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56話 スカウト

 本戦第一試合は、個人部門とクラン部門で波乱の幕開けになった。


「ふむ。見たかえ、「明空」」


「……それはどっちを言っているの?」


「無論決まっているじゃろう?」


 第一試合をアオイとともに観戦していたアッシリアは、楽し気に笑うアオイの問いかけを問いかけで返した。


 本来なら失礼に値することではあるが、当のアオイは特に問題視している様子はない。


 むしろとても楽しそうに口元を綻ばせていた。その時点で個人部門とクラン部門のどちらであるのかなんて言うまでもなく──。


「両方に決まっているじゃろう?」


 ──言うまでもなく、クラン部門、特にタマモの戦闘だけを見ていたのだとアッシリアは思っていた。


 だが、意外なことにアオイが言ったのは、個人部門とクラン部門の両方だった。


 その答えに少しだけ唖然としたアッシリアだったが、すぐに平静を取り戻して言った。


「……意外ね。あなたはタマモさんの試合だけを見ているかと思ったのだけど」


 そう、アオイにとってみれば、タマモ以外のプレイヤーはすべて有象無象であり、顔と名前を一致させる気はない。


 ただ最近はタマモの仲間であるレンとヒナギクに関しては顔と名前を一致させるどころか、どういうプレイヤーなのかも覚えたのはアッシリアにとっては驚愕することだった。


 もっともレンとヒナギクには別の意味で驚愕されてしまったからこそ、アオイの記憶にも刻み込まれたのだろうが、あえていまそれを指摘することもないだろう。


「ふふふ、我もそうするつもりだったのだがな。ちょうど視界に飛び込んできたのでな」


「……まぁ、目の前ですものね」


「うむ」


 アオイはやはり楽しそうだった。


 いまアッシリアとアオイがいるのは、ちょうど個人部門の舞台の目の前の席であり、臨場感のある席だった。


 本来ならそういう席は真っ先に埋まりそうなものだが、今回に限っては心配はなかった。


 なにせアオイはアッシリアの分も入れた二席を予め席取りさせていたのだ。


 加えて周囲にはほかのプレイヤーはいない。席取りさせるついでに人払いもさせているからである。


 おかげでちょっとだけ落ち着かないアッシリアだった。


 なにせ周囲には強面でかつ、ベータテスト時に名の知れたPKたちがアオイとアッシリアを守るようにして立っていた。


「……VIP待遇ね」


「まぁ、間違ってはおらんのではないかの? なにせ、そなたは我の右腕であるからな」


「右腕、ね。保護者の間違いじゃない?」


「ふふふ、かもしれぬのぅ。まぁ、それも右腕の役目であろう?」


「……お約束のようなものだからね」


「そうじゃな」


 アオイが笑っていた。


 試合が始まるまではわりと苛立っていたのが嘘のようである。


 というのも開会式の前の「紅華」のメンバーとタマモが仲良そうにしていたのを見てからというもの、機嫌が悪かったのだ。


 加えてクラン部門を最前席で見るために席取りをさせていたのだが、席取りをさせた場所がまさかの個人部門の最前席となっていたのだ。


 おかげで二重にアオイの機嫌は悪くなってしまった。


 本当はタマモの活躍を誰よりも見たかったのに、誰よりも見られたのはアオイにとっては有象無象の個人戦となってしまったのだ。


 試合が始まるまでは宥めるのに苦労したアッシリアだったが、試合が終わったいまは別の意味での苦労をしそうである。


「あやつ、テンゼンだったの。なかなかに強いではないか」


「そうね。ほんの一瞬しか見えなかったけど、電光石火の一撃というのはああいうのを言うんでしょうね」


「ほぅ、そなたでも一瞬しか見えなかったのか」


 アオイは上機嫌だった。それこそいまにも鼻歌をしそうなほどには機嫌がいいようだ。


 それがテンゼンの放った電光石火としか言いようがない力と速さ、そして技術が組合わさった一撃を見たからだ。


(私の目にも一瞬しか見えなかったし)


 全プレイヤーの中でも上位に位置する実力はあると自他共に認めるアッシリアの目でも、テンゼンの一撃ははっきりと捉えることはできなかった。


 その一撃でテンゼンの対戦相手は気絶させられてしまった。


 しかも恐ろしいことにテンゼンはこれといったスキルはおろか、武術さえ使ってはいなかった。


 つまりプレイヤースキルだけで相手を圧倒したのだ。


 そのプレイヤースキルでさえもテンゼンにとっては──。


「片手間に撃ったという風に我には見えたのぅ」


「……そうね。それこそあくびを掻きながら放ったという感じね、あれは。仲間の助けなしの個人部門で本戦にまで勝ち残ったプレイヤーが相手だというのに」


 ──本戦出場者相手に、それもチームワークなど使えない、純粋な個人の能力だけか頼りである個人部門の本戦出場者の猛者相手に手抜きの一撃で勝ったのだ。


 しかもそれは予選のときから変わらないようだ。


 つまりテンゼンにとっては、本戦出場者だろうとなかろうと、本気で戦うまでもない相手ということなのだろう。


「ふむ。欲しいのぅ」


「……「蒼天」に入れるの?」


「うむ。あやつが入ってくれれば「蒼天」の力はより一層に増す。まさに天下無双よ。それは我が目指すものそのものであろう? であれば、優秀な人材はいくらでもいてもかまわぬ。むしろ優秀な人材のみがいればよい」


「……ずいぶんと選民思想ね」


「ふふふ、そなたが言うても嫌味にしかならぬぞ? なにせ、そなたは我が選んだ最初にして最高の人材なのだからのぅ」


 にやりと口元を歪ませるアオイ。その笑みにアッシリアは小さくため息を吐いた。


「とにかく、あのテンゼンを誘えばいいんでしょう?」


「うむ。くれぐれも失礼のないように、無礼を働かぬ者を使いに出してくれ。第一印象は大事であるからのぅ」


「了解。あとで人選しておく。でも袖にされたら? 三国志の諸葛亮孔明のように「三顧の礼」をさせられるかもしれないけど?」


「「三顧の礼」か。たしかにその可能性はあるの。まぁ、「三顧の礼」に倣って三回まではその都度使いを出そう」


「四回目からは?」


「決まっておるであろう? そなたと同じく屈服させるのみよ」


 喉の奥を鳴らして笑うアオイ。


 その笑い声を聞きながらアッシリアはふたたび小さなため息を吐きながら「了解」とだけ口にした。

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