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63話 「褐色の聖女」

 クラン部門の本戦1回戦最終試合はアオイが率いる「三空」と「ザ・ジャスティス」との試合になった。


「三空」はアオイ以外のメンバーは顔をフードで隠している。


「相変わらず、正体がわからねえな。「三空」の残りのふたりは」


 隣で観戦していたガルドがぼそりと呟く。バルドやローズもまた頷いていた。


 アオイという存在により隠されているが、アオイがクランのメンバーにしているのだから、相当な強者であることはうかがい知れた。


 しかしわかるのは強者ということだけ。あとはそれぞれ男性と女性のプレイヤーということくらい。


 それがほとんどのプレイヤー「三空」についてわかっているすべてである。


 しかし例外というものはいつも存在していた。

 

「ボク、知っていますよ?」 


「え?」


「タマモちゃん、知っているのかい?」


 バルドとローズが唖然としていた。タマモの右隣に座るサクラが「狐ちゃん、すげー!」と誉めてくれる。


 おだてられているのはわかったが、それでも嫌な気はしなかった。


「男性のプレイヤーさんはわかりませんけど、女性のプレイヤーさんはお名前を知っていますよ。フレコ交換はしていないですけど、ご挨拶はして、お話もしました」


「……いったいどういう繋がりだよ?」


 ガルドが唖然を通り越して、もはや呆れていた。


 だがその呆れには侮蔑はなく、タマモがどういう存在なのかを改めて理解したような雰囲気である。


 タマモとしては実に遺憾なことではあるが、「三空」の謎の女性プレイヤー──アッシリアを知っていることはたしかだった。 


「あのプレイヤーさんは、アッシリアさんって人です。フードで顔を隠していましたけど、きれいな人ですね」


 加えてなかなかのものをお持ちではあるが、それを言うと角が立ちそうなのであえて言わないことにしたタマモだった。


「……アッシリア?」


「おい、マジか、それ?」


 ガルドとバルドが驚いた顔をしていた。いや、ふたりだけじゃない。サクラと「フィオーレ」を除いた3つのクランのメンバー全員が唖然としていた。 


(アッシリアさんってもしかして有名人なんですかね?)


 考えてみれば、わざわざフードで顔を隠す必要などない。強キャラ感を出そうとしているのかもしれないが、アッシリアはそういうお約束をしそうなタイプには見えなかった。


 なのに顔を隠していたのは、隠さねばならない事情があるということなのだろう。


 その事情が有名人であるというのであれば、なんとなく納得はいった。納得はいったが、どういう有名人なのかはいまのところわからない。 


「もし、俺たちが想像している通りの「アッシリア」であれば、「三空」は想像以上にやべえな」


「行方知れずという話は聞いていたけど、そんなことあるのかな?」


「行方知れずが蓋を開ければ「銀髪の悪魔」と同じクランってどういうことなんだか」


「ありえねえよな」


 アッシリアについてガルドたちは、よくわからないことを言い始めた。


 大事だというのはタマモでもわかったが、それがどういう意味でのことなのかがタマモにはわからなかった。


 わからないまま、試合はすでに動いていた。


「「銀髪の悪魔」殿」


「むっ?」


「ひとつお聞きしたいことがあります」


「ザ・ジャスティス」のマスターらしき女性プレイヤーが、長い黒髪の白い胸当てと袴姿の弓士のプレイヤーがアオイに問いかけていた。


 それも上から目線ではなく、とても丁寧な口調でだった。見た目からして大和撫子のようだが、どうやら性格も相応しい人物のようだ。


 アオイの性格であれば、上から目線の物言いなど無視するか、問答無用に攻撃を仕掛けるだろうが、「ザ・ジャスティス」のマスターはへりくだるとまではいかないが、かなり丁寧な対応をしていた。


 丁寧な対応にはそれなりの対応をということなのか、アオイは剣を肩に担ぎながらも「ザ・ジャスティス」のマスターをじっと見つめた。


「ふむ。口の聞き方はわかっておるようじゃな。なにかえ?」


「そちらの女性プレイヤーのことです」


「ザ・ジャスティス」のマスターはアッシリアを見つめながら言う。アッシリアもまた「ザ・ジャスティス」のマスターを見つめているようだった。


「うちの「明空」がどうかしたか?」


「「明空」というのは通称でしょうか?」


「相違ない。のぅ、「明空」よ」


 アオイは喉の奥を鳴らすようにして短く笑う。アッシリアはなぜか声を出さずに頷いていた。いや、声を出せないのかもしれない。


「……その方のお名前をお聞きしても?」


「聞かぬ方がよいのではないかの? そなたには見覚えがある。名前まではあいにくとわからぬが、たしか「聖女」殿と同じクランではなかったかな?」

 

