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71話 怒れるレン

 途中で過激なセリフがありますので、ご注意ください。

 タマモとナデシコがそれぞれの思惑を巡らせているのと同時刻、闘技場の敷地内にある中庭の一角──それなりに高い木々に覆われた静かな一角からは、雰囲気にそぐわない剣戟の音が聞こえていた。


「くそっ!」


「……相変わらずの猪剣術だな。この3年間おまえはなにもしていなかったのか?」


「うるせぇっ!」


 剣戟を奏でていたのは、レンと個人戦を圧勝していたテンゼンだった。


 だが、剣戟と言ってもレンには余裕は一切なく、自身のEKである「ミカヅチ」を両手でこれでもかと握りしめながら一撃一撃を全力で振るっていた。


 対してテンゼンはレンの攻撃を片手で握る刀だけで、店売りしている安い刀だけで対処しており、自身のEKを出す雰囲気はなかった。


「まったく、ボクは安売りの刀しか使っていないんだぞ? ランクで言えばコモン程度だ。そのコモンの刀で抑えられる程度なんて。おまえの3年間はなんの意味もなかったんだな?」


「3年、3年ってうるせえんだよ! あんたこそ3年間でヤキが回ったんじゃねえのか!? 3年前のあんたなら、俺はとっくに地面とキスしているっつーの!」


 テンゼンとレンはそれぞれに軽口を叩いていた。テンゼンは嘲笑としながら、レンは怒りを込めながらお互いに言いたいことを言い合っていた。


「ヤキが回るとは、よく言えたな、レン。EKさえもまともに使っていないボクに一方的に抑え込まれている分際で」


「うるせえ! こちとら、あんたがEKを使わねえから手加減してやっているんだよ! さっさとEKを出しやがれ! 叩き斬ってやる!」


 テンゼンの嘲笑にレンは歯をむき出しにして唸っていた。


 普段のレンであれば、ここまで怒りを露にすることはない。

 

 しかしいまのレンは自分を抑えることができなくなっていた。


「よくも、よくもヒナギクを!」


 レンは殺意に近い激情をテンゼンへと向けていた。その視線の先には、テンゼンの背後には、胸に赤い線を走らせたヒナギクが倒れていた。


「朦朧」の効果が発動しているのか、ヒナギクはとても弱々しい呼吸で「レン」と呟いていた。


 しかしレンがヒナギクの元へ駆け寄れないようにテンゼンが阻害していた。


 その光景はその日の「フィオーレ」の試合内容にわずかに似ている。


 ただしヒナギクを背にしているのがレンからテンゼンとなっているうえに、ヒナギクが大ダメージを受けているという違いはあれど、見ようによっては同じだ。ただ方向性が異なるというだけのことである。


「ふふふ、どうだ? おまえのくだらない理想をめちゃくちゃにされた気分は? これがリアルならノンちゃんを犯すこともできたんだが、ゲームでよかったな、レン?」


「黙れ!」


 レンは叫びながらミカヅチを振り下ろした。だが、テンゼンはそれを片手で防いでしまう。それどころか空いているもう片方の手で鞘を握るとがら空きのレンの腹部にと鞘を叩き込んだ。


「っ!」


 レンが顏を顰めるも、テンゼンの攻撃は止まらなかった。腹部に叩きこんだ鞘をそのまま走らせ、レンの顎を打ち上げたのだ。


(見えているのに反応できねえ)


 腹部に鞘を叩きこまれたのも、その後に顎を打ち上げられたのもすべて見えていた。すべて目で追えていた。


 だが、目で追えても体がついて来なかった。試合が終わって10時間以上は経過しているが、「フルメタルボディズ」の総攻撃を喰らったダメージは完全に抜けていなかったのだ。


