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72話 襲撃

 タマモと別れてすぐにヒナギクとレンは中庭へと向かっていた。


「あの人は騒がしい場所にいるわけがない」


 ヒナギクからテンゼンの話を聞いたレンは、真っ先に中庭へと向かったのだ。


 そのとき、レンは少しだけ胸を高鳴らせていた。


(3年ぶりに会えるんだ)


 ヒナギクから話を聞いたときは、素直に驚いた。


 だが、驚きよりも嬉しさが勝った。


 3年も会えていなかった最愛の家族のひとりとゲームの中でとはいえ再会できる。


 レンの胸は中庭に向かうにつれて高鳴って行った。


「ヒナギク、早く、早く!」


 中庭へと駆けながら、レンはずいぶんと距離の空いてしまったヒナギクを急かした。


 レンに急かされたヒナギクは「待ってよ」と叫ぶもレンの足取りは軽かった。


 いや軽すぎていて、ヒナギクを待つことなく駆けてしまっていた。


 そんなレンを追いかけながら、ヒナギクはひそかな胸騒ぎを感じていた。


(テンゼンさんは、「レンを斬る」って言っていた。でもあれは冗談、だよね? だって私の知っているテンゼンさんはそんなことをする人じゃないもの)


 ヒナギクが知っているテンゼンは、レンを心の底から愛していた。


 もっとも剣術の稽古をするときは、鬼のように厳しい人だったが、それ以外のときはとても穏やかで優しい人だった。


 それこそレンが上ふたりの兄よりもテンゼンに懐くのも無理がないほどにだった。


 時折冗談で「私にちょうだい」と言ったことがあったが、その際レンは本当に怒って言っていた。


「絶対にあげねえ! だって俺の──」


 普段ヒナギクに対して歯をむき出しにするどころか、怒ることもないレンがそのときばかりは本気で怒っていたのだ。


 本気で怒りながらテンゼンにしがみついていた。当のテンゼンは苦笑いしながら「そんなことを言っているとノンちゃんに嫌われるぞ?」と言っていた。


 そのテンゼンの言葉にレンは大いに慌てていた。もっとも慌てていたのはレンだけではなく、ヒナギクも同じだったのだが。


 その際もテンゼンはいつものように穏やかに笑っていた。その笑顔はとてもではないが、作り物のようには思えなかった。


 だが、そのテンゼンが言ったのだ。レンを斬る、と。どうしてそんなことをテンゼンが言い出したのかはわからない。わからないが、なにかしらの事情があることはわかる。


(事情がなければ、テンゼンさんはそんなことを言う人じゃない)


 あの優しかったテンゼンがレンに対してそんなことを言うとは思えない。


 なにかしらの事情があるに決まっていた。


 だからその事情を聞くまでは、テンゼンに言われたことをレンに話さないようにとヒナギクは決めていた。


 だが、そのことが結果的にレンを追い詰めることになるとは、このときのヒナギクは考えてもいなかった。


「よし、到着!」


 中庭にたどり着くとレンは周囲を見渡していた。


 中庭は雑木林を中心にした緑あふれる場所であるのだが、それ以外はなにもないため、ほとんどのプレイヤーには見向きもされていない場所だった。


 そのためレンたちがたどり着いたときも誰もいなかった。


 だが、レンもヒナギクもここにテンゼンがいるという確信を持っていた。


「ヒナギク。俺は周辺を見回るから、ヒナギクはそこの雑木林の中を見てもらっていいか?」


 テンゼンが中庭にいることは確信していても、どのあたりにいるのかまではわからなかった。


 であれば、二手に分かれてテンゼンを探すのが手っ取り早いとレンは考えた。


 レンに追いついたヒナギクはレンの指示に頷き、レンが指さした雑木林を進んだ。その間にレンは雑木林の周囲を巡ることになっていた。


「とりあえず俺もぐるっと一周したら雑木林の中に入るから、ヒナギクはその間雑木林の中を頼むね。反対側にたどり着いたら、戻って来てくれ。その頃には俺も一周しているだろうから」


「つまり合流はここってこと?」


「うん。ここならわかりやすそうだし」


「わかった。じゃあ、また後でね」


「うん。また後でな」


 レンはそう言って雑木林の縁に沿って歩き始めた。


 ヒナギクは言われた通りに雑木林の中に足を踏み入れた。


 雑木林の中は少し鬱蒼としていたが、真っ暗と言うほどではなかった。


 それにゲームの中であるのに加え、「武闘大会」というイベント中だった。


 この雑木林の中で新種の生物やらレイドボスがいきなり登場するなどはありえない。


 だからこそレンもヒナギクも特に警戒することなく、雑木林の中の探索をするのに二手に分かれていた。しかしそれは完全に悪手だった。


 ふたりにとってテンゼンは味方というよりも身内だった。そのため警戒するという感覚がまるでなかったのだ。そのことをテンゼンが逆手に取るとは考えてもいなかった。だからそれは起きた。


「やぁ、ノンちゃん」


 雑木林の中程にたどり着いたとき、不意に頭上から声が聞こえてきた。


 ヒナギクが顏を上げるよりも早く黒いなにかがヒナギクの視界を通りすぎた。


 通りすぎたなにかを確認しようとしたときには、ヒナギクは空を見上げていた。


 宙に紅いエフェクトが舞っていた。エフェクトを確認するのと同時にひどい痛みに襲われていた。


「わざわざ「獲物」を連れてきてくれて、ありがとう。とても嬉しいよ」


 後ろ向きに倒れ込むよりも早く、黒いなにか──黒い外套を纏ったテンゼンは笑いながら言った。その言葉を聞きながらヒナギクは「レン」と弱々しい声でレンを呼んだのだった。

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