53話 全身全霊と絶対防御
バルドは斧型のEKをまっすぐに構えていた。
(「幻術」への対抗策なんて俺にはねえ)
いつから「幻術」を掛けられたのかはバルドにはわからなかったし、どうやって掛けられたのかもわからなかった。
そもそも「いつ」と「どうやって」を知ったところで意味はなかった。
なにせ知ったところで「幻術」に掛かっていたという事実は変わらない。
そしてタマモのバックスタッブによって受けたダメージも変わらないのだ。
むろん今後のことを思えば、知ることは大事だろう。
だが、いまは今後のことよりも、この試合をどうやって勝つかを考える方がよっぽど有意義だった。
その勝利に必要なこともいまのところは思いつかなかった。
バックスタッブを受けて、「朦朧」の効果が発動してしまっていた。
おかげでどうにも頭が動かない。集中しきれていないのが自分でもわかってしまった。
それでもバルドは立って自身のEKを構えていた。
(タマモちゃんはまっすぐに突っ込んでくる。いまの俺がこの子に勝つには、一撃を当てるしかない。それもただの一撃じゃダメだ。渾身の力で放つ最強の一撃を放つしかねえ)
根比べではどう考えても負けてしまう。
バルド自身痛いほどに理解していることだった。
そもそも現状でバルドがタマモに勝つには一撃で情勢をひっくり返すしかないのだ。
そういう一撃を放つ以外にバルドの勝ち筋はなかった。
(俺が今放てる最高の、そして最強の一撃を以て、この子に勝つ!)
バルドはまっすぐに構えたEKを頭上に掲げた。
現状においてできる渾身の力を込めていく。
バルドが放とうとしているのはベータテストに参加したことで取得した特別スキル「天雷断」だった。
その効果は超高速の会心の一撃を放つというもの。
本来両立しづらい攻撃力と速度を両立させた、まさに特別なスキルだった。
ただ超高速で会心の一撃を放つと言っても、必中というわけではない。
むしろ回避しやすい一撃だった。
なにせモーションが独特──頭上に掲げるようにして武器を構えるのだから、「天雷断」のことを知らなかったとしても、なにかしらの強力な一撃が放とうとしているというのは容易に想像できる。
その強力な一撃をわざわざ喰らうバカはいない。
それどころか、バルドの間合いの外からじりじりと削ればいいだけの話なのだ。
そのため威力は高いが、命中させるには工夫と技術がいるスキルでもあった。
その「天雷断」をバルドは放つことにした。
(「朦朧」の効果がなくなるまでタマモちゃんが待ってくれるわけもない。むしろ昨日のガルドの兄貴みたく、徐々に削られていくのは目に見えているし、そもそも次は「急所突き」の効果が発動するかもしれねえんだ。時間を稼ごうとしたら、かえってタマモちゃんに有利になる。なら短期決戦──この一撃で勝負を決めるしかねえ!)
変則シールドバッシュがあるため、スピードでははるかに劣る。
防御は「絶対防御」を持つタマモに軍配が上がる。
攻撃も「急所突き」と尻尾での三段攻撃を併用するタマモには敵わない。
バルドがタマモに勝っているのは素のステータスとレベル、そしていままで戦闘を行ってきた経験だった。
だが肝心のステータスは「朦朧」の効果により、半減してしまっている。
ステータスが半減してしまっている以上、いくらレベル差があったところで意味はない。
となれば、現状バルドが唯一優位性を誇れるのは経験くらいだった。
その経験が言っていた。「一撃で決めろ」と。それ以外に道はない、と。
ゆえにバルドは迷いなく、切り札であり、使い勝手は悪い「天雷断」を使うことを決めたのだ。
(「天雷断」を当てられれば俺の勝ちだ。逆に避けられれば俺の負け、だな)
「天雷断」を当てるかどうかがそのまま勝敗に繋がる。まさに天国と地獄の分かれ道だった。
(来い。俺の間合いまで来い!)
バルドはタマモを見つめていた。タマモもまたまっすぐにバルドを見つめていた。
その目は搦め手を使おうとはしていない。真っ向勝負でバルドに打ち勝とうとしているのがわかる。
(普段ならなめるな、と言いたいところだけどな)
そう、普段のバルドであれば、初期組のプレイヤーに真っ向勝負を持ちかけられれば、なめているのかと思うだろう。
だが、タマモは決してなめているわけではない。
本気で勝とうとしているのだ。
バルドに本気で勝ちに来ている。その姿勢はとても清々しいものだった。
だからこそバルドもまた思ったのだ。
「この子に勝ちたい」と。全身全霊を以て勝ちたいと思ったのだ。
「行くぜ!」
タマモがバルドの間合いに入る。バルドは全身全霊の「天雷断」を迷うことなく放った。
その「天雷断」をタマモは避ける素振りさえ見せない。それどころかフライパンを構えた。
(避けるじゃなく、耐え抜くってか、俺の「天雷断」を)
タマモがフライパンを構えたということは、タマモの狙いは「絶対防御」で「天雷断」に打ち勝つということなのだろう。
バルドは胸の高鳴りを憶えた。その高鳴りのままにバルドは叫んでいた。
「俺に打ち勝ってみせやがれぇぇぇぇ!」
全身全霊の一撃と絶対なる堅固の守り。
本戦第一試合の結果を決める最後の勝負の賽はこうして投げられたのだった。
次回決着予定です。




