91話 三者三様
「──ふぅ、お話はわかりました。つまりタマモさんからの迸る愛情を受け取った私、マジ最きょ──」
「──キモいのです。そもそもどうしていまの話を聞いてそういうことが言えるのですか、おまえは」
ぱぁんと運営の女性ことGMのソラの頬を迷いなく叩くタマモ。
普段のタマモを知っているプレイヤーであれば、その言動に目を疑うだろうが、相手はタマモに頬を叩かれても「ありがとうございます!( * ´ Д ` )」と恍惚顔を浮かべる思いっきりアレな人物である。
タマモ自身若干アレなところはあれど、自身を超えるアレな人物には素で引いてしまった。
若干アレな部分はあれども、一応感性はまともであるのだ。そう、若干アレな部分はあれども、感性だけはまだまともだった。
しかしタマモの目の前で絶賛正座中のソラは真性のアレだった。
ドストライクに攻撃を受けても笑顔でいられるような、それどころか「ありがとうございます!」と即答できるほどに、タマモはダークサイドに堕ちてはいないのだ。
はっきりと言えば、タマモにとってソラは未知との遭遇すぎて、過剰反応を示してしまっていたのだ。もっと単純に言えば、タマモにとってソラはただただ気持ち悪い存在だった。
人というのはいままでの価値観を覆すような存在には、攻撃的な姿勢になってしまうものだが、タマモにとってはソラがまさにそうなのである。
もっともタマモに攻撃をされて「ありがとうございます!」と言えそうなのはソラだけではなく、某ファーマーこと関西限定となったスナック菓子のキャラクターを彷彿させる某プレイヤーもいるのだが、そのことをタマモは知らない。
タマモにとって彼は「いい人」という印象であり、まさか自身に「はぁはぁ( * ´ Д ` )」としている「紳士」だとは考えてもいなかった。
だがいくらタマモ自身は考えていなくても、おそらく件のファーマーがここにいれば、柱の陰から「( * ´ Д ` )」と恍惚顔を浮かべていたことだろう。そして善意のプレイヤーによって間違いなく通報されていたというのは想像に難くない。
だが、今回ばかりはソラという身内がやらかしているため、運営側も強くは言えない。
むしろ「うちの真性のアレが申し訳ないです」と頭を下げそうなレベルなのである。
もっともソラだけではなく、運営側には「真性なアレ」はわりといるのがなんとも困り者である。
そしてそういう輩ほど得てして優秀であるのがこの世の常である。
天は二物を与えずと言うが、なぜそういう輩にそんな能力を与えられてしまうのだろうか、と運営のメンバーのうち、まだまともな面々は常日頃から思っていることだった。
もし通報されたとしても、そのまともな面々のうちの代表が言うとすれば、せいぜい「犯罪行為にあたることはしないでくださいね」と注意勧告するのが関の山であろう。
余談だが、別のプレイヤーがお説教部屋に連行されたさいに「それでも「紳士」なのか」と言ったのは他ならぬこのソラであった。
そのプレイヤーがいまのソラを見たら、「あのとき言われたことをそっくりそのまま返すぜ!」と言うであろうことは明らかだ。
もっともそれらはタマモの知らぬ幕間での話ではあった。
「……そろそろ話を進めよう?」
タマモとソラのやり取りを眺めていたテンゼンは若干蒼い顔をしていた。
真性のアレであるソラを徹底的に潰そうとしていたタマモだったが、お供のテンゼンの様子が優れていないところを見て、これ以上の折檻はやめて、話を進めようと決めた。
「とりあえず、こういう事情で「フィオーレ」は辞退したいのです」
「ふぅむ。たしかに現状では「フィオーレ」の出場は難しそうですね」
それまでの恍惚顔はどこに行ったのか、ソラはとても真面目な様子だった。
「……真面目になれるのであれば、最初からやってくれません?」
「えー、だってー、タマモたんと触れ合えるのに、真面目になんてやっていられないというかー」
「黙れ、雌豚」
ぱぁんと再びタマモのビンタが飛んだ。タマモの顔からは表情が抜け落ちていた。対するソラは「本当にありがとうございます!( * ´ Д ` )」と興奮していた。
「……もう本当にやだ」
そしてひとり項垂れるテンゼン。そんな三者三様の有り様を見せつつ、やはり話は進まなかった。