101話 ローズの想い
油断はできなかった。
いや、できる余裕などあるわけがない、とローズは思った。
タマモ。「フィオーレ」のマスターであることは知っている。一緒に冒険し、クランに誘ったヒナギクとレンの紹介で知らされた。ただ紹介されたときは、お飾りのマスターだった。
もっと言えば、ろくに戦闘もできなさそうな子だと思った。ヒナギクとレンに守られるだけのお人形のようなものだと思っていた。だが、そのお人形がガルドとバルドを、「獣狩り」と「頑強なる」という通り名を持つふたりのベータテスターを倒したのだ。
ガルドの場合はヒナギクの手助けもあったし、ガルド自身の油断もあったはずだ。だが、バルドに関しては誰の手助けもなく、真っ向勝負で競り勝ったのだ。ヒナギクとレンとは分断されていた。ふたりの手助けなど希望ようもない状況でもタマモは真っ向勝負を挑んだのだ。
あの状況は誰が見ても無謀としか言いようがない。どんなにひいき目で見ても、バルドの勝ちは揺るがなかったはずだった。
しかしその揺るがないはずの勝利を彼女はひっくり返した。運も影響していたとは思う。実際「運がよかったから」と言うプレイヤーはそれなりにはいる。
だが、その運を使いこなすこともまた実力のうちである。そういう意味で言えば、タマモはもうヒナギクとレンに守ってもらうお飾りのマスターでもなければ、戦う力のないお人形でもない。
目の前にいるのは名実ともに「フィオーレ」のマスターであり、本人が口にした通りの一頭の狐だった。そして本人が言う通り、手負いの狐は凶暴だ。もっとも手負いの獣は基本的に凶暴なので、狐だけというわけではない。
しかし現にその凶暴な狐が目の前にいた。その手にあるのはどう見ても調理器具ではあるが、あれらはタマモの爪で牙である。そして最大の武器である三本の尻尾はまるで意思を持っているかのようにゆらゆらと揺れ動いていた。それはまるでローズの喉笛を常に捉えているかのように思えてならない。
(ガルドもバルドもあの尻尾にやられた。そしてあの尻尾がタマモちゃんの最大の武器であることは間違いない。おたまとフライパンも危険ではあるけれど、一番の危険物はあの尻尾だ)
どういう仕組みなのかはわからないが、「急所突き」と「絶対防御」をタマモは所持していた。本来なら所持できるはずのないベータテスト時における最強の矛と無敵の盾。そのふたつを同時に所持しているというのは本来ありえないことだった。
しかしそのありえないことをタマモは行えている。加えて変則的な「シールドバッシュ」もまた脅威だ。総合的に見て、ヒナギクとレンに肩を並べるほど、いまのタマモは脅威と言える。それこそもしやすれば、ヒナギクとレン以上の脅威とも言えなくもない。
だが、同時にローズは知っていた。何気ない会話の中でタマモのステータスが非常に低いということとろくに経験値を稼げないということをだ。
つまり、タマモは低レベルかつ低ステータスのプレイヤーなのだ。いっそのこと縛りプレイをしていると言っても過言ではないほどにだ。
(そこに付け入る隙がある)
タマモのレベルとステータスのことはガルドもバルドも想像さえもしていなかったことだろう。むしろタマモの奇抜さに惑わされて、タマモ自身にしっかりと目を向けていなかったのだろう。しっかりと目を向けさえすれば、たとえ話を聞いていなかったとしても、タマモの事情はわかるものだ。
(スピードはそれなりにあるんだろうね。でもそれでも普通に比べたらだいぶ遅い。それを補うのが「シールドバッシュ」で、攻撃力のなさを補うのが「急所突き」、そして防御の低さを補うのが「絶対防御」になるはず。そもそもあれだけバルドに攻撃を仕掛けても倒せなかったのは、バルドの防御力を超える攻撃力があの子になかったという証拠だ。いまだって突っ込んでくるけれど、そのスピードは大したことがない。となればほかのステータスだって相応に低いはず。タマモちゃんはどう見てもスピードタイプなのに、その武器であるスピードが大したことない時点で、ほかのステータスもそれ相応のはずだ)
タマモを観察しただけでタマモの事情を事細かに察知していくローズ。ローズの武器はそのスピードにあると思われがちだが、一番の武器はその洞察力だった。
とはいえ、その洞察力であっても、まさかステータスのほとんどが3か4しかないということまではわからなかった。
むしろそこまで低いステータスで戦えるわけがないとローズは思っていたのだ。
ゆえにローズの中でのタマモのステータスは10を超えない程度という想定になっていた。実際はその半分以下とまでは思い至らなかった。
(ただあの尻尾の攻撃力は意味がわからないけど。バルドの防御力をあっさりと抜いていたもの。まるであの尻尾にはタマモちゃんとは別途でステータスがあるみたいだ)
ローズは想定を続けながら、タマモ自身が昨日に気付いた事実にたどり着いていた。が、まさか尻尾に別途でステータスがあるとは本気で考えてはいなかった。そしてそのステータスが当のタマモの五、六倍以上もあるとは考えるはずもない。
(とにかく、タマモちゃんの弱点はそのスキルで補っているステータスの低さ。なら私はそこを衝くだけだ)
ガルドもバルドも正々堂々と戦った。一騎打ちという場面であれば、そう戦うのが筋だろう。これが現実であれば、正々堂々と一騎打ちなど誰がするものか。負ければ死が待っているという状況で正々堂々なんてへそで茶を沸すようなものだ。
しかしこれは絶対的に安全なゲームの世界でのこと。たとえHPゲージを削られ切ったとしても、現実での体にはなんの支障もない。
であれば、正々堂々と戦おうとするプレイヤーが増えてしまうのも当然のことだ。どうせ勝つのであれば、気持ちよく勝ちたいと考えるのが普通だ。
だが、ローズはそうではなかった。ローズにとって優先するべきなのは勝利である。ゆえにどんな手段を使おうと勝つ。勝てば官軍負ければ賊軍とは、古来より言われ続けてきたことである。つまり勝者こそが絶対である。むろん時には勝利よりも優先するべきこともある。
しかし今回に限っては勝利を優先したかった。
というのもローズはタマモを気に入っているからだ。
だからこそ勝利を優先したかった。
ここから先、ガルドやバルドのように正々堂々と戦ってくれるプレイヤーばかりではないのだ、と。勝利を優先して、搦め手を使ってくるプレイヤーもいるのだと伝えたいのだ。
たとえそれが余計なおせっかいであったとしても、たとえそれがエゴだったとしても。
ローズは伝えたかった。そして教えたかった。敗北から学ぶこともあるということをタマモに教えてあげたくなったのだ。ゆえにローズは迷わなかった。
(ごめんね、タマモちゃん。でもあなたはきっと絶対に強くなれる。だから井の中の蛙にならないように、世界の広さを教えてあげる)
双剣を構えながらローズは迷いなく、タマモへと向かって行く。タマモもまた迷うことなくローズに向かってくる。どちらからでもなく雄叫びが上がる。響き合う雄叫びの中、ローズとタマモのEKは甲高い音を立てて交錯するのだった。




