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76話 ナデシコの失敗

 十分前──。


「──という具合でアッシリアさんとは出会ったのです」


 タマモはナデシコへとアッシリアとの出会い(嘘)を話していた。


 その内容はつい先日困っていたときに、たまたま出会った親切なプレイヤーというものであり、実際の幼なじみだということは完全に伏せていた。


 もっともゲーム内ではまだ出会って2日であり、仕込みの手伝いをしてくれた親切なプレイヤーであることには間違いない。


 完全な真実ではないが、完全に虚偽というわけではなかった。


 嘘を吐いていることには間違いないが、その嘘を嘘だと断定する証拠がナデシコにはなかった。


 そもそもナデシコにしてみれば、タマモが自身を騙す理由がないと考えている。


 それどころか、タマモの本性に気付いてさえいないため、タマモの話を疑おうという考え自体がなかった。


 もっともナデシコにしてみれば、タマモの話をすべて鵜呑みにするつもりはなかったのだ。


(このくらいの年齢の子であれば、年上の方のお顔などちゃんと覚えていない可能性もありますからね。そもそもアッシリア姉様ならお顔を隠していそうですし、確定的な情報が得られるかは怪しいですね。話半分というところにしておきましょうか。しかし大したことない出会いですね。これは望み薄ですかね)


 もともとタマモに接触したのはわずかでもアッシリアを取り戻すための情報を得られるかもしれないという可能性があったからだった。


 だからこそ、ナデシコみずからタマモに接触した。それだけのことだった。


 しかしナデシコみずからが出た割にはタマモからの情報は大したことがないものだった。


 これだけのもののためにわざわざみずから出たのかと思うと少しだけため息が出そうになる。


 とはいえだ。タマモたち「フィオーレ」を仲間に入れられるのであれば、これ以上とないプラスとなる。


 最良はアッシリアを取り戻したうえではあったが、今回は「フィオーレ」を仲間に入れられることでよしとしようとナデシコは考えていた。


 だが、ナデシコはこの時点でミスを犯していた。


 それはタマモを前にしているというのに気を抜いてしまったということ。


 ほんのわずかなことではあったが、それが致命的な隙を生じさせていた。


 その隙を見てタマモの口元が大きく弧を描いた。


 だが、タマモの変化にナデシコは気づかない。


 気付くことなく次なる策略を練ってしまっていた。そのことが完全に悪手であったことを、彼女はこのすぐ後に知ることとなった。


「ところで、ナデシコさん?」


「あ、はい。なんでしょうか?」


 アッシリアを取り戻すことからタマモたち「フィオーレ」を仲間にすることに策略をシフトさせようとしていたナデシコにとタマモはニコニコと笑いながら話しかけた。


 ナデシコは少しだけ慌てて返事をしたが、その際わずかな引っ掛かりを感じ取った。


(あれ? なんかこの子、さっきまでと笑顔が違うような?)


 さっきまでの笑顔とはなにか違う。ナデシコはタマモのわずかな違いに気付きはした。だが──。


(気のせい、ですかね? こんな幼い子が演技なんてしているわけがないでしょうし)


 ──あまりにもわずかな違いすぎて、気のせいだとナデシコは考えてしまった。


 実際は目の前にいるのは腹黒な悪魔だということにまで思い至らなかった。


 そんなナデシコの思考を読み取ったタマモはわざと口元を大きく歪めて笑った。


 はっきりとナデシコが視認できるようにである。


(え? なにその悪魔じみた笑顔?)


 突如として笑顔が大きく変わったタマモに思考が止まるナデシコ。


 だが、ナデシコの思考が止まったからと言って、タマモが手を緩めなければならない理由はなく、タマモの攻撃は始まった。


「アッシリアさんを取り戻すことから、ボクたち「フィオーレ」をお仲間にしようということにシフトチェンジするのは、ちょっと尻軽すぎませんかね?」


「な!?」


 タマモの発したひと言に言葉を失うナデシコ。


 まさか考えを読まれているなど考えてもいなかったのだ。


 ゆえに言葉を失ってしまった。


 だが、タマモにとってみればナデシコの考えなど簡単に読めてしまっていた。


「なにを驚いているのですか? あなたの考えが読めないとでも思っていたのですか? そんな開いた本みたいにわかりやすい態度を取っておいて、よくもまぁそんなことを考えられますねぇ?」


 にやにやと笑いつつ、ナデシコを責め始めるタマモ。


 そんなタマモを敵意を込めて睨み付けるナデシコだが、心中の動揺が激しすぎて、思考をまとめることができずにいた。


 だが、そんなナデシコのことなどおかまいなしにタマモは続けた。


「あれれれ~? なんですかぁ~、その目は? 正義の存在であるPKKをまとめる人がそんな目を向けていいんですかねぇ? いやいや、そんなことをするわけがないですよねぇ~? だってPKさん方を「悪」とはっきりと言う人たちがぁ~、そんな怖い目をボクみたいなか弱いプレイヤーに、PKでもなんでもない、一般プレイヤーにするわけがありませんよねぇ~?」


