17話 自問自答
リアル時間で二日が経った。
昨日の時点で腐葉土は相変わらずできていないが、葉は少しだけ低くなった。
「もう少し水を増やしますかね?」
水は目の前の小川の水を使っていた。
現実世界だと都市近郊の川の水を使おうとは思わないが、リーンが言うにはこの小川の水は「アルト」からそう離れていない山の湧き水のようで、雪解けの水が地下深くに溜まり、それが流れ出ている、らしい。
らしいというのは、リーンとギルドマスターにも詳しくはわからないようだった。
少なくとも岩と岩の間から涌き出ている水だということはわかっていて、その水がここまで流れ出ているそうだった。
「モンスターの仕業だったとかなら面白そうですけども」
口にしてすぐに嫌な予感はした。予感はしたが、さすがにそんなイベントはないだろう。
ここの運営がどういう性格をしているのかはまだわからないので、絶対にないとは言えないのが少し怖い。
(まぁ、ボクの印象だと、鬼畜野郎どもの集まりとしか思えないんですけどね)
タマモにとっての運営は鬼畜というイメージになっていた。
最高ランクのEKをせっかく得られたのに、調理をしないと経験値がまともに得られないとかどういう脳の構造をしていたらそんな発想ができるのだろうか。そういうネタ武器はRかSRランクくらいでやるべきだろう。
加えて各種生産の仕様もおかしい。特に紡績関係。材料である絹糸がクロウラー系のモンスターの超低確率ドロップというのはさすがにおかしい。
おかげで「通りすがりの紡績職人」さんのSAN値が日に日に下がっている気がしてならない。
タマモも板で見かけるたびに挨拶をしては愚痴を聞いていた。
そのおかげか、「通りすがりの紡績職人」さんからは「狐ちゃん」と呼ばれるようになった。
タマモ自身も「姐さん」と呼んでいるが、まだフレンドコードを交換してはいない。まだ会えていないので交換できないのだ。
(ログハウスができたら、皆さんを招待したいですね。あ、でも一番はアオイさんに。けどアオイさん、最近はなかなか返信をくれないですし)
そう、ここ最近アオイは返信をしてくれなかった。
無視されているわけではなく、メールはすべて読んでくれているようで、「遅くなってすまない」と謝られている。
かえってこっちが申し訳ないと思うほどに、アオイはメールの本文で何度も謝っていた。「メールは控えた方がいいですか」と送ってみたが、送って欲しいと言われてしまっていた。
「いまは立て込んでいてな。タマモのメールがあるからこそ頑張れるのじゃ。それがなくなったら我泣くぞ? 泣きわめくからの!」
と脅しなのか、懇願なのかわからない返信をくれたものだ。
それからはいままで通りにメールを送っているが、今日はまだ返信はない。だが、アオイの精神的な救いとなるのであれば、定期的に送ろうと思っていた。
「さて、今日はお楽しみの日なのですよ!」
メールフォルダを閉じて、寝泊まりさせてもらっているギルドの一室から出た。すっかりと顔見知りになったギルドの職員たちと朝の挨拶を交わしながら、畑へと向かっていく。
まだ丸太の加工は終わっていないが、畑の方には今日には結果が出ているはずだった。
結局昨日のプレイ中では、クーにお手伝いをしてもらうところまではいかなかったが、丸太を木材に加工するところまでは終えられた。
だが、まだ図面を起していなかったことを思い出したと同時にログイン限界が訪れたのだった。
クーにはキャベベはあげるまでは食べちゃダメだと言い聞かせてある。
言い聞かせてあるがちょっぴり心配ではある。
なにせ別れるそのときもずっとキャベベをキラキラとした目で見つめていたのだ。
もしかしたらすでにすべて食べつくされている可能性もある。……ないとは信じたい。信じたいが、ああ見えて、いや見た目通り食いしん坊であるクーのことだ。やらかしてそうで怖かった。
「まぁ、それはそれでいいんですけどね」
クーが満足してくれるのであれば問題はない。
畝は作っていないが、一応畑はできた。畑にする土はできたのである。
あとはリーンにも一応確認してもらえばいいのだろうが、その前にまずは畑の様子を確認したかった。
その後は引き続きログハウス作りを行いたいところだ。
「ボクってなんでしたっけ?」
ふと冷静になってみると、いままで自身がしてきたことはなんだったんだろうと思わなくもない。
やっていることは生産職そのものだった。とはいえ生産職になったつもりはなかった。
そもそも生産職にしても、どの生産職に当てはまるのかがまるでわからない。
ファーマーのように畑を耕しているし、カーペンターのように家を作ろうとさえしているし、最終的には調理を定期的にすることが決まっているのだ。
果たして自分はいったいどんな生産職なのか。タマモ自身さっぱりとわからない。
おそらく掲示板で書きこんでも「狐ちゃんは狐ちゃんでいいんじゃない?」というお優しい返事があるくらいだろう。……その内容がどう考えても投げやりとしか思えないことであったとしても、だ。
「……まぁ、いいのです。いまはとにかく畑が優先です。畑が!」
あれこれと考えているとなんだか頭が痛くなりそうなので、タマモはすっぱりと考えるのをやめた。同時に小川とその先に広がる畑とログハウス予定地が見えてきた。
今日も頑張ろう。タマモは拳を握りしめながら畑にへとまっすぐに向かったのだった。
続きは明日の正午となります。