マークすべき存在ではなかった。いずれ化けの皮が剥がれると思われていたからこそ、なにも対策を練られなかったというだけだ。


 しかしマークされたいま、対策を練られてしまった。


 その対策の中でも、おそらく最も単純な方法を取られたのだ。


 すなわち低レベルでかつ低ステータスであるという弱点を衝かれた。


 ローズは確信を持って力押しをしている。タマモのステータスが低いことを確信したうえで、全力で押し込んでくる。


(「尻尾操作」を使えば、尻尾を楔にすれば、押し込まれることはないはずですけど!)


 尻尾を楔のように、舞台に打ち込めばおそらくは押し込まれることはない。打ち込む数は1本だけで十分だろうが、それをすると三尾のステータスに気づかれてしまいかねない。


 なにせローズはほんのわずかな会話で、タマモのステータスが低いことを見抜いたのだ。


(「武術」を使った攻撃ばかりでしたから、見破りやすかったというのもあるんでしょうね)


 いままでの試合は、ほぼ「武術」だけを使っていた。通常の攻撃はほとんどしなかった。

 

 なにせいままで戦ったガルドもバルドもタマモの通常攻撃ではほとんどダメージを与えられなかったからだ。


 逆に相手にとっては牽制の一撃がタマモには致命傷になりかねない。


 ゆえに相手の攻撃のほとんどを「絶対防御」で防ぎ、逆に相手の防御は「急所突き」で抜くという戦法にするしかなかった。


「尻尾三段突き」を使えるようになってからは、「尻尾三段突き」に頼ってしまっていた。


 それが仇になったようだ。


 考えてみれば、「尻尾三段突き」を始めとした「武術」一辺倒では、「武術」を使っているのではなく、「武術」を使うしかないのではないか、と思われるのは当然だった。


 もう少し通常攻撃を織り混ぜていれば、コンビネーションのバランスが悪いとだけ思われただろう。


 だが、「武術」ばかりを使っていたせいで、致命的な弱点に気づかれてしまった。


「尻尾操作」を使えば、この状況から打破できるだろう。


 しかし、それはローズに三尾のことを教えるのと同意義である。


 かと言って使わなければ、このまま場外に落とされるだけだ。まだなにもしていないのに。まだなにも伝えられていないのに、負けるのは嫌だった。テンゼンにも無理を言って特訓をしてもらったのに、その成果を出せないなんて嫌だった。


(せめて一矢報いらなきゃ。このまま負けたらいままでの努力はなんの意味もなかったことになるのです!)


 いままでの努力を無意味にしないためにも、一矢報いる。


 なにもできずに負けるよりも、一矢報いて負ける方が同じ負けであってもはるかにましだろう。


 一矢報いるためには、どうすればいいか。


 タマモの思考は勝利から一矢報いるという風にシフトしていった。


(……「幻術」は間に合わない。「絶対防御」は攻撃じゃないから意味がない。「急所突き」は攻撃に移れる余裕がないから無理。となればこれしかないのです)


 手札の中で、「尻尾操作」以外で現状を打破できる可能性があるものはひとつだけだった。


 発動するかどうかもわからない。だが、攻撃ではなく、ただ力ずくで押し込んでくるローズへの対抗策としてはこれ以上のものはない。


 タマモは迷うことなくそれを発動させた。


「「シールドバッシュ」!」


「大盾」スキル唯一の攻撃の「武術」である「シールドバッシュ」──。


 本来なら重武装のタンク系プレイヤーが使う「武術」であるが、フライパンにセットしているタマモも例外で使えるスキルであり、タマモにとっては高速移動用のスキルだった。


 体重も軽く、装備も軽装なタマモが使ってもそこまでの威力は出ないが、その分最高速度はタンク系のプレイヤーを大きく引き離す。


 だが、今回は移動ではなく、ローズを押し返すための使用だった。ローズはつばぜり合いの形のまま、タマモを押し込んでいた。そう、タマモのフライパンとつば競り合いをしていた。つまりゼロ距離での「シールドバッシュ」──通常では考えない使用法での一撃──をローズに直撃した。


