64話 聖女の由来
昨日は更新できず申し訳ありませんでした。
素顔を露わにしたアッシリア。その姿を目にして会場内は静まり返っていた。
褐色の素肌と10人とすれ違えれば、その全員が振り返ってしまいそうなほどの美人。アオイもまたそういう美人ではあるが、アッシリアはアオイとはタイプが異なっていた。
アオイは無邪気さを感じさせる元気のいいタイプ──サクラと同じわん娘系の美人だが、アッシリアはクール系の美人だった。もっと言えば仕事ができる秘書タイプと言えばいいだろうか。性別問わずにモテそうなタイプだ。
そんな美人さんがいままで顏を隠していた。だが、その隠された素顔を露わにして息を呑んだ、ということであればまだかわいらしい。
しかし、実際はそんなかわいらしい理由ではなかった。むしろそんなかわいらしい理由であれば、まだ笑えたことだろう。
だが、現実は違っていた。
「……なぜ、そちら側に立っておられるのですか?」
「ザ・ジャスティス」のマスターであるナデシコは信じられないという顔で、アッシリアを見つめていた。しかしアッシリアはなにも答えない。ただじっとナデシコを、いや、ナデシコたち「ザ・ジャスティス」を見つめていた。その表情はとても複雑そうだった。
「……お答えしてくださらないのですか? アッシリア姉様」
ナデシコはなにも答えないアッシリアに向かって、すがるような視線を向ける。アッシリアはその視線から逃れるようにそっとまぶたを閉じた。それがアッシリアからの答えということなのだろう。その答えにナデシコたちはひどく傷ついたような顔をしていた。
「姉様!」
「……ひとつ」
「え?」
「……ひとつだけ言うことがあるとすれば、いまの私は「褐色の聖女」ではないの。いまの私は「三空」のひとり「明空」のアッシリアということよ。それ以上でもそれ以下でもないのよ、ナデシコ」
はっきりとアッシリアは言った。アッシリアが口にした「褐色の聖女」とは、ナデシコが率いている「ザ・ジャスティス」の先代マスターにして、ベータテストにおける最高のPKKと謳われた女性プレイヤーの異名だった。そしてその女性プレイヤーの名前はアッシリアだった。
同じベータテスターで「褐色の聖女」の名を知らぬ者はいない。「銀髪の悪魔」と称されたアオイを知らぬ者がいなかったように、「褐色の聖女」もまた知らぬ者のいないプレイヤーだった。そして「銀髪の悪魔」と「褐色の聖女」は宿敵同士という関係だった。
その宿敵同士であったふたりが同じクランに所属している。それもアオイが率いる「三空」側にアッシリアがいるという形でだった。それが意味することはひとつしかない。最高のPKKと謳われた「褐色の聖女」が「堕ちた」ということにほかならない。
同時に「三空」の強さがまたひとつわかった。底知れなさは薄まったかもしれないが、アッシリアが素顔を現したことでその実力がどれほどに高いのかを理解できないプレイヤーは存在しない。「最凶」と「最高」が手を組んだ。
その時点で生半可なクランでは太刀打ちできないのは目に見えていた。
実際クラン部門の出場者はみなどこか諦めた顔をしている。
勝てるわけがない。どのクランも諦めたように顔を伏せるか、難しい顔で腕を組んでいた。
それは「三空」と、いや、アッシリアと対峙している「ザ・ジャスティス」の面々もまた同じだった。
ナデシコ以外の面々はすでに戦意を喪失していた。
マスターであるナデシコだけはまだ戦意をそれなりに残してはいたが、その目は半ば諦めているかのようにも見えた。すでに手に持っていた弓を手放そうとしていた。だが──。
「なにをしている!」
「っ!」
──戦意喪失している「ザ・ジャスティス」をアッシリアが一喝したのだ。アッシリアに一喝されて、「ザ・ジャスティス」の面々は体を大きく震わせた。
「たとえどんな相手だろうと、どんなに相手が強敵だろうとも、戦う前から負けを認めてどうする! 私はあなたたちに最初から諦めろと教えたことがあったか!?」
アッシリアの一喝は会場内を震わせた。その一喝に戦意喪失していた「ザ・ジャスティス」の面々の目に光が灯されていく。
「どうしても勝てない相手がいる。それは仕方がないことではある。どんなに努力をしたところで、勝てない相手というのはたしかに存在する。だからと言って、諦めていいわけじゃない。挑戦することを諦めていいわけがないでしょう!」
アッシリアは叫ぶ。その叫びを聞き、ナデシコたちはそれぞれのEKを構えた。その姿にアッシリアは小さく笑った。
「さぁ、私と戦いたい者は前に出よ! この「明空」が「我が姫」の前にて散らせてやる!」
アッシリアは再び叫んだ。その叫びに呼応するかのように「ザ・ジャスティス」は臨戦態勢に入った。そんな「ザ・ジャスティス」にアッシリアは不敵に笑っていた。