 結果目では追えても反応が間に合わず、テンゼンに顎を打ち上げられてしまった。レンの意識は少しだけ遠ざかった。


「その程度で終った気になるな」


 意識が遠ざかり始めたレンへとテンゼンはさらに追撃を仕掛けた。


 打ち上げた鞘を持つ手を、くるりと回転させ、レンの脳天へと振り下したのだ。


 やはり一連の動きは見えていたが、体がついて行かなかった。テンゼンの一撃を再び直撃してしまったレン。


「レンっ!」


 ヒナギクが悲痛そうな声を上げるも、レンは答えられない。レンは地面に膝を着けてゆっくりと倒れ込んでいく。あと少しで地面に突っ伏しそうになったところで──。


「なにを寝ようとしているんだ?」


 テンゼンの鞘がレンの体を掬い上げるようにして、その身を打ち上げた。レンの体がふわりと宙に浮く。しかしテンゼンの追撃は止まらない。


「ボクを叩き斬るのだろう? ならやってみろ。ほら、やってみろよ、レン」


 宙に浮いたレンの襟首を掴むテンゼン。レンの目は少しだけ虚ろになっていた。そんなレンにもテンゼンは容赦なく、刀の柄で殴りつけていく。レンを殴りつけるテンゼンの目はとても冷たく、恐ろしいものだった。


「やめて」


 テンゼンの容赦のない攻撃にヒナギクは小さく嗚咽を洩らす。


 だが、テンゼンの攻撃は止まらない。執拗すぎる攻撃は、まるでレンを本気で殺すつもりではないかと思えるものだった。


 そんなテンゼンにとヒナギクは「やめて」ともう一度言った。だがテンゼンは攻撃の手を緩めない。


「やめて、お願い。もうやめてよぉ!」


 ヒナギクはついに叫んだ。だが、テンゼンは手を緩めることなく、ヒナギクに声を掛けていた。


「なにを言っているんだい? これはボクなりの愛情表現なのだけど」


「違う。そんなの愛情じゃない! そんなのただのいじめです。ひどすぎるいじめでしかない!」


「武術というものは基本的にそんなものだよ? 師や兄弟子に苛め抜かれて強くなっていくものだ。だからこそボクはこうしてレンを苛めてあげているんだよ? 感謝こそされても文句を言われる筋合いはないよ? そもそも()()()()()()()()()を、このバカの幼なじみとはいえ他人である君が口を出していいことではないだろう?」


「でもやりすぎだもん! そんなことをしたらレンが、レンが!」


「うるさいなぁ。たかがゲームの中でのことだろう? ゲームの中ならこのバカをいくら殺したってなんの問題もない。ボクはこのバカを殺したくてたまらないんだよ。ボクの楽しみを邪魔するなら、本気で犯すぞ? あぁ、それともこのバカの前で孕むまで犯してほしいのかい? 写真で見たけれど、ノンちゃんの体は実にボク好みだからね。いくらでも犯せそうだよ」


 テンゼンが目を細めながらヒナギクを見やる。その目にその言葉にヒナギクの体は硬直した。


 だが、どんなに硬直したところでテンゼンの歩みは止まらない。そんなテンゼンにヒナギクは自然に恐怖していた。


 しかし怯えるヒナギクを見てもテンゼンは笑っていた。笑いながらヒナギクに歩み寄り──。


「……許さねえ」


 ぼそりととても冷たい声が響いた。同時にテンゼンの手首からみしりという音が鳴った。


「ヒナギクを傷付ける奴は、誰であろうと許さねえ。たとえ相手が俺の()()()()()()()()、だ!」


 虚ろだった瞳に光を再び灯しながらレンが叫んだ。叫びながらテンゼンの手首を強く握り絞めた。その音はおよそ人の体から鳴ってはいけない類の音だった。


「っ、離せ!」


 手首を握りしめたレンの頬をテンゼンは刀の柄で殴りつけた。柄で殴りつけられ、レンの手から力が抜ける。その隙にテンゼンは距離を取った。だが、テンゼンが取った距離をレンは踏み込むことで一気に詰めた。


「ヒナギクは、俺が守るんだ!」


 レンは右腕をオーバーハンドで振り抜いた。


 事の起こり──テンゼンとレンが戦い始めたきっかけはいまから10数分ほど前のこと、ちょうどタマモと観客席で別れた後のことだった。

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