54話 螺旋する破砕
決着しました。
バルドが大上段に斧型のEKを構えていた。
現状を踏まえれば、誰が見てもこれからバルドが放つのは彼の切り札──最強の一撃だというのがわかる。
その切り札がどういうものなのかはわからない。
彼のEKが斧であることを踏まえると、遠距離攻撃はない。
あるのは近距離攻撃。それも斧という武器の利点を考えれば、大上段からの振り下ろしであるのとは間違いないだろう。
というよりもあの構えから、水平への薙ぎ払いというのはありえない。
水平に薙ぎ払うのであれば、構えも水平に構える、相応のものになる。いまのバルドのように大上段に構えはしない。
もっともそれ事態が誘いということは十分にありえる。
(……この人に限ってそれはないですね)
バルドの目は乾坤一擲の一撃を放とうとしているのがわかる。
それも駆け引きなしに最強の一撃を放とうとしている。
それこそ昨日戦ったガルドが真っ向勝負を仕掛けてきたかのようにだ。
(……こういうところも影響を受けているみたいですね)
バルドのありようはタマモにとって好ましかった。
しかし好ましいからと言って、わざわざタマモにとって不利な条件を呑むこともない。
(動かないということは、おそらく「朦朧」状態になっているはずです)
数あるステータス異常のなかでも特に凶悪なのが、「朦朧」だった。
相手を「朦朧」にできれば、ほぼ勝ったも同然となる。
だがその「朦朧」になったかどうかの確認は、対峙するプレイヤーにはできない。
確認ができるのは、本人と同じクランのメンバーだけというシステムになっていた。
そのシステムを逆手に取り、「朦朧」になったと思わせてカウンターを放つという、いわゆる「待ち」戦術が現在の「エターナルカイザーオンライン」では浸透していた。
一見バルトも「朦朧」になったように思える。
しかし実際は「待ち」戦術なのかもしれない。
「朦朧」に掛かったと決めつけるのは非常に危険である。
仮に「朦朧」状態であったとしても、素のステータスに大きな差があるのだ。
半減したところで、バルトよりも勝っているステータスなどありはしないのだ。
よって、タマモがわざわざ真っ向勝負に付き合う必要性はない。
シールドバッシュか「幻術」を使って撹乱してからの「急所突き」と「尻尾三段突き」を放つ方が安全であり、確実だった。
そう、タマモも理解はしていた。
だが、理解してもなおあえてやらねばならないこともある。
タマモにとっては、いまがその瞬間だった。
(真っ向勝負から逃げる気はありません!)
自分でもバカだとは思う。
玉森まりもであれば、真っ向勝負などしない。
確実性のある方法を選ぶ。
わざわざ危険性の高い手段など選びはしない。
そもそも玉森まりもにとっては、勝利は約束されたようなものだった。
だから真っ向勝負などする意味がなかった。
どう対峙しようとも最終的には勝利してしまうのだ。
だからわざわざ面倒なことはしないのが玉森まりもだった。
だが、いまは玉森まりもではない。狐の獣人であるタマモだった。
玉森まりもが選ばないことをタマモなら選ぶ。
玉森まりものように勝利は約束などされていない。
むしろタマモに約束されているのは逆境のみ。
勝利など約束はされていないどころか、ひどく遠いところにある。
玉森まりものように勝利が約束されていないのであれば、玉森まりもが選ばないことをするしかなかった。
玉森まりもが選ぶことのない逆境をあえてゆく。
それがタマモで勝利を得る方法。であれば、真っ向勝負を受けるのは当然だった。
(逆境に打ち勝つことこそが、ボクが勝てる唯一の道なのです!)
いままでも逆境と戦ってきた。
このゲームを始めてから逆境ばかりを経験してきた。
だが、その逆境にタマモは少しずつ跳ね返してきたのだ。
それはきっとこれからも変わることはない。つまり今回のことも逆境が迫っているというだけのこと。
逆境が迫ってきているのであれば、タマモがするべきことはひとつしかなかった。
(ボクは負けない! どんな逆境だろうと乗り越えてみせるのです!)
タマモは決意を新たにバルドの間合いにと飛び込んだ。
バルドが「行くぜ」と叫んだ。
叫びながらその手に似る斧のEKを迷いなく振り下してくる。その一撃はまるで雷のように速かった。しかし──。
(レンさんの攻撃の方が速い!)
