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12話 開墾の依頼

「開墾、ですか?」


「うむ」


 それはタマモがリーンとともに荒地にたどり着く十分ほど前のこと。まだタマモが農業ギルドの館内にいたときのこと。


 ギルドマスターが提示した方法というのは、単純に言えば農業ギルドの敷地内にあるまだ開墾されていない土地をタマモみずから耕すということだった。


「「旅人」たちに分譲している畑は一般のファーマーたちが使っておる。だが、ある一定以上のファーマーには特別に土地を融資することになっている」


「一定の評価、ですか?」


「具体的に言えば、ギルドに一定以上の貢献をしたファーマーじゃな。貢献の仕方はそれぞれじゃが、わしが認めた者だけに土地を与えて、みずから畑を耕すことを認める、つもりじゃ」


「つもり?」


「まだそれほどの評価をしておるファーマーがおらぬのでな」


 ギルドマスターは笑っていた。メタ的なことを言えば、今日から正式リリースしたばかりなのだから、評価値などあってないようなものだろう。


 あるとすれば、ベータテスターくらいだろうが、そのベータテスターにしてもベータテスト時の功績をそのまま受け継いでいるとは限らない。


「ゆえに当分はまだ融資はしないつもりであった。が、お嬢ちゃんの場合はどうにかしてやらんと明日にはのたれ死にそうで怖い。かと言ってクズ野菜は売ってやれぬし、ファーマーたちがみずから育てた野菜を安く売らせるというのは論外。しかし放りだすのは人としてどうかと思う。となれば、特別に融資を許すだけじゃ」


「で、でもいいんでしょうか? ボク、このギルドに加入したわけじゃ」


「ああ、そのことであれば問題はないぞ」


「え?」


「お待たせいたしました、タマモさん」


 タマモとギルドマスターが腰掛けていたテーブルにとリーンが一枚のカードを届けに来てくれた。


 そのカードはタマモの目の前に置かれた。


 カードは全体が銅色で、一般的なカードと同じくらいの大きさの長方形のものだった。そしてそのカードには「タマモ」と書かれていた。


「これは」


「略式的になるが、お嬢ちゃんの加入を認めよう。それがその証のカードとなる」


「ぼ、ボクのカード」


 銅色のカードということはおそらく駆け出しということだろうが、それでも高校を卒業してからというもの、どこかの所属になったことがなかったタマモにとって、駆け出しでも農業ギルドの一員として数えてもらったということ。


 高校を卒業するまで、特にこれと言って考えてもいなかったことだったが、組織の一員として数えられるということは思った以上に嬉しいことだった。


「……ありがとうございます、です」


 思わず、タマモは涙を流していた。なにか功績をあげたわけじゃない。


 ただ一員として認められたというだけのこと。それでもそのことが嬉しかった。


 なだれこむように飛び込んできただけだったのに、それどころか迷惑さえ掛けただろうに、それでも仲間だと認めてくれた。それがタマモには嬉しかった。


「泣くほどのことではなかろうに」


 ギルドマスターは笑いながら白い髭を撫でていた。カードを届けに来てくれたリーンも笑っている。


 そしてそのやり取りを見守っていたファーマーたちも目元を腫らしながら笑っていた。


 その中のひとりは相変わらず掲示板を開いて、なにかを書きこんでいたが誰もなにも言わなかった。


「では、あとは担当の者に任せようかの。よいかな?」


「はい、お任せください」


「うむ。では」


「あ、ま、待ってください」


 立ち上がろうとしたギルドマスターをタマモは慌てて止めた。


「あ、あの、ボク加入したばかりです。そんなボクに土地を」


「気にしなくてよいぞ。こうでもしないとわしらが人でなしになるというだけのことで」


「で、でも! 本当はギルドマスターさんに認められたファーマーさんじゃないとダメなんですよね?」


「一応はそうする予定じゃ」


「な、ならボクはまだなにも認めてもらっていないです。あ、いや、加入は認めてもらえましたけど、まだそれだけです。まだボクはなにもしていないのです」


 話の腰を折るようで気は引ける。


 しかしここまで厚意に甘えていいわけがない。


 もう十分なくらいに厚意を受けている。


 いきなり飛び込んできて、喚き散らしたあげくに規則を捻じ曲げさせてしまう。


 果たしてそれを素直に受け入れていいのだろうか。


 いまさらかもしれないが、通すべき筋は通さないといけないのではないだろうか? 


