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84話 ありがとう、ねえさま

「レンさんのお兄さんが?」


 レンをPKしたのが、レンの兄。ヒナギクからの説明に頭の中が真っ白になるタマモ。


(いったいどういうことなんでしょう?)


 普通に考えて兄が弟を斬るなんてありえない。


 戦国時代に別々の家に仕えて、敵同士だったというのであれば、まだ理解はできる。


 しかしいまは戦国の世でもなければ、レンとその兄が敵同士というわけでもない。


 仮にレンの兄がPKだったとしても、実弟を斬るなんてありえない。あるとすれば、兄弟間の仲がひどく悪かったということくらいだろうか。


 現実では完全にアウトどころか、人としてどうだろうとは思うことだが、ゲームであれば完全な理解はされないだろうが、まだ現実に起こるよりかはましだろう。


 もっともタマモにとって見れば、レンの兄がしたことは完全に人としてどうだろうとは思うことには変わらない。


「お兄さんとの関係は悪かったんですか?」


「そんなことないよ?レンもお兄さんも、3番目のお兄さんもお互いを大切にしていたもの。ふたりともいつもよく遊んでいたもの。私ともよく遊んでもらっていたし」


「そうですか」


 ヒナギクの話を聞くかぎりは、兄弟間の仲は悪いものではなかったようだ。むしろ良好と言ってもいい。


「……まぁ、時折レンがお兄さんの地雷を盛大に踏み抜いてしまって、真剣を持って追いかけられていたこともあったけど」


「……冗談、というか比喩ですよね?」


「……ご想像にお任せ、かな?」


 苦笑いするヒナギク。


 そんなヒナギクの言葉に固まってしまうタマモ。


「なにせ、よく「ダレカタスケテェェェ!」ってレンの叫び声とお兄さんの「置いていけぇぇぇ!」という声が聞こえていたからねぇ~」


「……なにを?」


「……それもご想像にお任せ、かな?」


 あはは、とヒナギクは笑う。笑うのだが、わりと笑えない内容だと思うのは自分だけだろうか、と思うタマモだった。


「まぁ、時々そういうヤンチャもあったけど、仲はすごくよかったよ。……ちょっとだけつまらないと思うくらいには、ね」


 ヒナギクの目がわずかに伏せられた。


 ほんのわずかにだが、ヒナギクの気持ちを感じとることはできたが、あえて見ないことにした。


 敗色濃厚であることはわかっている。わかっていてもなお認められないこともあるのだ。


 とはいえ、いまそれを見せるべきではないこともまたわかっていた。


 タマモはヒナギクの露になった感情を理解しつつも、あえて見てみないふりをした。


 そんなタマモを見ていないヒナギクは、レンだけを見つめながら淡々と続けた。


「だからこそ信じられなかったよ。レンのお兄さんがレンを斬るなんて信じることができなかった」


「……ヒナギクさん」


 レンの手を握るヒナギクの手の爪がより白くなっていく。


「斬られても死に戻るのはここになるみたいでね。戻ったときのレンはひどく荒れていた。ベッドのうえで泣きじゃくっていたよ。「ごめんなさい」って。「産まれてしまってごめんなさい」って。何度も何度も泣きながら謝っていた。私はそんなレンを抱き締めてあげることしかできなかった。レンになにも、なにも言ってあげられなかった!」


 ヒナギクの目尻から涙がこぼれた。一度決壊した感情を抑えられないのか、ヒナギクは次々に涙をこぼしていく。


「幼なじみなのに。大好きな幼なじみなのに、なにも言ってあげられなかった! レンの悲しみも苦しみも背負ってあげられなかった!」


 ヒナギクは泣いた。自分を責めながら泣いている。


(やっぱりヒナギクさんは、レンさんのことが)


 自責の念に駆られながら、レンを想う姿はただの幼なじみに向けてのものではなかった。


 それ以上の感情をはっきりと感じとれた。


「……ヒナギクさんのせいではないですよ」


「誰のせいとかじゃないの。なにもしてあげられなかったことが悔しいんだ」


「……たとえどんなに想っていても、その人のためにできることってほんのわずかなことなのです。基本的にはなにもできません。けど、その人のために泣いてあげることはできるのです。その人を想う涙こそが一番の手向けなのです」


「そんなこと」


「……そんなことはあるのよ、ヒナギクさん」


「え?」


 際限なく落ち込み続けるヒナギクを見て、タマモは従妹の希望と重ねていた。


(希望も落ち込むときは際限がないですからねぇ)


 際限なく落ち込み続けるヒナギクを見て、いてもたってもいられなくなった。しかし「タマモ」では無理のようだった。ならば「玉森まりも」としての言葉を掛けようと思った。


 その理由はタマモ自身にもわからない。


 わからなかったが、「玉森まりも」であれば、となぜか思えたのだ。


 そしてその感情にタマモは従った。


「さっきも言ったけど、あなたが泣いてくれることはきっとレンさんにとって救いだと思うの」


「なんで?」


「……堂々とあなたを嫁と言っているじゃない、レンさんは。その嫁が自分のために泣いてくれるのだから、きっと嬉しいんじゃないかしら? まぁ、泣かせてしまったことをあとで責めるでしょうけど、そのときはヒナギクさんが言ってあげればいいじゃない」


