60話 紅き華の棘
「武闘大会」クラン部門本戦第4試合──。
それは予選時にアオイの「三空」の試合内容と、蹂躙と言える試合内容にとてもよく似た試合となった。
対戦したのは「紅い旋風」と謳われたローズが率いるクラン「紅華」と前衛、中衛、後衛の人数比がちょうどよいバランスとなっており、予選もそのチームワークによって手堅い試合を繰り返して勝ち残ってきたクラン「ブレイズソウル」の二組。
「ブレイズソウル」は堅実かつ安定した戦い方──魔術師による大規模攻撃とその詠唱時間中を前衛と中衛によって稼ぎつつ、そのサポートとして回復と各種バフを治療師が使うというまるで物語にある勇者ご一行のような戦いを行ってきていた。
その内容は決して派手さはない。むしろ地味と言ってもいいものだったが、玄人好みの戦い方だったと言ってもいい。反面わからない者にはつまらない戦いと言われてしまうものでもあった。
だが、わかる者には「ブレイズソウル」の個々の能力がかなりハイレベルであることはわかっていた。
バフを掛けるまでの速度、前衛と中衛によるコンビネーションの巧みさ、対峙する相手によって変わる魔術とその正確性。そしてなによりも個々の能力を最大限に活かし、その能力を仲間たちが引き出し、高めるという「これぞ王道」という戦法はまさに見事のひと言だった。
しかしやはりその戦い方には華はなかった。
誰もがやるであろうことを当たり前のように繰り返すだけなのだから、そこに当然個性さはない。
タマモが演じたような手に汗握るようなギリギリの戦いはなく、観客が沸くような試合にはならなかった。
その結果、「ブレイズソウル」が勝ち名乗りをあげても贈られる拍手はまばらである。
拍手を贈るのはたいていが違いのわかるベータテスターだけであり、中には初期組でも格闘技の試合をよく観戦し、目の肥えたプレイヤーも拍手を贈っていたが、たいていの初期組には「ブレイズソウル」がなぜ勝ち上がったのかがわからず、首を傾げる者ばかりだった。
中には他のクランを応援していたか、賭けていたプレイヤーから罵声を浴びることさえある。
だが、それでも「ブレイズソウル」の面々は気にすることはなかった。
自分たちはそれぞれの仕事を完璧に遂行したのだ、と。その結果はたとえ万人にわからずとも、自分たちだけでもわかっていればそれでいいのだ、と。
「ブレイズソウル」の面々はそれぞれがそれぞれの仕事を完璧に遂行することを目的とした職人の集団とも言えるクランであり、それぞれの能力はハイレベルなものにと昇華していた。その昇華した能力をチームワークにより、何倍にも高めていた。
それゆえに「ブレイズソウル」は「武闘大会」のクラン部門に出場者の中でもかなり上位に位置するクランであり、そう簡単には負けない──はずだった。
だが、「ブレイズソウル」の面々にとっての想定外だったのが、「紅華」との対戦を、それもいまの「紅華」との対戦をすることだった。
「ブレイズソウル」と「紅華」の試合は、開始早々から「ブレイズソウル」の想定を超えていた。というのも「紅華」の新メンバーである魔術師のサクラの存在が彼らの計算を狂わせた。
「いっくっぞー!」
新メンバーであるサクラは、試合開始早々にそう叫ぶや否や単身「ブレイズソウル」へと向かって突貫したのだ。
そのあまりにも想定外な動きに魔術を放つまでの押えであるはずの前衛と中衛の3人は固まってしまった。
いや、固まったのは3人だけではなく、本来なら早々に魔術の詠唱とバフ効果のあるサポート魔術を使うはずだった魔術師と治療師のふたりも同様に固まってしまったのだ。
前衛が突出するというのはよく聞く話ではあったのだが、まさか後衛職であるはずの魔術師がみずから突貫するというのは聞いたこともなかったのだ。
もっとも徒手空拳でみずから戦う殴り治療師という変わり種な存在が現れているからして、魔術師みずから突貫するというのもありえないことではなかった。
