70話 魔獣
「ザ・ジャスティス」──。
それはベータテストの際にアッシリアと数人のPKKにより結成されたクランであり、そのうちのひとりがナデシコだった。
もともと「ザ・ジャスティス」はナデシコが最初に率いていた名もなきチームを母体としていた。最初アッシリアはそのチームに合流したPKKのひとりでしかなかったのだ。
だが、リーダーだったナデシコがアッシリアの手腕に惚れて、アッシリアにマスターとしての座を譲ったことにより、「ザ・ジャスティス」の歯車は回り始めたのだ。
結果、「ザ・ジャスティス」はベータテスターであれば知らぬ者のいないクランにまで成長した。ほとんどのPKKは「ザ・ジャスティス」の所属となった。アッシリアだったからこそその結果になったのだとまではナデシコも思っていない。
だが、仮にナデシコがマスターであれば、あそこまでの規模のクランになることもなかっただろう。少なくともナデシコ自身はそう確信していた。
(私は少し融通が利かなすぎるところがありますからね)
アッシリアも規則は守らせようとするところはあったが、基本的にはそれぞれのプレイヤーの裁量に任せる部分も多かった。
頭越しに抑えつけようとするのではなく、必要最低限の部分で規則を守らせようとしていたのだ。
むしろそれ以上のことを求めず、逆に足りない部分がないかどうかを常にそれぞれのプレイヤーに聞いていた。
そのことが、適度な緩さがかえって一匹狼を気取らせるプレイヤーさえも取り込むことになったのだろう。
決してナデシコではできなかったこと。それをあっさりと為したアッシリアに憧れを抱くまで時間はさほどかからなかった。
だが、その憧れのアッシリアがいまや闇堕ちしてしまった。いや、ただ闇堕ちしただけであれば、PKKとして復帰できるようにいくらでも手を貸すことはできるし、貸そうとさえナデシコは思っていた。
しかし、アッシリアはよりにもよって「銀髪の悪魔」の右腕となってしまったのだ。おかげで「銀髪の悪魔」には痛いところばかりを衝かれてしまった。だが、憎たらしいことにそのすべてが決して的外れではないこともまた腹が立つことだった。
(さすがは姉様の宿敵だったプレイヤーですね。いまのままでは、太刀打ちなどできません。そう、いまのままであれば、です)
だが、アオイに対してカウンターは用意できる。そのカウンターがいまナデシコの前にいるタマモだった。
(……調べ通りに少しおだてれば、簡単に乗ってきますね。実に操りやすい子ですこと)
タマモのことはアオイたち「三空」のことを調べている最中に偶然知った。もっとも予選2回戦でその名が大いに広まったので、ほとんどタッチの差のようなものなのだろうが。
とにかく「三空」のことを調べている最中にタマモのことを知り、ナデシコはどこかでタマモと接触する機会を狙っていたのだ。
その接触予定の者がまさかアッシリアとも知り合いだったとは思ってもいなかった。ただ考えようによっては一石二鳥どころの騒ぎではなくなる。
(……うまくこの子を引きずり込めれば、アッシリア姉様を復帰させることもできますし、この子のクランのメンバーもまた引きずり込めるでしょうね。そうすれば「ザ・ジャスティス」の土台は盤石のものとなるはずです)
そう、タマモさえ「ザ・ジャスティス」に、PKK側につかせれば芋蔓的にタマモのクランのメンバーであるヒナギクとレンも手に入れられる。加えて最大の障害であるアオイのカウンターにもなり、よりアッシリアを復帰にさせやすい状況になるのだ。
そのためであれば、いくらでも嘘を吐こうとナデシコは決意していた。実際ナデシコが言う「タマモを期待の新人と見ている」というのは真っ赤な嘘であった。
ほとんどのPKKたちにとっては、仲間とスキルに恵まれただけであり、すぐに馬脚を表すだろうと評していた。
ナデシコも予選2回戦まではそういう風に見ていたが、今日の第1試合を見てタマモへの評価を改めることにしたのだ。
(荒削りな部分もありますが、決して仲間とスキルに恵まれているというだけではないでしょうね)
仲間やスキルに頼り切っているのであれば、今日の第1試合には勝てなかっただろう。第1試合タマモたち「フィオーレ」は「フルメタルボディズ」により分断されていたのだ。ただの運だけで勝ち残ったというのであれば、分断された時点で詰んだはずだ。
しかしタマモたちは逆転勝利を果たしたのだ。果たして運だけで逆転勝ちなどできるだろうか? それも「獣狩り」のガルドの弟分である「頑強なる」バルドに勝てるだろうか。もっともそう問いかけてもほとんどのPKKたちは答えないだろうが。
(アオイへのカウンターだけのつもりでしたが、やはりここは姉様とこの子、そしてそのお仲間さんたちごと引きずり込むのが得策でしょうね)
アッシリアとタマモたち4人がいれば、「ザ・ジャスティス」は飛躍的に力を増すことになる。それこそいまナデシコが率いている面々を切り捨ててもお釣りが来るくらいには、だ。
(となればできるだけこの子に好感を抱かせるべきです。好感を抱かせれば、誘うのもたやすくなるでしょうし)
ナデシコは思考を巡らしながら、タマモの好感を稼ぐことへと思考をスイッチさせていった。だが、そのせいでナデシコは気づかなかった。
目の前にいるのが子狐ではなく、自身では手に負えない魔獣であることを。そしてその魔獣もまた思考を巡らしていることに。
ただナデシコと違い、タマモが考えていることが、ナデシコを完膚なきほどに叩き潰すことだということに気づかなかった。
そしてナデシコが思考を巡らしている間、タマモの笑顔がとんでもなく剣呑かつ獰猛なものになっていることに気付かないまま、ナデシコは魔獣の口の中にとみずから飛び込んでしまうのだった。