 アオイのひと言に「ザ・ジャスティス」の面々から苛立ちが見えた。しかし女性プレイヤーはゆっくりと首を振りつつ、他のメンバーを手で制した。 


「……これは失礼をいたしました。そしてこれよりはお見知りおきを。私は「ザ・ジャスティス」のマスターとPKKのまとめ役を「聖女」より受け継ぎました、弓士のナデシコと申します。以後よしなに」


「ほぅ、通りで見憶えがあると思うたわ。そなたはたしか「褐色の聖女」の右腕であったな?」


 アオイが笑う。その言動はタマモから見ても白々しさを感じるものだった。なぜアオイがそんなことをするのかはよくわからなかった。


「「褐色の聖女」って」


「……ベータテスト時における「銀髪の悪魔」の宿敵にして、最高のPKKだった人だよ」


 聞き覚えのある名前にローズが答えてくれた。タマモが巡る掲示板の中でも時折「褐色の聖女」という名前を見かけることがあった。


 しかし名前は見かけてもどういう人なのかまではタマモは知らなかった。ただ知っていることがあるとすれば──。


「その人ってたしか」


「あぁ、行方知れずになっている」


 ──そう、「褐色の聖女」は掲示板を巡るかぎりは、行方知れずになっているということだった。


 ベータテスト版で「エターナルカイザーオンライン」を卒業したのはでないかと言われている一方で、正式リリース版でもフレンドリストにはたしかに名前が載っているという話もある。


 だが、どちらにしろ「褐色の聖女」を正式リリース版で見かけたプレイヤーはいないため、物議をか持ち出している存在とされていた。


 その「褐色の聖女」の名前がいま出た。


 しかもアッシリアの名前を出したときにも言っていた「行方知れず」というひと言があった。


 アッシリアと「褐色の聖女」のそれぞれで行方知れず。それが単なる偶然とはタマモには思えない。


 しかし関係があるとすれば、それではアッシリアが「褐色の聖女」だと言っているようなものだった。


 だがアッシリアはアオイと同じクランのメンバーであり、「褐色の聖女」はPKKだという。


 そのPKKとベータテスト時にPKだったアオイ。くわえてふたりは宿敵同士だったという。その宿敵同士がクランを組むなどありえるのだろうか? 


 そんなタマモの疑問を置いて舞台上でのやり取りは続いていく。


 ふたりはそれぞれに声を張り上げてはいない。


 だが、自然と会場内は静まり返っていた。ふたりのやり取りに誰もが注視していた。

 

 それまでの熱気が嘘であるかのように会場内の空気はどこか張りつめたものにへと変貌していた。


「「銀髪の悪魔」殿は」 


「アオイでよい」


「……承知しました。アオイ殿は思った以上に白々しいことを言われるのですね」


「さて、なんのことかの?」


「……では、単刀直入に。そちらの女性はアッシリア、「褐色の聖女」アッシリアではありませぬか?」

 ナデシコは確信を抱いているのか、はっきりと告げた。


 その一言に会場内にどよめきが走った。だが、舞台上にはこれと言った騒ぎはない。


 ナデシコたちは悲壮な面持ちでアオイたちを、いや、アオイの背後にいるアッシリアを見つめていた。


 アオイは含むようにして笑うだけであり、これと言って行動を起こそうとはしていなかった。


「さぁて、どうするかえ、「明空」よ」


 だが、不意にアオイは振り返りながらアッシリアに声を掛ける。


 アッシリアはなにも言わない。なにも言わずにただ一歩前に出た。それがアッシリアなりの答えなのだろう。


「……「姫」」


「好きにせよ」


「了解」


 短いやり取りをふたりは行った。同時にふたりの立ち位置は入れ替わった。


 それまで先頭にいたアオイと変わる形でアッシリアが前に出た。


 そして前に出るやいなやアッシリアはその身を隠していた外套を剥ぎ取った。


 アッシリアが身に着けていた外套がばさりという音を立てて宙を舞う。


 代りに現れたのは褐色の素肌と陽光に煌めく茶色の髪、そして強い意思の光を感じさせる茶色の瞳をした女性プレイヤー。


 アッシリアの素顔だった。


 その素顔を見てタマモは「アリア?」と幼なじみの莉亜の名を口にしていた。


 アッシリアの素顔は莉亜とよく似ていた。


 だがそんなタマモの困惑を無視するようにして会場内のどよめきはより大きくなっていく。そしてそのどよめきをより一層助長させるように──。


「……やはり、あなたでしたか。アッシリア姉様」


 ──ナデシコが悲しそうに表情を歪ませながら言った。そのナデシコのひと言に会場内のどよめきはピークにと達したのだった。

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