51話 幻術
タマモとバルドのEKがそれぞれに火花を散らせていく。
それは傍から見れば不思議な光景だった。
重武装のタンク系プレイヤーと吹けば飛んでいきそうなほどに小柄な少女の見目をしたプレイヤーとがそれぞれのEKでしのぎを削っているのだ。
どう考えてもタマモの方がステータスの差で押し負けそうなものだが、タマモはバルドと拮抗していた。
(おいおい、本当にこの子はどうなっているんだか)
斧のEKを振るいながらバルドは内心で呆れていた。
どう見てもタマモはバルドと拮抗できそるほどのSTRの数値があるとは思えない。
しかし現に単純なEKでのぶつけ合いをしてもタマモはバルドと拮抗しているのだ。
見目麗しい美少女が自身と拮抗する。
いままで培ってきた自信が木っ端みじんになりそうだと思うバルド。
しかしそう思いつつつも、バルドは笑っていた。
(本当にこの子は面白いぜ。あいつらを一発でぶっ飛ばした姉さんも面白い、というか、見た目とは全然違うみたいだけど)
正直に言うとどうすれば、拳の一撃で重武装の4人をぶっ飛ばせるのかがバルドにはわからない。
それもただぶっ飛ばしただけではなく、甲冑を一部分とはいえ破壊しているのだ。
どうすればそんなことができるのかがバルドにはまるで理解できなかった。STRお化けかと言いたくなる。
(まぁ、理解できないと言えば、最後のひとり──苦労人そうな顔をした男の方も理解できないんだけどな)
雷を纏っての高速機動など聞いたことがない。
おそらくはEKの能力だろうが、あの高速機動を十全に扱っている時点でプレイヤースキルの高さがうかがえる。
ベータテスト時には聞いたこともないネームであるし、ガルドのことを知らなかったことから、まず間違いなく初期組のプレイヤーなのだろう。
その初期組のプレイヤーがあれほどのプレイヤースキルを誇るというのがバルドには信じられなかった。
そのプレイヤーが女性プレイヤーによって気絶させられたこともまたバルドには信じられないことではあったのだが。
(びっくり箱みたいなクランだよなぁ。……ガルドの兄貴たちが目を輝かせるのもわかるぜ)
ガルドが率いる「ガルキーパー」の面々が敗れてもなお楽しそうにしていたのもわかる。
始めて間もない初期組のプレイヤーたちがこんなにも強いのだ。ベータテスターとして、最強の一角として持て囃された者としては、このまま引き離されてなるものかと思ったのだろう。
そしてそれはバルドもまた同じだった。
(このまま予定調和みたく負けてたまるかよ!)
すでに情勢は決まったようなものだ。
男性プレイヤーは気絶しているが、相手はふたりでバルドは単独だった。
しかも相手は揃ってガルドに勝ったプレイヤーである。
仮にタマモに勝ったとしても後ろに控えているもうひとりには勝てない。
どう考えても現状は詰みに近いのだ。
だからと言って、「はい、そうですか」と負けるわけにはいかない。
いや、なにもせずに負けるわけにはいかないのである。
(勝てなかったとしても、せめて一太刀! 一太刀浴びせてみせる!)
バルドは叫びながら、渾身の力でタマモのEKに自身のEKをぶつけた。
「くっ!」
タマモの体がふわりと浮いた。
(競り勝ったか!)
バルドは内心喜びながらも気を抜かずに追撃を仕掛けようとした。
「尻尾三段突き!」
だが、追撃を仕掛けようとした振りかぶるのと同時にタマモの三本の尻尾が勢いよく飛んできた。
(罠かよ!)
タマモの体が浮いたからこそ追撃を仕掛けたバルドだったが、その行動が尻尾の三連続攻撃を当てるための誘いだったことに驚愕としていた。
普段であれば乗ることのない誘いだった。
しかしクランは自身を除いて壊滅していることに加え、予想以上にタマモとの戦いが面白かったこともあり、ほんのわずかにだが、冷静さを失っていた。
そのわずかな差が致命的な結果になってしまったのだ。
(本当にこの子はよぉ!)
とっさにバルドは攻撃を中断して、後ろへと飛び下がった。
だが、タマモの尻尾は、尻尾自身にも意志があるかのようにバルドを追尾してきた。
(やべえ!)
バルドはまだ空中にいた。重武装ゆえにバックステップをしてもそれほどの距離を取ることができなかった。
だが重武装ゆえに着地はその分速くなる。しかし、それでも尻尾の三連続攻撃に対応できるかは微妙なところである。
(賭けるしかねえか!)
着地のちの防御が間に合うか。タマモの攻撃が速いかの勝負。これでこの試合の展開が左右される。そうバルドは確信していた。
(だからこそ俺が勝つ!)
勝ちの目は薄い。だからと言ってこのまま負けるわけにはいかない。バルドは大盾を地面に打ち付けながら、その内側に体を滑り込ませようとした。
だが、このとき、バルドにとっての不幸が起こる。いや、すでに起きていた不幸に彼はようやく気づいた。
「解除!」
ふいにタマモが叫んだ。するとバルドの目の前にいたはずのタマモが消えていた。
「え?」
大盾の内側に体を滑り込ませられたが、目の前の光景に一瞬呆けてしまったバルド。しかし試合は止まっていない。
「急所突き+尻尾三段突き!」
タマモの声が後ろから聞こえた。振り返るよりも早くタマモの攻撃がバルドに直撃した。
「がぁっ!?」
真後ろからの攻撃に反応できず倒れこむバルド。
「急所突き」の効果は発動せず、ただの三連続攻撃だったが、バックスタッブの判定を受けたのか、大ダメージとなり、「朦朧」のバッドステータスが発動してしまった。
「な、なにが」
バルドは両手を着きながらもどうにか起き上がった。
顔を上げると得意気に笑うタマモと目があった。まるでイタズラが成功したような表情であった。
「……イタズラ? あぁ、そうか。狐の獣人だもんな。「幻術」も使えるか」
イタズラという言葉にバルドはタマモが「幻術」を使ったことに気づいた。
(拮抗するわけだな)
いつ支配下になったのかはわからないが、「幻術」で操られていたということがわかった。
そしてその結果、バックスタッブを受け「朦朧」のバッドステータスが発動してしまった。
(やられちまったなぁ)
バルドは苦笑いしつつもどうにか斧を構えていた。
そんなバルドにタマモは言った。
「一応聞くのです。まだやられますか?」
「あたりまえだ」
「ですよね。じゃあ全力で行きます!」
「おうよ、こいや!」
タマモに向かってバルドは叫んだ。
そんなバルドへとタマモは向かってくる。
バルドは斧を構えながら、まっすぐな にタマモを見つめた。




