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97話 秘密の特訓

「武闘大会」4日目──。


 タマモは朝から中庭で体を動かしていた。


 いや、朝から特訓をしていた。


 むしろ特訓としかいいようがないことをしていた。


「行きます」


「来い」


 鬱蒼とした雑木林の中でタマモはおたまとフライパンを両手に持ちながら、徐々に力を込めていく。


 すでに「必中」と「名剣」は発動させており、Dexに限ってはようやく人並みレベルの12になっていた。……その他のステータスに関してはもはやなにも言うまい。


「てやっ!」


 気合いを込めておたまとフライパンを交互に振るう。ちょうど十字に重なるような軌道での連撃。しかしその連撃は空を切った。


「……遅い」


 ちょうど目の前にいたはずの相手がいつの間にか背後に立っていた。相手は店売りの刀を担いでいるが、いまだ抜いてさえいない。


「もっと早く状況を読め。状況を読んだら即座に行動しろ。そんな体たらくでひとりっきりで戦おうなんてよく思ったものだな。尊敬するよ」


 呆れたような口ぶりの相手──テンゼンはフードで顔を隠してはいるが、実際に呆れているようだった。


 むぅと唸りつつ、タマモは振り向き様におたまを振るった。がテンゼンはしゃがみこむことでそれを避けてしまう。「遅い」とテンゼンはため息を吐くが──。


「そこです!」


 ──それはタマモの誘いだった。


 右手のフライパンをタマモは地を這わせるようにして振り上げた。


「お?」


 テンゼンの表情が少し変わったのが見えた。


 少し驚いたような顔をしている。


 してやったと思いつつも、タマモは追撃のおたまを振り下ろす。上と下。2つの方向からの攻撃。


 テンゼンはフライパンにと注視しているため、頭上のおたまには気づいていない。


 もらったとタマモは思った。そう、思ったのだが──。


「狙いはいいけど、残念。遅すぎる」


 ──テンゼンはおたまを見ないまま、タマモの右手を掴んでフライパンでの一撃を潰した。


「少し目が回るよ」


 そういうとテンゼンはそのまま力ずくでタマモを振り回していく。右手の一撃を潰されてしまったうえに、文字通りに振り回されてしまっているタマモ。雑木林の中でタマモの「うわぁぁぁ!」という悲鳴がこだましていく。


「ちゃんと受け身を取るんだよ」


 タマモの悲鳴を聞きながらテンゼンは振り回す方向を横から縦に変えた。いや、タマモを地面に叩きつけるようにして振り下ろした。

 

「っ!?」


 地面に叩きつけるようにして振り下ろされながらタマモはとっさに「尻尾操作」を発動させ、3本のうちのひとつで地面を突き刺し、そのまま固定させると、残りの2本でテンゼンへと攻撃を仕掛けた。


「む」


 テンゼンはタマモの右手を離し、そのまま後ろへと飛び下がった。


 攻撃を仕掛けた2本をテンゼンへと向けて牽制を行いつつ、地面に突き刺した1本をうまく使ってタマモはゆっくりと地面に着地する。同時に──。


「あぅ、負けたのです」


 ──ため息を吐きながらがくりと肩を落とした。


 そんなタマモに笑いかけるテンゼン。テンゼンはゆっくりとタマモにと近寄って──。


「そこです!」


 ──近寄ってきたところを「尻尾三段突き」で奇襲を仕掛けるタマモ。


 しかし奇襲を仕掛けたときには、すでにテンゼンはそこにはいなかった。


「はい、タッチ」


 背後から楽しげなテンゼンの声が聞こえた。慌てて振り返ると頬にテンゼンの指が突き刺さってしまう。


「むぎゅぅ」と妙な声をあげるタマモ。そんなタマモをおかしそうに笑うテンゼン。


 先程までにあった対峙の雰囲気はすでになく、穏やかな雰囲気にとなっていた。


「……やっぱりテンゼンさんは強いのです」


「それなりにはだよ」


「……テンゼンさんがそれなりならボクはダメダメですよぉ」


 肩を落としつつ、タマモは言う。がテンゼンはおかしそうに笑うだけだった。


「そう落ち込むこともないさ。そこそこ筋がいいと思うよ?」


「レンさんたちもそう言ってくれましたけど、本当ですか?」


「……あのふたりがなんて言ったのかまではボクもわからないけれど、少なくとも僕の目から見たら、タマモさんはそれなりに筋がいいと思うよ」


「むぅ。天才だね、とは言ってくれないのです?」


「……天才なんて言われたいの?」


 テンゼンはどこか冷たい目をしながら言った。どうやら「天才」という言葉はテンゼンにとっては地雷のようだった。


「天才って言われたら、気分はいいものじゃないですか?」


「……たしかにそういう考えもあるだろう。だけど僕から言わせてみれば、「才能があるからこそできるんだろう」と言われているようなものさ。つまりはその人が為してきた努力を否定されたってことさ。天才っていうのは努力なしでもなんでもできる人ってことだよ。「おまえは努力なしでもできるんだろう」と言われたようなものさ。君はそんな言われ方をして嬉しいのかい?」


「それは」


 なにも言い返せなかった。タマモ自身、いままで為してきた努力を「天才」のひと言ですべて否定されるのはあまりいい気分ではない。むしろ腹が立つ。天才だからできたのではない。努力をし続けたからできたのだ。決して才能だけではなかった。