 高校時代、タマモは生徒会長をしていた。


 表では自他ともに厳しく規則を守らせてきた。


 ……裏では率先して規則? なにそれ、という状態ではあったが、規則がどれほど大切なものなのかを散々他者に言い聞かせてきたのだ。


 そんな自分が規則を捻じ曲げさせてしまうなんてあっていいわけがない。


 たとえギルドマスターたちの厚意を踏みにじる形になったとしても、通すべき筋を通したい。タマモはそう思っていた。


「お嬢ちゃんは真面目じゃなぁ」


「マスターが逆に不真面目なんですよ」


 タマモの言葉にギルドマスターが苦笑いをしていた。そしてリーンは呆れた顔でギルドマスターを睨む。


 ギルドマスターは吹けない口笛でごまかすと、リーンが大きなため息を吐いていた。


 そんなやりとりにファーマーたちは「また始まった」と笑っていた。


 ファーマーたちの反応からしてそれがギルドマスターとリーンのいつものやり取りなのだろうとタマモは理解した。


「ふむ。それではこれは依頼という形にするのはどうかの?」


「依頼、ですか?」


「そうじゃ。この制度はさきほども言うた通り、一定の評価を受けた一部のファーマー専用のもの。しかしいまはまだそれほどの評価を受けたファーマーはおらん。しかしいざそれほどのファーマーが現れた際、この制度を果たしてちゃんと行えるのかはわからぬ。お嬢ちゃんにはその来るときのための調査をしてほしい」


「で、でもそれって建て前じゃ」


 そう、ギルドマスターの言っていることは建て前にしかすぎなかった。


 そもそも制度を採用する際に事前調査などは行っているはずだ。なのにさらに調査をするのはおかしいし、意味がないと思える。


「だが建て前であっても、れっきとした依頼であるぞ? のう?」


「はい、後程書類を用意しますね。農業ギルドからの正式な依頼として」


 ギルドマスターがリーンを見やる。リーンはにっこりと笑いながら、とんでもないことを言い出してくれた。


 農業ギルドからの依頼。それも指名依頼ということだ。まだ加入したばかりの新人にだ。明らかに異様なことと言っていいことだった。


「いえいえ、これは必要な調査ですよ?」


「でも、実際にすでに調査は」


「はい、終わっておりますね。ただひとつを除いて」


「ひとつ?」


「はい。「本職のファーマーでなかったとしても、荒れ地を開墾し、畑を耕すことはできるのか」という調査です。これがもし為せるのであれば、本職のファーマー、それも高位のファーマーであればたやすくできるだろうという指針になります」


 リーンの言葉を否定はできなかった。


 たしかに本職のファーマーでもないタマモが開墾から畑の整備までできるのであれば、本職の、しかもギルドマスターに認められるような高位のファーマーであれば、同じことができる、いやそれ以上のことを為せるはずだ。たしかに指針となるし、必要な調査と言ってもいいことであった。


「どうかの、お嬢ちゃん。この依頼受けてもらえぬか? 依頼を受けてもらえるのであれば、野菜の種や苗も少しではあるが提供しよう。むろん育った野菜はギルド側にもある程度は納めてもらうことにはなるが、お嬢ちゃんが使う分や売りに出す分は残せる」


「あときちんとした畑を耕せたのであれば、追加報酬もですね。どうでしょうか、我々とタマモさん。どちらも損をしない取引かと思いますが?」


 ギルドマスターとリーンは笑っていた。


 タマモを騙そうとしているのではなく、タマモが依頼を受けやすいように、罪悪感がないように建て前に肉付けをほどこしてくれていた。


 厚意に甘えすぎるのはまずいと思う。けれどここまでの厚意を無碍にしてしまうのもどうだろうか。


「……わかりました。そのご依頼受けさせてもらうのです」


「そうか。では、後のことは頼むぞ」


「はい。お任せください。では、タマモさん、まずは受付カウンターまでお越しください。書類をお渡ししますので」


「あ、はい。お願いします」


「では、こちらへどうぞ」


 リーンに案内され、受付カウンターにタマモは戻り、五分ほどでリーンは作成した書類を渡してくれた。


「それではこれからよろしくお願いいたします」


「お任せくださいです」


 これほどの厚意を受けた。あとはその厚意への恩返しだけ。


 タマモは力強く頷いた。その後タマモはリーンとともに件の荒地に、タマモが開墾することになる土地へと赴いたのだった。

 ちょっとくどかったかもしれませんが、一応筋を通させた方がいいかなと思い、こうなりました。

 次回は明日の十二時になります。

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