バルドの一撃は確かに速い。だが、普段のレンの攻撃の方がもっと速い。
この速さなら対応できる。対応できなくて、レンの攻撃を受けることはできない。
タマモはフライパンを構え、「絶対防御」を発動した。
「俺に打ち勝ってみせやがれぇぇぇぇ!」
バルドの一撃がタマモのフライパンと真正面からぶつかった。
「絶対防御」を使ってもなおその一撃はとてつもなく重く、芯に響くような一撃だった。だが──。
(ヒナギクさんの一撃の方がもっと重い!)
斧という形状ゆえにバルドの一撃はとても重い。
だが、ヒナギクの攻撃を超えているわけじゃない。
ヒナギクの攻撃を超えないのであれば、「絶対防御」を抜けるわけがない。
いや、耐えられないわけがない。
「ボクは、いえ、ボクたちは負けません!」
タマモはフライパンを振り上げ、バルドの一撃を跳ね返した。
「なっ!?」
バルドが目を見開いた。目を見開くバルドへとタマモは力を振り絞って全力の「尻尾三段突き」を放った。
「負けて、堪るかぁぁぁ!」
だが、とっさにバルドは大盾でタマモの「尻尾三段突き」を防いだ。
(ここで大盾を!)
力を振り絞った「尻尾三段突き」が防がれてしまった。
今度は一転して、タマモが窮地においやられた。
バルドはタマモへと再び斧を振り上げた。
だが、斧を振り上げながらも大盾できちんとガードをしていた。
大盾を抜かない限りは、タマモの攻撃がバルドに届くことはない。
加えてバルドとの距離はタマモのおたまの間合いよりも数歩分遠かった。
その数歩を埋める間にバルドの斧が振り下されるだろう。
だからと言って、このまま負けるわけにはいかなかった。
(なにか、なにか、なにかないですか!?)
振り上げられる斧を見上げながらタマモは必死に画面を見つめていた。
すると、画面に新しいポップアップが表示されていた。無我夢中でその内容を表示させた。
「一定の経験値を取得しました。「尻尾操作」のレベルが上がります。「武術」に新しく「尻尾破砕突き」が追加されました」
「尻尾操作」のレベルが上がり、新しい「武術」を手に入れたようだった。
どんな効果があるのかはわからない。
だが、もう新しい「武術」である「尻尾破砕突き」に賭けるしかなかったのだ。タマモは腹を括った。
「「尻尾破砕突き」!」
タマモが「尻尾破砕突き」を放つと同時に、タマモの三本の尻尾は折り重なり、螺旋を描いた。
螺旋状になった尻尾は物理的な法則を無視して高速回転を始めた。その様はまるでドリルのようであった。
「はぁっ!?」
バルドは目の前の光景に唖然となり、つい手を止めてしまった。
その隙を衝くようにしてタマモの放った「尻尾破砕突き」はまっすぐにバルドへと向かっていく。
バルドは大盾で「尻尾破砕突き」を受けとめようとしたが、「尻尾三段突き」以上の衝撃と高速の連撃をステータスが半減した状態で受け止め続けることはできなかった。
バルドの手から大盾が離れ、宙を舞った。
守りを失ったバルドの腹部へとタマモの「尻尾破砕突き」はまるで吸い込まれるかのように直撃した。
「が、がぁぁぁぁ!?」
甲冑を着たバルドにも「尻尾破砕突き」は大きなダメージを与えていた。
バルドの叫びが舞台上で響いていく。
それでもバルドはまだ立っていた。立って斧を振り下そうとしていた。
「いっけぇぇぇぇ!」
だが、バルドが行動するよりも速くタマモが叫んだ。
その叫びに呼応するかのように「尻尾破砕突き」の回転は強まった。
その回転の前にバルドは攻撃どころか踏ん張ることさえできず、その足が宙に浮いた。
そしてバルドはそのまま舞台の端へと向かって吹き飛んでいき──。
『場外! バルド選手場外に落ちましたぁぁぁ!』
──実況が叫ぶ通りに、バルドは場外へと転がり落ちたのだ。その瞬間、舞台上にアナウンスが響いた。
「「フルメタルボディズ」のマスターが場外に落ちました。「フルメタルボディズ」のマスターの失格確認および「フルメタルボディズ」の全滅を確認いたしました。よって本戦第一試合の勝者は「フィオーレ」となります」
アナウンスからの勝ち名乗りが響く。
タマモは肩を大きく上気させながら、空へと向かって叫んだ。
その勝利を祝福するかのように会場内から惜しみない拍手がタマモへと贈られたのだった。
こうして「フィオーレ」の本戦第一試合は勝利という形で終了したのだった。
「尻尾破砕突き」の辺りから頭の中で「劇場版のグレン○ガン」がエンドレスリピートしていたのは秘密です←