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93話 タマモの宣言

「──ただいま、です」


「お帰り、タマちゃん」


 部屋に戻ると、ヒナギクはレンのそばに座っていた。


 ヒナギクはあれからずっとレンを看ていたのだろう。


 レンは魔法の「スリープ」によって眠り続けているようだった。


 部屋を出る前のときのように起きることはなかったようだ。


 だが、その寝顔は苦渋に満ちた表情だった。おそらく実の兄のことで魘されているのだろう。


「……魘されていましたか?」


「うん。何度も「ごめんなさい」って謝っていたよ」


 ヒナギクはレンの手を両手で包みながら言う。


 その姿からは隠しようのないレンへの気持ちが伝わってくる。


(……むぅ。悔しいけどお似合いなのですよ)


 認めたくはないのだが、レンとヒナギクはお似合いのふたりだった。


 常日頃から言葉を交わすことなく、意志疎通ができている時点で、ふたりの絆の深さがわかる。


 そこに加えて、ひとときも離れようともしないヒナギクの姿を見ると、ヒナギクがどれほどまでにレンを想っているのかがわかってしまう。


 レンはヒナギクをどう想っているのかは明らかだ。


 あの1ヵ月の特訓の際に見せた、なにがなんでもヒナギクを守ろうとする姿からは、ヒナギクをどれほどまでに大切に想っているのかがわかるし、常日頃から「ヒナギクは俺の嫁」と称するほどだ。


 あれでヒナギクを想っていないというのは、たちの悪い冗談としか思えない。


(むぅ。やっぱり勝ち目が非常に薄いのです)


 もともと強敵だとは思っていたが、ここに来てレンがどれほどまでに強敵であるのかがわかった。


 加えてヒナギクを従妹の希望と重ねてしまったことも痛い。


(ボクの母性さん! そろそろお仕事を放棄してくれてもいいんですよ!?)


 普段はタマモ以上の引きこもりニートなくせに、どうしてこういうときには張り切って仕事をしてくださるのやら。


 そんな母性さんに仕事を放棄してくれるように頼むも、母性さんは思っていた以上にまじめな方なのか、なかなか仕事を放棄しようとしない。


 むしろ「まだまだこれからですよ」と言うかのようにサムズアップしてくれた。


 その際ようやく母性さんの顔が見えたが、母性さんは顔を白塗りにして額にでかでかと「母性」という装飾が施されていた。


 おまえはどこぞの戦国武将かと言いたくなる。


 ちなみにこれらはすべてタマモの脳内でのイメージであり、現実に母性さんが顕現されたわけではないのは言うまでもない。


「どうしたの、タマちゃん?」


 頭を抱えて体を捻るという奇妙な行動をするタマモにヒナギクは少し引き気味に言った。


 引き気味ではあるが、「タマちゃんらしいなぁ」と思われているので、ヒナギクにとってのタマモのイメージがどういうものであるのかは考えるまでもない。


 半ばご臨終しているようなものだ。


 しかしそのことをタマモは知らないのが、なんとも哀れではあるのだが。


「それでタマちゃん、試合のことは」


「……全員の意見が一致していないとダメみたいです」


「そう。多数決はダメなんだ」


「……まぁ、そもそも問題ありきの解決法ですからね、多数決は」


「そう、だね。でもそうするとどうやってレンを納得させればいいんだろう」


 ヒナギクはため息を吐いた。

 

 多数決によっての解決はNGとなったいま、明日の試合をどうすればいいのかという問題が生じてしまった。


 タマモとヒナギクは棄権で意見は一致している。レンだけは続行を希望している。


 その食い違いをどう解決すればいいのか。


「……ヒナギクさん」


「うん?」


「ヒナギクさんは、レンさんの意見を否定したとき、誇りがありましたか?」


「え?」


 タマモはヒナギクに「誇り」についてを尋ねていた。


 言われてすぐにはどういうことなのかがわからなかったヒナギク。


 だが、タマモが真剣な表情を浮かべているため、ヒナギクも真剣に対抗することにした。


「……そうだね。私は誇りと言うべきか、こだわりかな? 今回だけじゃなく、このバカが無茶をしようとしていたら私は止めることにしているんだ。そうでもしないと、このバカはずっと無茶をするんだよね。だから、このバカが無茶をしようとするときは、なにがなんでも止めるというのが私のするべきことだと思っているから」


 ヒナギクは真剣な表情を浮かべて言った。ヒナギクにもヒナギクなりの誇りというか、こだわりがあった。


 だが、タマモにはそんなこだわりはおろか、誇りはない。


 なのにどうしてレンを否定できるというのか。


 レンを否定できる要素なんて欠片も存在していないのに、その誇りを否定するようなことがどうしてできるのかと。そうタマモには思えていた。


「タマちゃんには、こだわりはないの?」


「……いまのところはないのです。ただ」


「ただ?」


「ただ、レンさんとヒナギクさんに無理をしてほしくないのです」


 ヒナギクとレンがいたから、いま自分はここにいる。そうタマモは思っている。


 だからこそふたりには無理をしてほしくなかった。


 ふたりには笑っていてほしい。それがタマモの嘘偽りのない気持ちだった。


「……タマちゃん」


「だからボクは決めました」


「なにを?」


「次の試合は──」


 タマモはヒナギクに対して「ひとつの宣言」をしたのだった。

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