「……まぁ、少し穿ちすぎる考え方ではあるけどね。でも、いままでの努力を「才能」という言葉で否定されるのは嫌だろう?」


「……はい」


「なら僕が天才と言わないのはわかるね?」


「……はい」


「ならいい。さて、もう一本行くかい?」


「はい! もちろんです!」


「そう。でもやっぱり「尻尾操作」は使った方がいいんじゃないかい?」


「ダメなのです!「尻尾操作」は、いや、ボクの尻尾がチートだとわかった以上頼りきりにしてはいけないのです!」


「……まぁ、頼りきりにしていたら腕は上がらないか」


「なのですよ!」


 気分を変えて、クワッと目を見開きながら叫ぶタマモ。コロコロと表情が変わる様を見て「かわいいなぁ」と思うテンゼンだが、できるだけ感情を表にはしないようにして笑っていた。


 ちなみにタマモの尻尾がチートというのは、昨夜ソラに教えてもらったことにより発覚したのだ。


「ちなみにタマモさん」


「はい?」


「尻尾にも「鑑定」は使えますから、使って見るといいですよ」


 立ち去ろうとしたタマモたちを呼び止めてソラが言ったのだ。


 はじめはなんで尻尾を? と思っていたが、部屋に戻る最中に試しにと尻尾を「鑑定」したら──。


 三尾……最強の妖狐の源の一部。本来の力には至らないが、片鱗は凄まじく、その一振りで大地を薙ぐ。


 ──なんとも厨二心をくすぐる内容が表示されたのだ。そのときまでは「むふふふぅ」とタマモも笑っていられた。だが、問題だったのはその先であった。


三尾 LV4


HP 450 (×3)

MP 450 (×3)


STR 60 (×3)

VIT 60 (×3)

AGI 60 (×3)

DEX 60 (×3)

INT 60 (×3)

MEN 60 (×3)

LUC 60 (×3)


 尻尾にもまさかのレベルがあったのだ。いや、レベルどころかステータスさえあった。


 しかもそのステータスが完全にチートレベルだった。


「鑑定」結果を隣で見たテンゼンさえも絶句していた。


「これ、尻尾の方が本体じゃないですか」


「素晴らしいくらいにチートだね。この×3って言うのは、この数値はもともとの3倍ってことなのかな?」


 尻尾のステータスには(×3)とあった。テンゼンの言うとおり、もともとの数値を3倍にしてあるということなのだろう。三尾という名称なのだから、3本の尻尾でひとつという括りになっているのだろう。


 そのうえでひとつひとつの尻尾に個別のステータスがあるというややこしいことになっているのだろうとタマモは判断した。


 もっともそれぞれ個別のステータスであっても、レベル4の時点で各ステータスが20というのは十分すぎるほどにチートだろうが。3本合わさった場合は言うまでもない。


「……こんなステータスで殴られればそりゃ誰だって倒せますよね」


「うん。現時点でこの子らに勝てるプレイヤーなんていないね」


「デスヨネェ~」


 テンゼンの言葉にタマモは乾いた笑い声を上げた。


 とにかく、タマモの活躍の理由が尻尾にあったことがわかった。


 であれば、その尻尾をフルに活用しつつも尻尾に頼るのではなく、尻尾を使いこなさないといけないということになる。


 そのためにはステータスは仕方がないとしても、タマモ自身が尻尾よりも強くならないといけなかった。


 だからこそタマモは朝からテンゼンとの特訓を、できるだけ尻尾を使わないようにしての特訓に勤しんでいた。テンゼン自身も「お仲間さんが万全じゃないのであれば、僕が代りをしよう」と言ってくれたため、こうして朝から特訓に付き合ってくれていた。テンゼン自身も試合があるはずなのにも関わらずだ。


(やっぱりレンさんのお兄さんだけあって、人がいいですねぇ)


 なんだかんだと言いつつも、テンゼンも人がいい。もっともレンとは違い、罵声が飛んでくるのはなんとかしてほしいものではあるが、朝から付き合ってくれているのだから文句は言えない。加えてひとつテンゼンからも条件を提示されていた。その条件はレンとヒナギクにテンゼンとの関係についてを話さないということだった。


 別に話したところで問題はないと思うが、こうしてタマモのために善意で付き合ってくれるテンゼンのありようを見ていると、嘘を吐くことはできない。いや、したくなかった。そのためこの早朝の特訓については、レンはおろかヒナギクとて知らなかった。いわば秘密の特訓である。


 その秘密の特訓は、いまのところ尻尾を使わないとテンゼンとはまともに戦うことさえできていない、というなんともお粗末な内容になっている。


 だが、少しずつだが、タマモ自身の戦闘スタイルがより確立されつつあるのが実感できていた。それでも尻尾を使わないとまともに戦えないのはなんとも悔しいものがあるのだが。


「まぁ、すぐにまともに戦えるようになられたら、僕の立場がないからね」


 というのはテンゼンの談である。実際幼少の頃から剣の道に生きてきたテンゼンを相手に、ほんのわずかな期間な特訓でまともに戦えるようになられたらいままでのテンゼンの苦労はなんだったのかという話になってしまうので、現時点でのタマモがテンゼンにあしらわれてしまうのはある意味当然のことであった。


「それでもそのうちぎゃふんと言わせるのです!」


「ふふふ、頑張ってね、ぎゃふん」


「むぅぅぅーっ!」


 タマモはテンゼンに向かって頬を膨らませる。その姿に和みつつ、テンゼンは再び距離を取った。


「さぁ、まだ試合開始には時間がある。ギリギリまで付き合ってあげるから、少しでもプレイヤースキルをあげてごらん」


「絶対にぎゃふんと言わせてみせますよ!」


「楽しみにしているよ」


 ふふふと楽しげに笑うテンゼンにタマモは頬を膨らませながら向かっていく。


 そうしてテンゼンとの特訓をタマモは試合開始時間まで繰り広げるのだった。

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