「そ、それは」


 動揺して睨み付けはした。ただ睨みつけるだけであれば、まだよかった。


 しかし動揺したためか、ナデシコは敵意を込めて睨み付けてしまった。


 相手がPKであれば問題はない。しかしタマモは一般プレイヤーである。


 そのタマモに対して敵意を込めて睨み付けるなど、PKKのするべきことではないということは、ナデシコにもわかっていた。


 加えてタマモがわざと声を大きくしたことで、周囲の視線が集まってしまっていた。


「どうしましたぁ~?」


 ニコニコと笑い続けるタマモ。非常に腹が立つ笑顔ではあったが、PKではない一般プレイヤーに対して、それもこれと言って問題行為を起こしたわけでもないタマモに対して、下手なことは言えなかった。


(注目されているとはいえ、ここで逃げだせば掲示板でなにを言われるのかわかったものではありません。むしろ逃げだせば私がこの子に横柄なことをしてしまったと認めるようなものですよね)


 ナデシコにとってはすでに撤退案件ではあったが、ここで撤退してしまえばPKKのトップである自分が一般プレイヤーに対して、それも見ためがかわいい幼女相手に横柄なことをしてしまったという噂が立つ。


 タマモが言うようにPKKは正義の存在と見られている。


 実際ナデシコが率いている「ザ・ジャスティス」はその名の通り、正義の存在である。


 その正義を率いるナデシコが一般プレイヤーに横柄なことをしたなどという噂が流れるのは非常にまずい。


(て、撤退したいですけど、したいですけど、ここは受けて立つしかないですね)


「……な、なんでもありませんよ。タマモ殿、少々お声が大きいですよ? 淑女として少し声を潜められては?」


「あぁ~、そうですねぇ~。さすがは「ザ・ジャスティス」のマスターさんですねぇ~。普段から正しいことをされているんですねぇ~。うんうん、さすがはナデシコさんですね、いよ、最高のPKK!」


「は、ははは」


 ナデシコは笑った。その笑顔が引きつっていることに気付いたが、笑う以外どうしようもなかった。


 なにせタマモは決してナデシコを貶してはいないのだ。むしろ褒めてくれている。


 褒めてくれているが、わざわざほかの客にも聞こえるように大きな声で言ってくれていた。


 おかげでここにいるのが「ザ・ジャスティス」のマスターであるナデシコだということをほかのプレイヤーたちに知られてしまった。


 名前さえ知られていなければ、どんな噂が立っても言い訳はできるのだ。


 知らぬ存ぜぬと躱せる。


 だが、名前を知られてしまった以上、正攻法で戦うしかできなくなってしまった。


 下手に脅しをかけることなどできなくなってしまったのだ。


 それも見ためとは裏腹に腹黒なプレイヤーに、相手はなにを仕掛けて来るかわからない相手に正攻法で立ち向かうしかなくなってしまったのだ。


(し、失敗でしたね。こんなことならここに誘わなければ)


 撤退することも反則もできない。いや、反則どころか、下手な攻撃さえもできない。


「幼女相手に大人げないことをPKKのトップがしていた」なんて言われかねない。


 ナデシコにできることはただ耐えることだけになってしまっていた。


(お、落ち着きなさい、私。相手はただの幼女です。そりゃたしかにほぼ詰みに近い状況にまで追い込まれていますが、それでも相手は幼女なのです。そんな相手の攻撃など大したことが──)


「さて、そろそろナデシコさんも現状を理解できたことでしょうし、準備運動はここまでにしておきましょうかね?」


「じゅ、準備運動?」


「はい。ここからは──」


 ニコニコとしていたはずの笑みが不意に変わった。目はすっと細められ、とても鋭い視線になり、その目自体もとても剣呑な光を宿している。口元は相変わらず大きく弧を描いているのが、唯一変わらない。


 そう、口元は変わっていない。変わっていないが、その口元がなによりも恐ろしいと感じてしまうナデシコ。そしてその口元から恐怖のひと言が発せられた。


「──存分にかわいがってあげるわ、覚悟してちょうだい、お嬢さん?」


 それまでの幼い口調からいきなり大人びた口調へと変わった。そのひと言に思わず体を震わせてしまうナデシコ。それこそ悲鳴を上げたくなるような恐怖をナデシコは感じていた。そして思った。


(あぁ、狩られる側は私だったのですね)


 狐という狡猾なハンター相手に不用意に近づきすぎた自身の失敗を悟ったのだった。

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