80話 告げる言葉
観客席にはもう誰も残ってはいなかった。
NPCらしき人たちが籠を背負って周辺に落ちていたゴミを拾い歩いていた。
ゲームの中とはいえ、ゴミを置いて行くのはマナー違反にもほどがあるのだが、すでにゴミを置いて行ったプレイヤーが誰なのかは判別できない。
「……ゴミを置いて行くのは人としてどうかと思うのだけどね」
「ですね」
タマモの隣に立っていたアッシリアは小さくため息を吐いていた。
その顔はいつものようにフード付きの外套に覆われているため、真正面からじゃないとその表情を伺うことはしづらいが、口調からして呆れているというのはなんとなくわかった。
実際タマモ自身もアッシリアと同意見なのだから。
「ゴミというのはどこにでも落ちてしまっているものなんですねぇ」
「大量に人が集まれば自然と出てしまうものよ。実際高校の頃の文化祭とかそうだったじゃない?」
「あぁ、そう言えば」
高校生活の華とも言える文化祭。
それぞれのクラスや部活の特色が出やすいものだが、その分だけ後片付けが大変なものだった。
特にゴミ関係は口が酸っぱくなるほどに徹底的に言い包めていたはずだったのに、ちゃんと分別を守ってくれたクラスや部活はほとんどなかったのだ。
そのときもアッシリアはかんかんに怒っていたものだったが、当時のタマモは「お祭りでいろいろとテンションが上がりすぎてしまうのは無理もないことだ」とアッシリアを宥めたものだったが、それでもアッシリアの怒りが治まっていなかったのは記憶に新しい。
「あのときはかんかんに怒っていましたよねぇ」
「……だってあれだけ言い聞かせたはずだったのに、分別をまともに守っていなかったクラスや部活ばかりだったし。人の話を聞いているのかって気にならない?」
「まぁ、なりますけどねぇ。ボクらだってそれなりには楽しませてもらったわけですし。あまり上から押し付けてもかわいそうですからね」
「そういうところが甘いって言っているのよ。昔からそうじゃない。そうやって甘いことばっかり言うから、つけあがる連中を徹底的につけあがらせちゃうのはあんたの悪い癖よ?」
「そういうアッシリアさんだって、昔から後で「言いすぎちゃったかなぁ?」って際限なくへこんでしまうじゃないですか。昔から思っていましたけど、後でへこんでしまうのであれば、最初からもっと優しく行ってあげればいいと思いますよ?」
アッシリアもタマモも高校生の頃の文化祭の話から、昔からお互いに感じていたそれぞれの悪癖についての話にと移り変わっていた。
だが、そうして話の内容を移り変えても、お互いに困惑する様子はない。
幼なじみでかつ親友であるがゆえに、お互いの思考はなんとなく理解できるのだ。
だからこそタマモもアッシリアもいきなり内容が移り変わっても困惑することなく話を続けられていた。
「……おかしいですねぇ」
「うん?」
「アッシリアさんと再会できたら、いろいろと言おうとしていたことがあると思っていたんですけどね」
「……私も。タマモに会ったら、いろいろとお小言を言ってやろうと思っていたんだけどねぇ。忘れちゃった」
ふふふ、とアッシリアが笑う。ナデシコに拉致されたカフェテリアで改めて再会の挨拶をしたときは、おたがいに本名とあだ名を言い合ったタマモとアッシリアだったが、よくよく考えてみれば、不特定多数の前でお互いの現実での呼び名を口にし合うのはまずいかと思い、こうしてふたりそろってゲーム内でのプレイヤーネームを口にし合っていた。
「……やっぱりアッシリアさんと一緒にいるのが一番落ち着くのですよ」
「……あんたさぁ、それわりと殺し文句みたいに聞こえるからやめた方がいいと思うよ?」
「で、でも、アッシリアさんなら大丈夫ですよ、ね?」
「……まぁ、一応は」
アッシリアの思わぬひと言に動揺するタマモ。
そんなタマモを見てなんとも居心地の悪さを感じるアッシリアだった。
だがそんな空気もすぐに霧散していつも通りに笑い合うタマモとアッシリア。
その様子はまさに長年の友人同士だというのがわかるやり取りだった。
「……そう言えば」
「うん?」
「真っ先に言おうと思っていたことを忘れていました」
「なにかあったかしら?」
「うん。ボクにはあるのです」
「……気にしなくてもいいのに」
「親しき仲にも礼儀ありです。それにボクだって半年で成長したのですよ?」
「そうね。では、お願いします」
「はい。任されたのです」
アッシリアが笑う。その笑顔を眺めつつ、タマモは大きく深呼吸をした。
決めていたことだった。
アッシリアっと、莉亜に再会できたら絶対に言おうと決めていたことだった。
だからこそタマモは迷うことなく、その言葉を告げることができた。
「いままでごめんね、アリア」
「……気にしていないよ、まりも。このくらいでへこんでしまったら、あんたの親友なんてやっていられないからさ」
アッシリアは笑う。その笑顔を見て、「あぁ、戻って来てくれた」とタマモ、いや、まりもは心の底から思えた。
まりもは自然と笑っていた。それはアッシリア、いや、莉亜も同じだった。それぞれの目の端に光るものを浮かべながらもお互いに笑い合う。
「聞いてほしいことがあります、アリア」
「私もまりもに聞いてほしいことがいっぱいあるよ」
ふたりはまた笑った。笑いながらお互いに経験したこの半年間のことを口にしていく。
いままで会えなかった時間を埋めるようにしてふたりはただ笑い合って、それぞれの経験した半年間のことを話し続けたのだった。




