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78話 ナデシコの暴走←

「──そもそも回りくどいのよね。いくらアッシリアさんを奪還するためというのはわかるのだけど、それにしてはちょっとやりすぎな気もするのよね。もっとやりようはあったと思うの。というか稚拙すぎたと思うのよね。だからこそアオイさんにあんな風にあしらわれることになったわけであって──」


 ナデシコへの攻撃を始めたタマモだったが、攻撃を始めてしばらくして、違和感を憶えた。


(あれ? この人、なんで黙っているんでしょうか?)


 攻撃を始める前までは、いや、攻撃を始めてしばらくしても無駄とはいえ抵抗をしていたはずだったのだが、不意にその抵抗が消えてなくなった。


「ふふふ、どうしたのかしら? さっきから黙りっぱなしだけど?」


 笑いながらタマモはナデシコに声を掛ける。


 だが、ナデシコは顔を俯かせているだけで、それ以上の行動を取ろうとはしていなかった。


 少しやりすぎてしまっただろうかとタマモが考え始めた、そのときだった。


 それまで俯いていたはずのナデシコが不意に顔を上げたのだ。


 しかしその顔はとても笑顔だった。そう、清々しいほどに怖い笑顔を浮かべていた。


(な、なんでしょうか、この人? 妙に笑顔が怖いというか、生き生きとしているというか)


 ナデシコの笑顔に背筋が寒くなるタマモ。しかし動揺を顔に出すことなく、このまま攻撃を続けようとした、そのときだった。


「……様」


「うん?」


 ナデシコが笑顔のままでなにかを言った。ただ、その言葉はあまりにも小さすぎてよく聞き取れなかった。


「ごめんなさい。もう一度言ってもらっていいかしら?」


 タマモはナデシコに耳を近づけた。


 しかしその行動が完全に悪手であったことをこのときのタマモは知らなかった。


 いや、身を以て知ることになるのだが、このときはまだ、このあと大惨事が起こることになるなど考えてもいなかった。


 だからこそ無防備にナデシコにと近づいてしまったのだ。


 そうしてタマモがナデシコに近づいたのと同時に、ナデシコの目がキラリとたしかに光った。そして──。


「お姉様ぁぁぁぁぁ!」


 ──ナデシコは突然の咆哮の後にタマモを全力でハグした。


 その顔はヘヴン状態とでもいうべきか、とても恍惚とした、それはそれはとても幸せそうな笑顔だった。


 しかし幸せなのはナデシコだけであり、当のタマモにとっては──。


(ふぅむ。和装特有の生地の厚さでわかりづらかったですが、これはなかなかのものをお持ちなのです!)


 ──いや、タマモ自身もそれなりに状況を楽しんではいた。楽しんではいたが、状況を理解できないこともまた事実であった。


(むぅ。なかなかのお胸には触れられましたが、状況はまるでわからないのです。というか、いまこの人ボクのことをなんて言いましたか?)


 聞き間違いでなければ、ナデシコはたしかにタマモのことを「お姉様」と呼んでいたはずだった。


 しかしナデシコに「お姉様」と呼ばれる所以も筋合いもない。そもそもなぜ「お姉様」になるのかがわからない。


(希望でもあるまいし、ボクみたいなのを「お姉様」と呼ぶ理由がわからないのです。かと言ってこの人が希望であるわけがないですし)


 従妹である希望はたしかに暴走しがちではあるが、ナデシコよりかはまださっぱりとしている。


 むしろナデシコに問題がありすぎるだけなのかもしれないが、タマモにとってはナデシコよりも希望の方が好感を持てるのだ。ゆえにナデシコが希望ということはありえない。


 となると、ナデシコはなぜタマモを「お姉様」呼びしているのかがわからない。


 そもそも「お姉様」と呼ばれるようなまっとうな人間ではないし、そもそも罵倒という名の攻撃を加え続けられた相手を「お姉様」と呼ぶその趣向はどうだろうとタマモには思えてならない。


「え、えっと、どういうことです?」


「ふふふ、お姉様はお姉様ですよ」


 きらきらとした目でなんとも理由になっていないことを言ってくれるナデシコ。


 そういうことを聞いているんじゃないと言いたくなったタマモだったが、言いたくなる気持ちをぐっと堪えてできるかぎりにこやかに笑って言った。


「えっと、ですね。ボクが言いたいのはそういうことじゃないのです。なんでボクをお姉様と呼ぶのかと」


「罵倒されたからです!」


「……」


 ナデシコのあんまりな返事にタマモは言葉を失った。だが、そんなタマモの心境を完全に無視してナデシコは続けた。


「お姉様に罵倒され始めたときは、口答えをしてしまいましたが、よくよく考えてみればあの罵倒はお姉様からの愛情の証だと気付いたのです」


「……はい?」


「なにせ出会ったばかりの相手に、あれほどの熱のこもった罵倒ができるということは、お姉様からの愛情ゆえのものだということだと愚考いたしました。つまりあれは一種のプロポーズに違いない、と!」


「……」


 クワっと目を見開きながら、なんとも言えないことを熱弁するナデシコ。


 タマモ的には「どうやったらその答えに至れるのだろうか」とナデシコの発想を理解できなかった。


 理解できないまま、ナデシコの、ナデシコによる、ナデシコのための独壇場は続く。


「ですが、私はまだお姉様と出会ったばかり。そんな状態でプロポーズなど受けてもお姉様に失礼かと思ったのです。受けるのであれば、お姉様のことをしっかりとよく知ってからではないと。とはいえ、許嫁などというのはさすがに重すぎますので、最初は「お姉様」とお呼びさせていただいて距離を縮めていこうと考えた所存でございます!」


 ナデシコは鼻息を荒くしつつも言いきった。その言動に再び言葉を失ったタマモ。


 だが、タマモが言葉を失っても状況は変わらない。むしろ黙っている間にどんどんと状況は悪化してしまっていた。


「ゆえに、不束者ですが、よろしくお願いいたします、お姉様!」


 目をきらきらと輝かせながら、なんともおかしなことを言い募られてしまうタマモ。だが、反論しようにもナデシコの暴走は止まってくれそうにはなかった。


(……完全にやらかしました)


 タマモはやりすぎたことを自覚した。しかし自覚してもすでに時遅しである。


(どうして世界はいつもこうじゃなかったことばかりなんでしょうね)


 遠くを眺めながらタマモはすり寄ってくるナデシコのぬくもりを感じながらされるがままになり、現在にと至るのだった。

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