82話 事実上の敗退
ローズたちの後に続く形で、タマモは廊下を駆けていた。
隣には心配そうにタマモを見やるアッシリアがいるも、タマモはアッシリアを見ている余裕はなかった。
(嘘です。嘘に決まっているのです。レンさんが斬られたなんて、嘘に決まっています!)
ローズに言われたことを、「レンが斬られた」ということを頭の中で否定しながらもタマモは必死に走っていた。
レンを斬れるプレイヤーなどいるわけがない。
なにせレンはそれほどまでに強い。あれほどまでに強いレンを斬れるプレイヤーなどいるわけがなかった。
だが、そうなるとローズたちは嘘を吐いたということになる。
ローズたちが嘘を吐く。それもまたタマモには考えづらいことだった。
しかしそうなると、レンが斬られたのが本当ということになってしまう。
違う。ありえない。同じ言葉をタマモは延々と繰り返していた。延々と繰り返しながらもタマモは必死に廊下を駆け抜けていく。
やがて、タマモたち「フィオーレ」の控え室兼宿泊している部屋にたどり着いた。
部屋の前では、ガルドたち「ガルキーパー」とバルドたち「フルメタルボディズ」の面々が深刻な表情で立っていた。
「おぉ、嬢ちゃん。戻ったか、って、え?」
「な、なんで「褐色の聖女」がいるんだよ!?」
ガルドとバルドが慌てるも説明をしている時間さえ惜しかった。
「それよりもレンさんは!?」
「え、あ、まぁ、そうだな」
「心して聞いてくれよ」
ガルドとバルドはお互いに見やったが、レンの容態についてを伝えるのが先決だと思ったのか、いまひとつ納得してはいなかったようだが、表情を引き締めた。
「結果から言うと、レンくんはPKされた」
「レンさんが?」
バルドの言葉にタマモは信じられない気分になった。
あのレンがPKされた。
ローズたちが斬られたと言っていたが、その言葉をすぐには信じられなった。だが、どんなに信じられなくても現実は変わらなかった。
「ヒナギクの嬢ちゃんが言うには、見知らぬプレイヤーに不意を衝かれたということだった」
「見知らぬプレイヤーって、どんな人です?」
「それがわからねえんだよ」
「え?」
「ヒナギクちゃんがなにも言わないんだ。ただ見知らぬプレイヤーとしか言ってくれない。あの様子だと相手を庇っている風にも見えるけど、どうしてそんなことをするのかはさっぱりわからない」
「相手を庇っている?」
ローズの言う意味がいまいちわからなかった。
レンをPKした相手を一緒にいたはずのヒナギクが見ていないわけがなかった。
だが、ヒナギクは知らぬ存ぜぬと答えない。
いったいどういうことなのだろうか?
「いまはヒナギクさんのことよりも、レンさんのことを優先するべきじゃないかしら?」
アッシリアはあっさりと言い切ったが、その意見は間違っていなかった。レンのことはたしかに気にはなるが、いま大事なのはヒナギクのことよりもレンの方だ。
「それでレンさんはいま?」
「部屋の中にいるが、正直難しいな」
「難しい?」
ガルドがなにを以て難しいと言っているのかがタマモにはわからなかった。PKされたとはいえ、ゲームの中でのことなのだから大ケガを負ってしまったというわけではないだろう。
仮に重度のステータス異常があっても明日の2回戦には間に合うはず。となるとはたしてガルドの言う「難しい」とはどういうことなのだろうか?
「……なるほど、ね。たしかに難しそう」
「え?」
アッシリアはガルドの言葉を聞いて事情を察したようだった。
「あくまでも予想ではあるけども、「EKO」の場合、死亡した場合は基本的にはステータスが半減となるのだけど、その回復速度はとんでもなく遅いのよ」
「どれくらいですか?」
「4時間ほどね」
「4時間も」
たしかにステータス半減が4時間というのはかなり長い。長いが、明日の朝には回復している。であれば、なんの問題もないはずで──。
「そう、現実世界での、ね」
「……え?」
現実世界での4時間。それは本来の「EKO」のログイン制限時間と同じだった。
「仮にログインしてすぐに死亡した場合、そのログイン中はステータス半減は解除されないという仕様なのよ」
「だから死亡した場合、事実上ログアウトするしかなくなるわけだ」
「生産をしようにも生産に必須のDexも半減しているわけだから、まともな評価のアイテムなんて作れねえからな」
「だから死亡した=ログアウトというのが、このゲームでの常識のひとつさ。まぁあくまでもベータテスト時の仕様ではあるけども、そこら辺はたぶん変わっていないと思うよ」
「じ、じゃあ、ゲーム内時間を加速させているこのイベント中は──」
「……当然、ステータス半減は解除されないはずよ」
アッシリアはまぶたを閉じながら、はっきりと言った。
このイベント中レンのステータス半減が解除されないということは、これ以上のレンの参戦は不可能ということになる。仮に出たところでいままでのような活躍はできるはずもない。
3人しかいないメンバーのひとりが参戦できない。それも主軸のレンがだ。ただでさえ痛すぎるというのに、レンが参戦できないというのは、完全に致命的だった。
「じゃあ、ボクらは」
「……事実上の敗退ということになるね」
ローズが顔をそらした。その言葉にタマモは頭の中が真っ白になるのだった。