88話 美形さんの苦労
大変遅くなりました。
誕生日だったので、ちょっと出かけていたら、散々な目に遭ったわけでありまして←汗
やはり、早め早めの準備は大切ですね。
真っ白な廊下を歩きつつ、タマモはちらりと振り返った。
「……誰もいませんね」
後ろを見やるも誰もいない。レンのことですっかりと忘れていたが、若干アレな人に狙われているのだ。アッシリアのおかげで撃退はできたが、そろそろ復活していてもおかしくはないころだった。
「ナデシコさんはいないようですね、よかった」
ほっと一息を吐くタマモ。タマモ自身のミスとはいえ、ナデシコに半ば襲われかけていたのだから、当然苦手意識というか恐怖の象徴のように思っても無理もない。
「……少なくともいまのところ誰かに尾行されている気配はないから、気にしすぎなんじゃないかい?」
「テンゼンさんにはわからないのです! あの人の恐ろしさが!」
隣を歩くテンゼンに噛みつきかねない勢いで叫ぶタマモ。そんなタマモに少しだけ引いたように苦笑いを浮かべるテンゼン。現在タマモはテンゼンとともに「闘技場」の一階にあるという受付にと向かっていた。「武闘大会」を棄権する手続きを行うためだった。
だが、なぜテンゼンとともに行動しているのかは実に簡単な話で、タマモの話を聞いたテンゼン自身が護衛をすると言い出したからである。
「……なんだか厄介なのに狙われているみたいだし、往復だけでいいのであれば一緒に行こうか?」
タマモの事情をかいつまんで聞いたテンゼン。そのときのテンゼンの表情はフードに顔のほとんどを覆われていたが、口元がいくらか引きつっていたのがなんとも言えなかった。
「タマモさんは厄介なのに好かれるタイプなのかい?」
隣を歩きながらタマモを見やるテンゼン。顔のほとんどは相変わらずフードで隠れてはいるが、わずかに見える目はとても穏やかだった。
(やっぱり、どこかレンさんに似ている気がするのです)
全体的にはわからないもののフードから見え隠れしている顏は、どこかで見覚えがあるものの美少女と言ってもいいレベルだ。ただその一方でどことなくレンの面影を感じさせる。
「どうかしたのかい?」
「え?」
「なんだか僕の顏をじっと見つめているようだったからね。見惚れでもしたのかな、と」
口元に手を添えながら、くすくすと楽し気に笑うテンゼン。その仕草はとても似合っていた。やはり美人さんは得だなぁと思うタマモだった。
「まぁ、そう言えばそうですかねぇ」
「え?」
「え?」
テンゼンはかなりの美形さんであるかららして見惚れていたと言っても間違いではない。だからこそタマモは頷いたのだが、その当のテンゼンはなぜか驚いてしまっていた。自分から見惚れていたのかと言ったくせに、頷いたら驚くというのは、いったいどういう了見だろうか。
「なんでテンゼンさんが驚いているのですか?」
「あ、いや、すまないね。まさか面と向かってそう言われるとは思っていなかったのさ」
「え、でもテンゼンさん自身が言ったんですよ?」
「そうだね。でもまさか頷かれるなんて思わないだろう?」
「それはそうかもしれませんけど」
「まぁ、タマモさんをからかうようなことを言った僕の落ち度だけどね」
ふふふ、とまた笑うテンゼン。その姿はやはりとても似合っていた。見た目が見た目なのできれいではなく、かわいらしいと思うが、それでも美人であることは変わらない。そう、変わらないのだが、どうにもテンゼンはなんとも言えない顔をしている気がしてならない。
「テンゼンさんは美人さんって言われていないんですか?」
「……まぁ、そうだね。一度も言われたことはないよ。まぁ、カッコいいとかは後輩の子に言われたことはあるんだけど」
「あぁ、そっちですか」
女性の中には後輩から「カッコいい」と言われるタイプもいる。莉亜などがそのタイプだった。本人曰く「同性にガチの告白をされてもねぇ」と困った顔をしていた。当時は「かわいい子に告白されてなにが嫌なんですか」と言ってはいたが、ナデシコという特殊な存在を経験したいまのタマモにとって、当時の莉亜の気持ちが痛いほどに理解できていた。
「……カッコいいと言われても困ることもありますよね」
「そうだね。悪い気はしないんだけど、なんかミーハー的な感じがしてどうにも受け入れがたいというか、趣味が合わないと言うべきか」
「ああ、なるほど」
ナデシコに「お姉様ぁぁぁぁぁ」と言われたとき、たしかに悪い気はしなかったのだ。ただあまりにも受け入れがたいものがあり、拒絶してしまった。いや、むしろあれは拒絶するのがあたり前と言うべきか。とにかくテンゼンの言う意味をなんとなくだが、理解できたタマモだった。
「テンゼンさんもなかなかに大変な目に遭っていたんですね」
「まぁね。モテるのは悪くないんだけど、もう少しこう慎みを持ってほしいところではあるんだけどね」
やれやれと肩を竦めるテンゼン。美人さんには美人さんなりの悩みもあるということか。なんとも世知辛いものだなと思わずにはいられなかった。
「それよりも、タマモさんは本当に「武闘大会」を棄権するつもりなのかい?」
「ほえ?」
「いや、「ほえ?」じゃなくてね?」
苦笑いするテンゼン。そんなテンゼンにどう言えばいいのか、と一瞬言葉を詰まらせるタマモ。
「さっきも言いましたけど、仲間のひとりがもう戦えなくなってしまったのです。いまのボクたちの戦力を踏まえると、これ以上は無駄に怪我をするだけかな、って」
「ふぅん。たしかにそうとも言えるかもしれないね」
「そうとも、とは?」
「僕だったら、そのお仲間さんの気持ちを優先するってことさ」
テンゼンは笑った。その言葉を聞いてタマモは言葉を失った。