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94話 たとえエゴだったとしても

 五日ぶりの更新です。

 風邪は怖いですね。

 平熱5度台のはずなのに気づいたら8度とかね。

 詳しくは昨日の活動報告にて書いていますので。

 さて、今回はタマちゃんとテンゼンのやり取りになります。

「──それでは、もう一度行ってきますね」


 タマモはヒナギクに声を掛けて、ふたたび部屋の外に出た。


 ヒナギクからの返事はない。迷っているのは明らかだった。


 だが、今回ばかりはこうするしかない。


 ソラの言っていた「原則」を確かめてみたが、棄権の場合は意見の一致が必要とは書かれていた。


 しかしタマモが「決めたこと」に関しては意見の一致は必要ない。


 ただ相手がどうするかということくらいだ。


 もうひとつ挙げるとすれば、レンが頷くかどうかということくらいだが、おおむね問題はない。


 ただ意識のすれ違いがあるということだけだろう。


 あえてそのすれ違いに対して修正はしない。いや、する必要はない。細部を言わないだけで、レンの気持ちを優先するのだから、文句など出ようがない。いや、出させない。


 ヒナギクはまだ考えているが、すでにヒナギクは一度頷いたのだ。だからヒナギクの意見はもう聞く必要はない。


(……ひどい言い方ですねぇ)


 自分の思考ながら呆れてしまった。


 呆れながらも必要なことだと自分に言い聞かせてタマモは部屋を出た。


「やぁ、タマモさん」


 部屋を出てすぐのところに、壁に寄りかかる形でテンゼンが立っていた。


「お待たせしました」


「いやいや、僕自身が言い出したことだ。君は気にしなくていいさ」


「……ありがとうございます」


 タマモはテンゼンに頭を下げた。「気にしなくてもいいと言ったばかりなんだけどなぁ」と苦笑いを浮かべるテンゼン。


 しかし苦笑いにはなっているものの、その表情からはタマモへの好意は感じられた。好意と言ってもその日出会った真性なアレたちが向けて来るものよりもはるかにマシ、もとい、まともな好意だった。


(今日はナデシコさんといい、卑しい雌豚といい。どうしてアレな人たちと出会ってしまうんですかね)


 一種の厄日のようなものなのかもしれないとさえ、いまのタマモには思えてならない。もしくは厄を呼びこんでしまうなにかがあるのかもしれないとさえ、タマモには思えてならない。どちらにしろ、今日の運勢はきっと最低レベルであることには間違いない。


 しかし最低レベルの運勢だったとしても、やるべきことはできた。決めるべきものは決められたのだ。


「……もう一度送り迎えをお願いします」


「あぁ。もちろんだ」


 テンゼンは静かに頷くと、タマモの隣に立った。


「あと」


「うん?」


「いろいろと考えられる機会をくださり、ありがとうございます」


「なんのことだい?」


 テンゼンは不思議そうに首を傾げる。下手なごまかしだとは言えない。一見するとテンゼンは本当にわかっていないように思える。


 ……もっともそれが演技であることは、いままでの言動を踏まえるかぎりは明らかなのだが。


「とりあえず、歩きながら話しましょう」


「そうだね」


 タマモが歩き出すと、テンゼンも歩き始めた。ふたりの足音が廊下に響く。がタマモもテンゼンもお互いに口を閉ざしていた。


 どちらも話しかけるのが気まずいというわけではなく、タマモはただまだ話すのには早い、と。「フィオーレ」の部屋からもう少し離れてから話すべきだと考えているためである。


 対してテンゼンはタマモが話し始めるのを待っているだけだった。


 ゆえに気まずさはない。


 だが、気まずさの代りに空気が張り詰めていた。それはまるで立ち合いの空気にも似ていた。


 そんな空気を保ちながら、ふたりは一階に続く階段に至った。


 階段の一歩目をタマモが踏みしめると同時にタマモは口を開いた。


「テンゼンさんはお優しいですね」


「なんだい、急に?」


 いきなり優しい言われたことで、テンゼンは困惑していた。


 だがタマモはテンゼンを見ないまま続けた。


「誇りがどうだのと言われたのは、わざとですよね?」


 階段を降りながらタマモは続ける。テンゼンは黙って後を追いかけてくる。だが、その表情がどういうものなのかはわからない。


 わからないが、タマモはあえてテンゼンの反応を無視して言うべきことを口にしていく。


「あなたが誇りと言ったのは、今回に限っては的はずれです。加えて将だのなんだのと言ったこともまたそれを助長させています」


「……どういうことだい?」


「将であれば、基本的には自軍の損耗を最小限にすることを目指すものです。そこに誇りは関係ない。でもあなたは誇りと言った。将としての心得を語るのであれば、自軍の損耗を抑えることを誇りにしろと言うべきだと思うのです。でもあなたはそういう風には言わなかった。なぜですか?」


