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98話 お互いの健闘を

「……さて、そろそろ時間かな?」


 テンゼンは肩に担いだ刀を下した。それで特訓は終了ということなのだろう。


「ありがとう、ございました」


 タマモはテンゼンの前で両膝を突きながら頭を下げた。すでに時間は昼を回っていた。本戦2回戦の「フィオーレ」の試合は昼休憩の後すぐということだったので、もうそろそろ時間だろう。


「まだまだだったけれど、少しは形になったんじゃないかい?」


「ひと言余計です、よ!」


 素直にましになったと言えばいいだけなのに、まだまだというのは完全に余計である。しかしテンゼンは苦笑いするだけだった。謝るつもりはないのだろう。実にテンゼンらしいなと思いつつ、震える体に鞭を打って立ち上がるタマモ。


 すっかりと体が疲れ切っていた。たしかに特訓をお願いはしたが、ここまでボロボロでは試合で戦えないのではないだろうか?


「これで戦えるんですか?」


「まぁ、無茶な行動はできないかな? ただ本来のタマモさんの力は出せるはずだよ」


「本来の?」


「ああ。人っていうのは過度に疲労していると、余計な行動はできなくなるんだよ。できるのは余計な行動はおろか余分な力さえも込めない、最適の動きをしようとする。まぁ、超短期決戦用だけども」


「超短期決戦って」


 長期戦は思慮していないと言われたようなものだった。つまりは最初の数合で試合を決めろとテンゼンは言っているのだ。いくらなんでもそれはどうだろうと思わずにはいられなかった。しかしテンゼンは特に気にした風でもなく、はっきりと言いきった。


「もともとタマモさんは低ステータスだ。その時点で長期戦なんて無理さ」


「む」


 たしかに長期戦は低ステータスであるタマモが不利だろう。タマモが勝つには奇襲からの速攻で相手の体勢が整う前に勝負を決めなければならない。つまりタマモにはまだ長期戦を行えるような地力はないとテンゼンは言ったのだ。そしてその言葉を否定することはできないタマモだった。そんなタマモにテンゼンは容赦なく続けた。


「そもそもの話、タマモさんがひとりっきりで戦うこと自体が無茶だよ。低ステータスでもプレイヤースキルがあれば、どうにかなるかもしれないけれど、そのプレイヤースキルにしたってお粗末なんだ。普通であれば一対一の決闘なんて君はするべきじゃないんだよ」


「む、むむ」


「だけど、困ったことに君は決闘を申し込んでしまった。となれば、だ。君ひとりで勝つためにはそれなりの策が必要になるということだよ。そしてそれが超短期決戦の速攻だよ。それ以外に君が勝つ方法はないと言ってもいいだろう」


「むむむ」


「実際いままでの二試合だって基本的には短期決戦だっただろう? どちらも相手の体勢が整う前に勝負を決めたというだけのこと。どちらも長引いていれば一気に形成不利になっていただろう。そもそも格上に勝つのだから、奇襲は当然のことだよ。格上相手に真っ向勝負なんてバカのすることだろう?」


「う、うぅ~」


 ぐうの音も出ないほどに、テンゼンに言い負かされてしまうタマモ。実際ステータスはおろか、プレイヤースキルとて相手に劣っているタマモでは、速攻からの短期決戦を狙うしかないのである。それはタマモとてわかっているが、それでもはっきりと言いきることもないとは思わなくもないが、言ったところでテンゼンは聞いてくれないだろう。


「とにかく、いままでボロボロにしたのは、余計なことをせず、速攻で決められるようにするためのものさ。もし下手に余裕があったら、余計なことをするだろう、君は?」


「……否定できないのです」


 そう、余裕があったら余計ななにかをしそうだとタマモ自身で思った。だからこそテンゼンが余計なことをしないようにと徹底的に体力を削ってくれたのは、テンゼンなりの優しさなのだろう。もともと余裕なんて欠片もないのである。


 であれば、余計なことができる体力などいらない。速攻で決めるだけの体力さえあればいいだけである。


「あとひとつ。これはアドバイスだけど、最初から「尻尾操作」は使わない方がいい。ここぞという時に使うといいよ」


「なんでですか?」


「いままでの二試合でタマモさんが勝ってきたのは「尻尾操作」によるものだということは、たぶん調べればすぐにわかるはずだ。となれば、当然その尻尾への対策をされていると考えるのが妥当だろう? だからこそ、ここぞというとき、トドメを差すときか、もしくは相手がトドメを差そうとしているときだけに「尻尾操作」を使うといい。そうすれば相手は常に「尻尾操作」にも気を留めないといけなくなる。もっと言えば集中が分散させやすくなる。そして集中力が分散するということは、だ」


「……ボクの付け入る隙が生まれるということですか」


「その通り。まぁ、もしかしたらその隙が相手の誘いということもあるけれど、とにかく隙を生まれさせられたらそのときは乾坤一擲の精神で撃て。それが君の勝つ道だ」


 乾坤一擲。一世一代の大勝負ということ。その大勝負に勝てるかどうかはタマモ次第。いまさらだが、ずしりと肩に重たいものが圧し掛かってくる。


「勝てる、でしょうか?」


「さぁね? そればかりはわからない。ただ、勝つのはいつだってどんなときだって、最後の最後まで諦めなかった者だけだ。だから僕から言えるのはひとつだけ。最後の最後まで諦めるな、ということだけだよ」


 テンゼンは顔を隠すフードを調整しながら言った。なんとも投げやりではあるが、実際勝負は最後の最後までわからないものだった。だからテンゼンの言うことは間違ってはいなかった。


「それじゃ行ってきな、タマモさん。僕の試合はどうやら君と同じくらいのようだから、舞台から見させてもらうよ」


「はい、見ていてください」


 ああ、とテンゼンは頷いた。頷きながら腕を伸ばし、拳を向けてくれた。タマモはおずおずと腕を伸ばし、テンゼンの拳と打ち合わせた。


「頑張れよ、タマモさん」


「はい。テンゼンさんも」


 お互いの健闘を祈って笑い合うタマモとテンゼン。その後、試合開始時間が迫っていることを知らせるメールが届くと、ふたりは時間を置いてそれぞれに試合会場へと向かった。

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