だが、まさか自分たちの試合でそんなことが起こるとは考えてもいなかったのだ。そのことが「ブレイズソウル」の面々を思考停止においやってしまった。
だが、「ブレイズソウル」の面々が思考停止になったのはほんの数秒のことだった。
戦闘以外のことであれば、ほんの数秒で大事に繋がることは早々起こらない。
しかし大惨事というものはその数秒のきっかけで起こりえることでもあった。
「隙だらけだよ?」
後衛ふたりの耳に真後ろから聞こえたのは、穏やかなはずなのにどこか冷たさを感じる女性の声。
慌てて振り返るよりも早く後衛ふたりのうち最大火力を誇っていた魔術師のHPバーが消し飛んだ。
次いで治療師のHPバーも大幅に削られ、「朦朧」の効果が発動してしまう。
「おっと、さすがにふたりともに効果は発動しなかったか。まぁ、いいかな? どのみち──」
狭まる視界と困惑する思考の中で治療師が最後に見聞きしたのは、獰猛な笑顔を、獲物を狩り尽さんとする肉食獣を思わせる笑顔を浮かべたローズの姿だった。
その姿は普段のローズを知っている者であれば、目を疑うレベルに変わり切ったものであり、誰がどう見ても「バトルジャンキー」としか見えない笑顔だった。
その笑顔のままローズは治療師の首筋をその手に持つ短刀で斬りつけた。
「──どのみち、これで終りだもの」
ローズの言葉通り、その一撃で治療師は沈んだ。瞬く間に「ブレイズソウル」の戦力は半減以下になってしまったのである。
「「紅き旋風」の字はさび付いていなかったぁぁぁぁ! ローズ選手瞬く間に「ブレイズソウル」の2名を撃破しました! 「ブレイズソウル」もこれでは厳しいかぁぁぁ!?」
実況の興奮度がうなぎ上りになっていた。そうなるのも無理がないほどに圧倒的な展開だったのだ。
ようやく事態を呑み込めた残った3名もローズへの迎撃を行おうとした。だがそこに忘れていた伏兵が現れる。
「私を忘れんなぁぁぁぁ!」
「がぁっ!?」
そう、突貫していた魔術師であるサクラの存在を「ブレイズソウル」の3名は忘れてしまっていた。
いや、サクラの匂い消しをしたローズがあってこその奇襲であり、そもそもローズとてサクラが真っ先に突貫したからこそバックスタッブを成功させられたということもある。
どのみち、サクラの存在がマスターであり、エースであるローズ一辺倒だった「紅華」の攻撃の幅を拡げさせる要因となっていた。
そのサクラは前衛だったうちのひとり──「ブレイズソウル」のマスターへのバックスタッブを成功させたのだ。
その結果「ブレイズソウル」のマスターのHPバーは大幅に削られてしまい、「朦朧」の効果が発動した。そんなマスターを守ろうと残りの2名が救助に回ろうとするが、そこにまた声がかかる。
「ダメだよ? それじゃ同じことの繰り返しじゃないか」
くすくすと笑う声が聞こえてきた。振り返るよりも早く、もうひとりの前衛の胸をローズの持つ短刀が貫いたバックスタッブの効果もあるが、それでも「朦朧」の効果が発動する程度にはHPが残っているはずだった。しかし前衛のHPバーはとある効果により一瞬で消しとんだ。
「おっと、今回は「急所突き」がうまく発動してくれたみたいだね」
そう、ローズは数少ない「急所突き」を取得しているプレイヤーだった。
加えて移動系のスキルである「俊足」の使い手でもあった。
高速機動で相手の隙を衝いての「急所突き」の効果の乗ったバックスタッブを放つ。
それがローズの戦法であり、彼女を「紅き旋風」と謳わせた要因だった。
その字の由来を「ブレイズソウル」の面々は痛いほどに理解することになった。
なにせ開始一分ほどで戦力は半減以下どころか、敗走一歩手前にまで追い込まれてしまったのだ。
そのあまりにも速すぎる展開に思考はついていかず、かといってなにが起こったのかの把握もできなかった。
その後、リップとヒガンによる魔術とサクラとローズによる物理攻撃によって「ブレイズソウル」は蹂躙された。そして──。
「──第4試合の勝者はクラン「紅華」となります」
──アナウンスによる「紅華」の勝利を告げられたのだった。