「そういうときもあるってことさ。システマチックに徹底したところで下は着いてこない。時には人情を」


「であれば、余計に将云々の話はいりません。いるとすれば、それは」


「それは?」


「……将来的に起こるであろうことを事前に伝えてくれた。被害を無視してレンさんが暴走してしまうと教えてくれたんですよね?」


 テンゼンを見やる。だが、テンゼンはなにも言わずに階段を降りるだけだった。


「無言は肯定としますよ?」


「……ずいぶんと乱暴なものだね」


「乱暴にもなりますよ。だってあなたはレンさんの仇ですから」


 ぴたりとテンゼンが足を止めた。フード越しに見える顔には驚いた様子はない。いや、なんの感情も読み取ることさえできなかった。


「……なんのことだかわからないな」


「ごまかさなくてもいいですよ。レンさんの危うさはわかるひとにはわかるでしょうけど、わざわざそれを伝えに来てくれる人なんて、普通に考えれば家族しかいません。家族がやらかす不手際を事前に伝えようとした。そうですよね、テンゼンさん。いえ、レンさんのお兄さん」


 今日の試合では、タマモはバルドと戦うことに集中していたためにわからなかったが、ヒナギクたちに話を聞く限りでは、レンはとんでもなく不器用なやり方でヒナギクを守ったそうだ。その姿を見れば、誰だろうとレンの中には危ういものがあるというのはわかる。


 しかしわざわざ第三者がそんなことを言いに来るわけもない。


 第三者でも知人であれば口にするかもしれないが、少なくともタマモはテンゼンと会ったのは今日が初めてだった。


 そのテンゼンが遠回しにレンの危うさを指摘などするだろうか。それもついでではなく、危うさを指摘することがメインとなれば、なおさらだ。


 そんなことをするとすれば、それはレンの身内くらいだろう。そしてレンの身内となれば、今日レンをPKしたレンの兄くらいしか思いつかない。


 加えて言えば、テンゼンとレンの纏う雰囲気はよく似ていた。ふたりとも空に浮かぶ雲を思い浮かべさせてくれるプレイヤーだった。


 これだけ証拠があってなお別人というのは、さすがにありえない。まず間違いなくテンゼンはレンの兄となるはずだ。


 ……その兄がネカマというのはいかがなものかとは思うが、人の趣味は人それぞれだからあえてなにも言わないが。


 タマモはテンゼンを見やる。テンゼンはなにも言わずに、さらに階段を降りていく。その後をタマモは追った。


 だが、テンゼンはなにも答えない。


 答えないまま、一階に降りると──。


「……タマモさん。君には弟妹はいるかい?」


 ──テンゼンは急に問いかけてきた。だか、その内容は意味のわからないものだった。


「弟妹?」


「あぁ、いるかい?」


「……実のという意味ではいません。けど、ボクを慕ってくれる妹のような子はいますよ」


「ならわかるんじゃないか? その子のためならなんだってしようと。自分を慕う弟妹のためなら、たとえその子に嫌われることであってもやろうと思う気持ちをさ」


 テンゼンはフードで顔をより隠してしまったが、わずかに見える瞳には、強い意思の光が宿っていた。


 一点の曇りもない光。みずからの意思を貫き通そうとする意思の光。そんな眩いほどに強い意思の光をテンゼンは放っていた。


 その光を見てレンをPKしたことにもなにかしらの事情があるのだろうというのがわかる。しかしそれは同時に──。


「……テンゼンさん。それはエゴなのです。どんなに相手のことを想ったところで、相手の気持ちを無視してしまったら、どんなにきれいな感情であっても、それはエゴ以上にはなりえないのです」


 ──そう、どんなにも強い想いがあろうと、独りよがりであれば、それはエゴにしかならない。


 たとえどんなに相手を想っていたところで、その想いが伝わっていなければなんの意味もない。


 伝わらない想いは、たとえどんなに美しいものであってもエゴ以上には決してならないのだから。


「……わかっているさ。それでも僕にできることはこのくらいなんだ。あいつのためであれば、僕は鬼になると決めているんだ。それが「約束」だから」


「「約束」?」


 感情を露にしているテンゼンは、 とてもレンとよく似ていた。似た者兄弟ということなのだろう。


 しかし「約束」とはいったい誰とのものなのか。


 タマモが尋ねようとしたが、それよりも早く「タマモさーん」と叫ぶソラの声が聞こえてくる。


「……またあとでな」


 テンゼンはそれだけ言うとソラの方へと向かっていく。その背中はレンとは違っていた。


 悲壮なる決意を秘めた背中とでも言えばいいのだろうか。


 レンも不器用だが、やはり兄だけあってテンゼンも相当に不器用だというのがよくわかる。


(本当に似た者兄弟なんですね)


 どこからどこまでもレンとテンゼンは本当によく似ていた。そしてお互いにお互いのことを尊重し合っているというのが、ふたりからは感じられた。


(なのにどうしてPKなんてしたんでしょうね、この人は)


 話せば話すほどテンゼンの目的がわからない。わからないが、いまは自身の目的を果たすことの方が先決だった。そうしてタマモはテンゼンの後を追いかけながら、ソラのもとへと向かうのだった。

 テンゼンにもテンゼンなりの引けない理由があるのです。

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