89話 元凶との遭遇
「──僕だったら、そのお仲間さんの気持ちを優先するってことさ」
テンゼンは笑った。その言葉を聞いてタマモは言葉を失った。だが、テンゼンは気にすることなく続けた。
「たしかに不利だと思うよ。するべき意味もないことだとは思う。だが、その願いを無視していいというわけではないだろう」
テンゼンの言うことはたしかに正しいとは思う。多数決のようなことにはなったが、そもそも多数決自体が問題を抱える解決法だった。
少数派の意見は完全に切り捨てられてしまうのだから、問題がないわけがない。
かと言って少数派の意見を尊重しすぎて多数派の意見を蔑ろにするのは、それはそれで問題が起きてしまう。
多数決という方法ではどうあっても問題を抱え込んでしまう。
それでも多数決というのは、数の差というわかりやすい形で決着が着く。
そのわかりやすい形での決着ということが多数決の魅力と言えるのかもしれない。そのせいで起こる問題を無視すれば、だが。
今回の場合は、傷つききったレンのためを思っての多数決だった。
レンのためというお題目はあるが、そこにレンの意思は介入されていない。
レンの意思は引き続き出場すること。しかし現在のレンの体ではそれはできない。
だからこそレンの意思は無視することが決まったのだ。
たとえレンの意思を完全に無視することになったとしても、これ以上レンに無茶をしてほしくなかった。
それがタマモとヒナギクの嘘偽りない気持ちだった。その気持ちをいまテンゼンは否定した。
しかし否定されても怒りはわかない。タマモ自身この解決法はどうかとは思っていた。
しかしそれでもレンがこれ以上傷つくところは見たくなかった。たとえレン自身に恨まれたとしても、だった。
「で、でもボクはこれ以上──」
「でももなにもない。たしかにいま退けば傷は負わないだろう。誰も苦しむところを見ずにすむだろう。将としての判断であれば、それが正しい。だが、傷を負わない勝利になんの意味がある?」
「え?」
テンゼンの言った意味がわからなかった。
傷を負わない勝利。実際にはそんな勝利などあるわけがない。
誰かが傷つき倒れるよりかは、誰も傷つかずに勝つことは望ましいはずだ。
そのことに意味がないなんてわけがなかった。
しかしテンゼンの口調だとそんな勝利には意味がないと言っているかのように聞こえる。いたずらに傷つく方がいいというのだろうか?
「言い方を変えようか。自軍は傷つかず、敵軍のみばかりが被害を浮ける。それはたしかに理想の戦いだろう。将としては自軍の被害を抑えることが一番の仕事と言える。しかしだ。時には被害を気にすること以上に優先するべきこともある」
「優先するべきこと?」
「誇りさ。自軍の情況もきちんと踏まえたうえではあるけどね。自軍の情況も踏まえたうえで通すべき誇りもあるということさ。そして今回はそういうことさ。君のお仲間さんは自身の誇りを懸けている。その誇りを君はどうする気だってことだよ。いや、君は君自身の誇りを懸けなくてもいいのかいと言うべきかな?」
「ボク自身の、誇り?」
「ああ。お仲間さんの誇りを否定してはいるけれど、君自身は、君自身の誇りを持ってそれを為しているのかい? 誇りを持たずに相手の誇りを否定する。それは決して褒められたことではないと僕は思うのだけどね?」
なにを言えばいいのか、わからなかった。
レンはその誇りを以て戦うと言っていた。
おそらくはヒナギクもまたその誇りを以てレンの誇りを否定した。
だが、タマモ自身はどうだっただろうか? タマモ自身はレンの誇りを否定できるなにかがあっただろうか?
「……」
「いや、少し意地の悪いことを言ってしまったね。ごめんよ。普通は、いや、普通の一般人は基本的にはそんな誇りなんて早々抱けるものじゃない。だから気にしなくてもいいさ」
テンゼンは笑っていた。笑いながらタマモには「誇り」がないと言っていた。その言葉にちくりと胸が痛む。テンゼン自身には悪気などないのだろう。しかしその悪気のないひと言がこれでもかとタマモの心を抉った。
「どうかしたかい、タマモさん?」
「……いえ」
だが、心を抉られてもどう反論すればいいのかがタマモにはわからなかった。わからないまま、テンゼンとともに一階にあるという受付へと向かって行く。
その間タマモは「誇りってなんだろう」と考えていた。
考えながらもついに一階にある受付にとたどり着いた。
受付には世界観と合っていないジャージ姿の眼鏡をかけた白髪の女性がいた。
まるで漫画のような瓶底眼鏡を掛けて、必死になにかしらの作業をしているようだった。
(あれが運営のひとりですかね?)
眼鏡をかけているせいで顔は見えないが、顔立ちはわりと整っているようだった。が、いまはそんなことを気にしている場合ではない。
「あの、すいません」
「はい? えっと、あなたは……あぁ、タマモさんですね!?」
「え? あ、はい、そうですけど?」
「この度は私どもの自慢のEKを存分に揮っていただき、誠にありがとうございます! どうですか、そのEKは? そのEKを設定したのはなにを隠そう、この私でありまして──」
立ち上がりながらタマモの手を掴むと、ぶんぶんと振り回してくれる運営の女性。しかしその言葉にタマモは固まった。そして──。
「お」
「お?」
「おまえが元凶ですかぁぁぁぁぁ!」
──腹の底からの雄叫びをタマモは上げたのだった。
まぁ、そうなるなという感じですね←