「なんて?」


「「嫁だから半分背負ってあげたの」ってね。夫婦というのはそういうものじゃない? 喜びも悲しみも半分に分け合う。挙式のときの誓いの言葉にはそんな一文があるじゃないの。だから分け合ったのだと言えばいいじゃない。一緒に乗り越えようと言えばいいじゃない。あなたがレンさんのことを本当に想っているのであれば、できると思うのだけど?」


 タマモはヒナギクに向かって笑いかけた。


 ヒナギクは顔を真っ赤にして俯いてしまう。その姿は従妹の希望と、子供の頃に見た希望の姿と不思議と重なった。


 だからだろうか? いまのヒナギクを見ても「かわいらしい」とは思うものの、それ以上の感情が沸き起こることはなかった。微笑ましさを感じつつ、タマモはヒナギクを見つめていた。


「……あの、ね」


「うん?」


「いまだけ、いまだけでいいから」


「なぁに?」


「「姉様」って呼ばせて、ほしいの」


 不意にヒナギクはとても小さく呟いた。囁きと言ってもいいくらいに、その声はとても小さなものであり、ささやかな願いだった。


 ただまさかの返事に一瞬だけ言葉を失うタマモ。


 ついさきほどまでナデシコというかなりアレな人物に迫られていたこともあり、ほんのわずかに時が止まってしまう。が、どうにか自分を奮い起たせてタマモは静かに頷いた。


 するとヒナギクはすぐにタマモの胸の中に飛び込んできた。


 いきなりのことで少し慌ててしまうタマモだったが、胸の中から泣き声が聞こえてきたことで慌てるのをやめた。慌てるのをやめて、ヒナギクの頭を撫でていく。ヒナギクは泣きながら「姉様」と何度も言っていた。


(……本当に希望を相手にしているみたいです、ね)


 かわいい妹分である希望。こうして抱き締めてあげたことは一度もない。


 けれど、頭を撫でてあげたことはある。初めて会った日に、まりもに懐きすぎて「帰りたくない」とだだをこねる希望の頭を撫でて宥めたことがあった。


 その当時の希望をタマモは思い出し、いまのヒナギクに重ねていた。


「……大変だったね」


「……うん」


「辛くもあったでしょうね。レンさんがレンさんのお兄さんに斬られるところを見ていたのだから」


「……うん」


「……でも頑張ったわね。逃げ出さずに見ていたんでしょう?」


「……う、ん」


「あなたは強いわね。そんなあなたに好かれているレンさんが羨ましいわ」


 ふふふ、と本音を口にしながら、ヒナギクを宥めていくタマモ。


 ヒナギクは泣きじゃくりながら、タマモにしがみついていた。


 レンの手を握っていた手は、いまタマモの上衣を握っている。その手を見て当時の希望をまた思い出してしまうタマモ。


「そんなこと、ない。私は弱いよ。なにもできないもん。なにもしてあげられなかったもん。……れんが、一番辛くて悲しいのに、なにもしてあげられなかったもん」


 ヒナギクの言葉が幼くなっていく。その際レンの名前を口にしていた。


(本当にレンさんのことが好きなんですね、ヒナギクさんは)


 常日頃からヤキモチばかりのヒナギク。でも口を開けば、レンはただの幼なじみだと言い切っていた。


 だが、ヒナギクの本当の気持ちは違うのだろう。


 ただの幼なじみなわけがない。


 ただの幼なじみであれば、こんなにも、自分のことのように泣きじゃくることなどない。

 

 それが意味することはひとつだけ。


(むぅ、失恋した気分ですね)


 諦める気など皆無だが、いまだけは、いまだけは、敵に塩を送るべきだろう。


「あなたは弱くない。いまは泣いてしまっているけど、弱くなんかないわ。あなたは強い子よ」


「でも、わたしは」


「……いまは少しだけ弱っているだけ。本当のあなたはとても強い子よ。でもいまだけは泣いていいの。レンさんが起きたときとびっきりの笑顔を浮かべられるようにいまだけは泣いていいのよ。だからいまだけは泣いていいの。その泣き声は私の胸がすべてしまうから。だから泣いていいのよ、ヒナギク」


 タマモは笑った。笑いながらヒナギクの前髪を掻き上げて額にキスをした。


 当時の希望をこうして送り出したように。ヒナギクにも「頑張って」というエールを込めてキスを送った。


 ヒナギクは泣きじゃくりながら、こう言った。


「……ありがとう、ねえさま」


 泣きじゃくりながらヒナギクは精一杯の笑顔を浮かべる。その笑顔はやはり当時の希望と重なっていた。

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