「っ!?」


 ゼロ距離での「シールドバッシュ」 は、衝撃をほぼ減散することなく、ローズに注がれた。


 仮にスキルを使っていれば、相討ちという形になるが、今回の場合は素のステータスの差で押し込んでいた。そもそも攻撃でさえもなかったことが災いし、一方的に当たり負けによるダメージと「カウンター」の効果も発動し、ローズはよりダメージを負った。かつその衝撃により、大きく後退することになった。


「おおーっと! タマモ選手お得意の変則的「シールドバッシュ」だぁぁぁーっ! しかもこれはもしや「カウンター」の効果も入ったかぁっ!? ローズ選手に大ダメージぃぃぃーっ!」


 実況が騒ぐ中、タマモはまっすぐにローズを見つめていた。たしかに大きく後退はさせられた。


 しかし「カウンターの効果」が──完璧なタイミングで発動すれば、ダメージが1・5倍化する──が乗ったとしても、それで即試合終了というわけではないようであるし、言うほど大ダメージというわけではない。


 だが、ローズの体勢が崩れたことと深い傷を負ったことには変わらない。


「「シールドバッシュ」!」


 タマモは迷うことなく追撃のために、いや、先手を取るために「シールドバッシュ」を発動させた。畳みかけるにはいましかなかった。


 タマモが「シールドバッシュ」を発動させた頃、ローズはようやく衝撃から抜け出したところで、体勢は整っていなかった。


 そこにタマモの「シールドバッシュ」が牙を剥いて、襲い掛かる。唸りを上げて迫るフライパンを見てローズは舌打ちをした。距離からしてすでに回避は間に合わない。いや、させはしない。


「いっけぇぇぇーっ!」


 これで仕留めるつもりで、タマモはローズに向けて「シールドバッシュ」を放つ。


「くっ!」


 だが直撃はしなかった。とっさにローズがその手の双剣を重ね合わせるようにして受け止めたからである。


 しかしその際の感触はいままでのローズのものよりもだいぶ弱々しい。もしかしたら、「朦朧」の効果も発動したのかもしれない。これでまともに戦うための土台ができた。ローズのステータスがどれほどのものなのかはわからないが、それでもいままでよりかはまだステータスの差は縮んだはずだった。


「ローズ選手、間一髪で追撃の「シールドバッシュ」を防ぎましたぁぁぁーっ! いままでとは真逆の展開になるのかぁぁぁーっ!?」


 実況の声がより白熱した。比例するように観客からの声援も白熱したものになっていく。


「やるじゃん、お嬢ちゃん」


「ローズさんも、いまので場外に落ちてくれるかと思いましたよ」


「はっ、言ってくれるね」


 ローズが笑う。だがその笑顔にはさきほどまであった余裕はない。


 だがタマモもまた余裕があるというわけではなかった。


 テンゼンとの特訓で疲労困憊のうえに、ローズに押し込まれていたことで、体力を思った以上に消費していた。息も絶え絶えの状態と言っても過言ではない。


「息遣いが荒いよ?」


「そういう、ローズさんも。「朦朧」にでもなりましたか? だいぶ弱々しいのですよ?」


「ははは、ばれたか。さっきの「シールドバッシュ」で、ね。それでもタマモちゃんには負けないけどね」


 にやりとローズは笑う。余裕がないのは明らかなのに、それでも笑っていられる、その胆力は素直に驚愕させられる。


「じゃあ、ボクはローズさんを超えていくのです」


「やってごらん。私はガルドやバルドみたく、詰めは甘くないよ」


「望むところです!」


 ローズの言葉にタマモは叫ぶ。ローズは笑顔を作ってタマモを見つめる。そんなローズにとタマモはおたまを振り上げて渾身の力での追撃を放つ。


 ローズの顏がわずかに顰められる。だが止まることなくタマモは再び追撃を放った。この人に勝つ。シフトしていた思考を勝利に戻しながら、ローズとの試合に没頭していった。

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